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 西の国による、聖女リーフと竜狩りの英雄スコールの歓迎パレードが聖教会にて行われようとしていた。


 式典同様に、大勢の人だかりで街中は大賑わいになっていた。関係者以外は立ち入りを禁じられた聖教会周辺のパレードの開始地点にて、話題の中心の二人が数日ぶりに顔を合わせる。 


 リーフはこの数日でメイド達に徹底的に磨かれる様に身体を綺麗にされ、白を基調とする金と黒の装飾が施された聖女の衣装を着ており、人前に出る用の化粧も施され、女になった際に長く伸びた亜麻色の髪は丁寧に編み込まれ、それらはリーフを綺麗で可愛らしい姿になる様に十分に引き立てている。


「リ、リーフ……随分と見違えちまったな……良く似合ってるよ」


 久しぶりにリーフの姿を見たスコールは、顔を赤くして精一杯の感想を述べる。


「義兄さんだって、良く似合ってるよ? ……ボクが一番好きな、カッコ良くて勇ましい姿の義兄さんだね……」


 リーフもスコールの姿を見て微笑む。その姿は竜狩りスコールが本気で戦う時の物だった。


 竜を討伐した時に、その時の素材をふんだんに使用した、スコール専用の鎧姿。頑強な鎧は鍛え抜かれた身体を包みより堅牢な物とし、覗かせる精悍な顔をより勇ましく見せる。


 普段は街の防具屋に点検に出していたり、スコールの部屋に飾られている物だが、ここぞという時の場面でのみ着用していたその鎧姿は、リーフにとっての憧れであった。

 

「うふふ、感動のご対面ね。お互い話したい事もあるだろうし、パレードまで少し時間もあるから、もう少し話してても良いわよ?」


 二人の様子を見ていたシルビアが、そう言ってパレードの最終確認の為に離れていく。前までは兄弟として仲良く会話し合っていた二人が、今は男女となってしまった為に、お互いの距離感が掴めないままぎこちない物になる。




 他愛の無い物でも良いからと話題を探しあって、ようやくリーフから口を開いていく。


「えっと、義兄さん……? この数日はどうだった? 良く眠れた? ご飯も、ちゃんと食べれてた……? ボ、ボクはね、身体の事もそうだけど、聖教会の用意したお布団じゃふかふか過ぎて良く眠れなかったんだ」


「ああ、そうだな……俺は最初、往生際が悪い事にこれは夢だと思ってて、一人で聖教会から家に帰る際に先にリーフが帰って、夕飯の支度をして待ってるもんだと、何故かそう思い込んじまって……明かりの点いて無い家を見て、流石に堪えちまったよ、ハハハ……」


 スコールの返す返事に、リーフは思わず俯いてしまう。夢だと思っていたのはリーフも同様だった。だが、重みを感じる胸の膨らみは本物であるし、丸くすっきりとしてしまった身体は事あるごとに現実を実感させてくる。


「知らない内に俺は、随分とリーフに甘えていたんだなって思い知らされてな。独りで家にいると、不意にお前を探したりしてさ……俺が居ない時はこんな思いをさせてたのかって、待っててくれだなんて良く言えたなって反省したよ」


「そんな事無いよ、だって、義兄さんは何時も笑顔で元気に帰って来てたから。それに、話してくれる旅の話も面白いから、ボクはそれが楽しみで待つのは嫌じゃなかったよ? ボクだって強い義兄さんに甘えてばかりだったね」


 たった数日だけではあったが、お互いの立場を経験した二人。


 リーフはスコールの様な遠い場所での体験に苦労し、スコールはリーフの様な居るべき場所で独り待つ事に寂しさを覚え、自分にとっては辛い事を辛いと感じ無いお互いの存在に、それぞれ有難さを実感する。




 話をする前は何を話せば良いのか戸惑っていたが、いざ話をすれば、お互いを良く知る二人同士。だけど、あの日から大きく変わってしまった人生を振り返り、リーフはスコールを見上げる。


「ねえ、義兄さん。ボクが義兄さんを見上げてる視点は、式典があった日の前から何も変わらないんだけどね? ボクが見る義兄さんの姿は、今日は何だか変わって見えるんだ」


 リーフが意味深な事をスコールに向かって話す。姿が大きく変わった事による影響もあるが、リーフ自身がスコールを見る事への想いが変わっているのだった。


 この変化をリーフはちゃんとした言葉で上手く説明が出来なかった。それだけこの想いについて考える前に、目の前のやらなければならない事が多すぎたからだ。


 見上げた頭を元に戻し、リーフはスコールに顔を見られない様に数歩先に前へ出る。


「これからボク達どうなっちゃうのかな……? ミラクリオールで聖女様として上手くやっていけるのかな……? 王妃様は凄く褒めてくれるけど、でも、ボク男だったんだよ……?」


