伝説の誕生とエピローグ
「あのクイという女はねえ、何年も前にふらっと現れたんだよ。光る洞窟を調べに来たとか言ってね。調べるといっても全部荒らされてて中に何も残ってないだろう? 変だと思ったんだ。それでも何日も何日も泊まってねえ。お金だけはあるみたいだったね」
「やっぱり村長の家に泊めてもらったんですか?」
「ここに泊めたよ。一応、光る洞窟の客はうちで泊めることにしてるからね。大きい食堂と寝室もあるし」
サンはなるほどと頷いた。
休憩も大事な仕事である。すぐに寝るべきだったが、老婆は噂話が止まらなかった。サンもそういうのは嫌いではないので、二人の会話はどこまでもドライブしていく。ランスはとっとと寝てしまった。
老婆リャシャヨジャの家には他に夫婦と4人の子供が住む2世帯住宅だった。子供は一番上でも10歳なので、全員がもう寝ていた。夫婦も交代で寝ていて、今は夫の方が寝ている。つまり起きているのは3人だ。老婆の義理の娘もクイについての噂話を楽しそうにしている。
話は単純で、調査で村に滞在しいているうちに村長——もう死んでいるが村長のノタッナという名前は旅の中で聞いていた——と仲良くなり、そのまま結婚したのだという。美人で都会的な彼女に村長は夢中だった。老婆によるクイへの悪口は絶好調で、声も目も口も鼻も喋り方も何もかも気にくわないという感じだった。彼女になかなか子供ができないことを村中の人間が責めたというのは老婆の口振りから分かった。そのままいい年になって現在に至ると。
「ずいぶん親切にしてやったんだけどねえ。恩を仇で返すとはこのことだよ。だから東の人間は信用できないんだ」
ランスが寝てるのをいいことにサンも適当に言いまくった。「本当に東の奴らは嘘つきですよ。親切にするだけ馬鹿を見ます」
「ほんとだねえ」老婆は頬に手をあてて何度も頷いた。
普通に考えてもおかしな点はある。話を聞いて思うのは、クイは都会から来たということだが、都会に帰る場所はなかったのではないかということだ。こんな田舎にそのまま結婚して骨を埋めるほどの魅力があるとは思えない。サン自身が、生まれた田舎に嫌気が差して一攫千金を夢見て街に出てきた人間なので、どんなに状況が悪くても田舎よりは都会の方がいいと思ってしまう。指輪をよこせと言ってきた彼女の態度も生活に満足していた人間のものとは思えない。老婆から話を聞いてもクイの正体は分からなかった。悪意がなかったと仮定するなら、子供ができて普通のお母さんをやっていたら幸せだったのに子供ができないせいで歯車が狂ったように思う。悪意が最初からあったなら、結婚も計画的で、子供ができないのもわざとで、楡の木村に根を張るつもりもなく、虎視眈々と今回のチャンスを何年も待っていたようにも思う。
老婆から見たクイは、都会からやってきて何年経っても田舎に馴染めない余所者という扱いでしかなかった。今回のワイト騒動すら彼女が仕掛けたものと断定していた。サンはそれの否定はしなかった。彼女を庇う理由はサンにもない。他の村人もクイへの評価は似たようなものだろう。言ってみれば彼女は魔女扱いされたということである。サンも、彼女が魔女だったという解釈についてはそんなに外れてないと思った。
しばらくしてサンはランスと交代して睡眠を取り、老婆と彼女の義理の娘も寝床についた。ランスは夫(老婆の息子)の方と雑談しながら夜を明かしたようだが、何を話したのかはサンも分からなかった。
結局その後はワイトの襲撃はなく、楡の木村に朝が訪れた。サンは完全に熟睡していた。ランスに体を揺すられてやっと目が覚めた。
朝から片付けが始まった。全員が、他の村に行ってしまったワイトに関してはコメントを避けていた。バラバラにした死体の墓を掘り、崩れた家を建て直した。1日では終わらなかった。タダメシが出るだけでもありがたかったが、クイへの敵意の反動でサンとランスへの好感度が勝手に上がっていて、手伝うだけでものすごく感謝された。居心地がよかったので滞在を延長したくらいである。しかも村の娘たちからめちゃくちゃにモテて——大都会ビリオンから来た若くて将来有望なたくましい冒険者という扱いになった——2人とも手伝いをしているときに年上のお姉さんから誘われて昼間のうちに何人もの相手をしたくらいである。田舎特有の緩さだった。夜も誘われて裸のまま寝て、翌朝も頑張った。気持ちよかった。
楡の木村の4日目も手伝いをしたが、午前中のうちに、そろそろ帰れという雰囲気になった。余所者があまり長居するのもよくない。ゾグパゾがワイト退治の報酬も見せてきた。約束の80枚という金額ではなかった。村の再建に金がかかるので、と申し訳なさそうに彼は言った。
サンはにっこり笑って握手した。
2人は楡の木村をあとにした。
ワイトに襲撃された他の村々の経緯については、その移動中に噂話として聞くことができた。もちろん大騒ぎだった。しかしそれぞれが被害を出しながらも撃退していた。ワイトは昼間には弱体化する。夜に弱体化はしないが回復するわけではない。新たな恨みや怨念を補充できるわけでもない。広い目で見ると、日数をかけて伝染病のように沈静化に向かっていた。そして北の村々に、クイという魔女が忍び込んで邪悪なことを図ったという伝説だけが残ることになった。どこの村で誰が動く死体に殺されたという話と必ずセットでその伝説がついた。誰がこれをしたのかという説明が必要だったからだ。
噂話はビャペラの内部にまで広がっていた。話に尾鰭がついて盛られまくっていた。100人のゾンビが現れて生きたまま村人が全員食われたとか、もう北の村々は家畜もおちおち殺せない呪われた地になってしまったとか、そんな感じである。そしてそれをもたらした死霊使いクイの伝説も盛られまくった。1日も経たずに伝説の魔法使いになっていた。杖を振ると地面に倒れた20体の死体が立ち上がって襲ってきたというエピソードが生まれていた。
残念なことにそこを撃退した若き冒険者サン・クンとランス・ガードの話はほとんど聞かなかった。やっと聞けても名前までは残っていなかった。
「なんかビリオンの冒険者がバッサバッサと村人の動く死体を躊躇なくバラしていったらしいぜー」「やべーな、あいつら。やっぱビリオンやべーわ」
そのビリオンの冒険者って僕のことだよーと言いたい気持ちをサンはぐっとこらえた。話してモテるとも思えなかった。
報酬としては充分である。名声や評判が得られるならそれに越したことはないが、高望みもよくない。コボルト退治の依頼の結果としてはおつりがくるくらいのプラスだ。
2人はビャペラからまた定期便の乗り合い馬車でビリオンへと戻った。
天気はよく、旅の空は青く澄んでいた。連なる山々を越えるときには遠くの森までよく見えた。




