第十話:ネフィリムの墳墓④
ニグラスが膝から崩れ落ちる。
「くっ‥‥‥」
血の池が、彼の腕から広がっていく。
俺はパニックに陥った。
やばい、どうしよう、ニグラスの腕が! 血が! ここで死ぬのか?
次々に思い浮かんでくる負の感情に飲まれ、思考が止まる。
「双剣術・嵐刃双舞!」
その光り輝く双剣から放たれる刃の嵐、それは学校での模擬戦で見たものよりも遥かに優れており、なおかつ美しかった。
無数の斬撃がこの騎士に向かっていく。
だがそれらは、漆黒の剣が一振りされただけで全て打ち消された。
それでもリリアは懐へ突っ込む。
「武術・猛虎裂!」
素早い蹴りが騎士の腹へと命中する。
鎧は通路の奥へと吹き飛ばされ土煙が上がる。
「ルビリス! 逃走路を確保して!」
「あ、う、うん!」
「ゼニウム! ニグラスを運んで! あとエリクサー!」
「わ、わかった!」
名前を呼ばれたのと同時に体が動くようになった。
俺はニグラスを背負いルビリスの後を追いかける。
リリアも後方を気にしながらそれにそれに続く。
「はぁはぁ‥‥‥なんなんだよ‥‥‥あれ!」
「わかんないよ! レイナ先生からあんなの教わってないもん! はいこれエリクサー!」
ルビリスから瓶をもらい背中のニグラスに飲ませる。
ニグラスの呼吸が落ち着いてきた、飲ませた瞬間出血が止まり、少しずつ腕が再生している。
ひたすら俺たちは走り続ける、そして行きに通った広い空間に出た。
「‥‥‥! 皆んな伏せて!」
リリアの声と共に身を屈めると同時に、鈍い音が俺たちの頭上を通りすぎる。
顔を上げた瞬間目の前に広がるその光景に言葉を失った。
この階層そのものが切り上がり、断面が丸見えになる。
切り上がった面が、再び元の位置に落下する。
その瞬間轟音と共にこのダンジョン全体が激しく揺れる。
俺はひたすら前を向いて走り続けている。
背後から寒気を感じた。
死そのものが、俺の首へと振り下ろされようとしていたのだ。
耳のすぐそばで金属音が響く。
「くっ‥‥‥!」
リリアが受け止める、が勢いは殺せずそのまま奥の柱へと打ち付けられる。
「ガハッ‥‥‥!」
口から血が飛び散る。
騎士は満身創痍のリリアの元へ突っ込み剣を振りかぶる。
「リリア!」
リリアは全てを察し目を瞑る‥‥‥だがいつまで経っても体に剣が振り下ろされることはなかった。
「‥‥‥?」
彼女はそっと目を開け前を見る。
騎士は剣を振り上げたまま止まっていた。
再び静寂がやってくる。
騎士は鞘に剣をしまい、闇の奥へと消えていく。
「リリア!」
俺たちは彼女の元へと駆け寄る。
「大丈夫かリリア! 怪我は!?」
「うぇぇんリリアああ! よかったああ! もうだめだっておもったよおお!」
「私は大丈夫、スキルで衝撃を和らげたから、まあ背骨が数本逝った程度で済んだよ」
程度って‥‥‥
◇◇◇◇◇◇◇
「結局何もわからなかったよ、あんなの居るって情報あったか?」
「まあダンジョンは全て繋がってるって言われてるからね、どこか遠くから来たんじゃない?」
「そうなの!? リリアって物知りだね!」
普通に授業を聞いていれば誰でも知っていることだ。
そもそもダンジョンっていうのは、ゼルファリス連邦にあるアストレイルの空中遺跡のような例外は除き、洞窟の中にある遺跡のことをさす。
この大陸の地下には巨大な洞窟があり、あまりの広さから、全てが繋がっているのではと言われている。
実際にも、一万キロ以上離れたモルグリフ共和国のカダスの奈落と、アズヴェルト王国の黒涙の洞穴が繋がっていたことが判明している。
「‥‥‥にしても、よく全員生き残ったよな、一人はまだ意識ないけど」
俺は安堵のせいか床へ仰向けになる。
「本当だよね、さっきはダメかと思った」
「私もせっかく手に入れた魔石がなくなっちゃうんじゃないかと思って怖かったよ」
俺らの命より魔石かよ。
「てか今のうちに魔石入れ替えとけば? 威力も上がるだろ」
「おーたしかに! ゼニーもたまには賢いこと言うんだね! さっきまで小動物みたいに怯えてたくせに」
「お前もだろ!」
リリアはこの会話を聞いて笑っている。
みんなもう疲れきっているのだ、生き延びることができたこそ得られたこの時間を心のどこかで大切にしている。
俺たちのそばで木片が砕け散る音が響く。
心臓が一度跳ね上がり音の方を見ると、天井に吊るしてあった黒い棺がさっきの戦いの衝撃で地面に落下したのだ。
「はぁびっくりした〜、もう勘弁してくれ」
「寿命がまた縮むかと思ったよ」
「あはは私も〜、でもなんかあの棺から魔力反応するんですけど〜」
「おいおい馬鹿言うなよ、どうせネズミとかだろ」
俺たちは他愛もない会話を続ける。
その棺から赤い不浄の煙が上がり、それが徐々に形を成し、実態を持っていく。
「あの〜、魔力反応がどんどん強くなっていくんだけど〜」
赤い煙が止まり、それは顕現する。
七メートルほどの人型をしているが、血のような赤い物質がまとわりつき、周囲には腐敗した赤い星々が浮かび上がる。
顔は人間のようでありながらも、目の周りには黒い亀裂が走り、そこから赤い涙のようなものが滴り落ちている。
その涙は空気を汚染し、触れたものに腐敗を引き起こそうとしている。
<<腐敗する星の涙>>
レベル:???
称号:神々の先駆兵