コツを伝える
戦斧に子供用など聞いたことがない。投げられたものは紛うことなき大人用だった。全長が150センチを越えている。斧の刃は大人の二の腕くらいの長さがある。サンの身長より高く、頭よりでかい。サンは成長期に入りたての14歳の少年である。ありがとうございますと言って近づいて持ち上げようとしたが手も足も出なかった。なんとか持ち上げることはできたがふらついてしまって道化のようになった。喜劇なら井戸を覗いている人にぶつかって突き落とし、壺を運んでいる人にぶつかって派手に割っているところだ。
投げ入れたのは村長代理のおじさんだった。二階に姿を出して2人の様子をいつのまにか見ていた。
ふらついているサンを見て心配している。「待ってろ、もっと軽い武器を持ってくる」
「あ、これで大丈夫です。あいつら相手ならこれがベストです」
サンはよっこいせとそれを持ち上げ、頭上高く振り上げた。
蹴飛ばしたワイトはまっすぐ向かってくる。ダッシュするわけでもなく、威圧するように歩くわけでもなく、黄色い光がコントロールできる肉体の性能のままに、マイペースで接近してきた。タイミングを合わせて振り下ろすのは簡単だった。落下に勢いをつけ、ちょっと前進して位置調整するだけでよかった。
ガードも回避もしない人間の肩に——向かってくる死体の方がサンより背が高い——戦斧を叩きつけると、バキバキという骨が割れる音と、ポキポキという骨が折れる音が、多少湿り気のあるサウンドで鳴った。二階の屋根にいるゾグパゾまで聞こえるほどだ。サンは心情的に脳天に攻撃を当てたいところだった。有効性を考えて変更した。正解だった。鎖骨から肋骨を砕いて上半身に切れ目が入った。刃は腹まで達して中の物を地面に溢れさせた。死体が地面にぶつかり、どしゃっという音を出す。
重さに振り回されたサンはよろめいた。
死体は上半身がほぼ左右に分かれたのに、両手がちゃんと動き、地面に手をついて立ち上がる動作をした。
サンはそれに足をかけると突き刺さった戦斧を引っこ抜いた。「あははは。面白いように当たるな」
「こいつらにしか当たらない攻撃だな」ランスも笑った。
引っこ抜いた戦斧をまた勢いをつけて持ち上げる。勢いをつけすぎると後ろによろめくし、勢いが弱いと上がらない。サンにとっては重労働だった。胴体を切断するのがいいだろうと思ったので、サンは今度はそこを狙って斧を振り落とした。
俯せでもがいている人間の腰に斧を叩きつけるという、絵面だけだと最悪のシーンを上から見ることになったゾグパゾは思わず顔をしかめた。地面でもがいているのは生まれたときから知っているトガタロの息子である。目を開けると真っ二つになっていた。地面が血を吸って黒くなっている。そして上半身と下半身はまだ動いている。禍々《まがまが》しい。汚らわしい。首を刎ねた鶏が暴れている様子に似ていたが、知り合いの子供のそれは見るに耐えなかった。
サンは一方から近づくコボルトの方を向き、ランスはもう一方からやって来るコボルトの方を向いた。
「中に入れてくれませんか?」サンが戦斧を持ち上げながら言った。「僕たちもそんなにはもちません」
寄ってきた次のコボルトをサンとランスは倒した。子供のコボルトは人間よりずっと簡単だった。真っ二つとはいかなかったが、戦斧の衝撃で地面に叩きつけられてそれがバウンドした。そもそもサンが手にしている戦斧の方が子供のコボルトより重い。勢いをつけて上から当たると死体が文字通り吹っ飛んだ。斬るわけでなく重いものをぶつけているだけである。刃の向きとか関係なかった。
3回振っただけで疲労感がやばい。30キロはある。村にいた頃の力仕事でもこんな重いものを持たされることは滅多になかった。
ランスは借り物の槍を上手に使い、コボルトの骨と骨を分割していった。脊椎を切り離してから四肢を切断するという同じ作業である。慣れてきた行為だ。
村長の家の屋上から見ている二人はもちろん初めて見る。ただし周囲の家の屋上で見ていた全員——見張り台の2人も含め——その行為の意味を理解した。森の近くで狩猟もやっている村なので全員が屠殺解体は経験している。怪物の襲撃にも慣れている。ただ、家畜の屠殺と怪物の迎撃は目的が違うので行為をごっちゃにすることはない。ランスの攻撃を見て、この不死の怪物にどのように対処したらよいのかを理解した。殺すのではなく解体するのだと。
次に寄ってくるコボルトはいなかった。サンが見たところ、どの家もコボルトの攻撃を受けている。村人は屋上から槍で突いている。
「あの、すいません……」
村長の家の扉が開いた。中に未亡人クイが立っていた。
戦斧は持ち上げられなかったので引き摺って中に入った。ランスは自分の槍の柄を回収して家に入った。
扉が閉められ、閂がかけられた。閂というよりもう一枚の扉といってもよいほど大きい板だった。床の支点から倒して枠にハメ込むと扉の厚さが二重になる仕掛けだった。
引き摺った戦斧が床に血の線を残した。
屋上にいるゾグパゾが大声を出している。「体をバラバラにしろ。できるだけ細かく刻むんだ」
周囲の村人の、おおという声が聞こえた。
「ありがとうございます」サンは言った。「助かりました」
クイは黙って頷いた。相変わらず、深刻に考え事をしているような、不思議な表情だった。
コボルトやワイトの襲撃に怯えている感じじゃないな。サンは思った。何か知っているような顔だ。