 幾ら容姿が飛び切り優れていても、リーフには経験が圧倒的に足りていなかった。


 幾ら腕前が飛び切り優れていても、リーフにはあの時までそれを求められてはいなかった。


 シルビアは受け入れてくれたが、それが中央の国の民でも同じなのかは誰にも解らなかった。そもそも、聖女に選ばれたリーフが男だったという事実を周囲はどう思っているのか、様々な不安がリーフにはまだ残っていた。




 震えそうになるリーフに、スコールは声をかける。


「そうだな、これからどうなるかなんて解らないよな……でも、俺はリーフが聖女になった事で、これで良かったって思える部分もあるんだ」


 スコールの言葉に、リーフの身体が反応する。震えは収まり、後ろ姿であったが話の続きを聞きたそうに見えた。


「正直俺は、お前と離れ離れになるのが怖かったんだ。だが、聖女になったからこうして一緒に居られる様になって、これでお前を側で護ってやれると思うと、俺は嬉しいんだ」


 ここで自分の感情を優先して、リーフにかける言葉を間違えない様に真剣に考えながら話すスコール。


「これから数年は、お前と一緒に色んな所を巡るだろう? 昔話した旅の思い出の場所も、見せられるかもしれない。その途中でお前を罵る奴が居ても、カッコ良くて勇ましい義兄さんの俺が側にいれば大丈夫さ!」




 スコールは、義理の弟であったリーフの事が昔から好きだった。それは兄弟としての好きとは別の感情であった。


 女の子の様な容姿をしたリーフを可愛いと思い、それは何時しか恋心としてスコールの胸に強く焼き付いていた。


 だけど、リーフは自身の容姿をコンプレックスに感じていて、そんなリーフを間近で見ていたスコールは自分の思いを打ち明けられずにいた。


 しかし、式典の日で、全てが大きく変わってしまう。


 義理の兄弟だった関係が、義理の兄妹へと変わる。最初から仲は良く、元より自分達に血の繋がりは無い、それにお互い並び立つ存在になれて、スコールにとって何もかもが都合が良い物となっていく。


 だがここで、自分が思っていた以上にリーフは現状に思い悩んでいた。戸惑いや、重圧や、不安。色んな感情を抱え込む目の前のリーフを見て、きちんと考え、逃げ場の無い相手への一方的な告白という卑怯な手段も選ばずに、今は頼れる義兄として義妹を支えようと決意した。


「大丈夫だリーフ、これからも義兄さんはお前と一緒だ。悩みがあれば聞いてやれるし、考えてもやれる。独りじゃないんだ。俺が見るお前の姿は大きく変わってしまったが、俺の想いは今でも変わらない。大事で、大切な、護りたい必要な存在なのは変わらないからな」


 リーフはその言葉にハッとなり、スコールの方に振り向く。亜麻色の長い髪を靡かせた聖女の目には、何も変わらない力強い笑顔の義兄の姿が映っていた。




 前にこの言葉を言われた時と、今では状況が大きく違っている。自分では受け止められないとリーフは一度それを抵抗したが、同時に感じた温もりのある安心感は確かに本物でもあった。


 今の自分を見て、きちんと考えてから、特別な想いを押し殺してでもあくまで義兄として支えると励ましてくれるスコールに、リーフもこれに応えるべきだという考えに至る。


 恥ずかしさで顔を赤くしながらも、リーフは、スコールを見上げてきちんと自分の言葉でそれを伝えようとする。


「あのね、義兄さん……! あの時の義兄さんはとても温かくて、ボクも何処か嬉しかった……その、だからね……ボクの事をそう想ってくれていた義兄さんに、きちんと向き合わなきゃって……ちゃんと義兄さんの事を受け止められるのか、これから考えていくから……だから、その、今度はボクの事を待ってて欲しいんだ……!」


 そう言い切ったリーフを見て、スコールは嬉しさの余りより一層笑顔になった。


「ほ、本当か……!? 本当なんだなリーフ! ……良かった……! ありがとう。俺、待つから! ちゃんと待つから……!」


 勢い余ってスコールはリーフに近付く。流石に鎧姿な為に身体に触れる様な事は思いとどまったが、嬉しさで笑顔は何処かだらしない物になってしまう。


 リーフも、スコールがこんな笑顔を自分に見せた事は無かったので、何だか新鮮な物を見ていた。


 正直な今の想いを打ち明け合った二人は、これから徐々にお互いの距離を確かめ合って行くのだという結論を出した所で、シルビアが二人と少し離れた所で声をかけて来る。




「お待たせ、二人共。もうすぐパレードが行われるから、さあ、早く行きましょう? 主役の貴方達が居ないと始まらないのよ」


「あっ! は、はい! 今行きます王妃様! さあ、義兄さん行かなきゃ!」


「おい、そんなに急ぐなリーフ! 慌ててたらコケるぞ!」


 スコールは走りかけたリーフに注意して、二人して早歩きのペースで集合場所に向かう。




 二人を見届けてから、誰にも聞こえない声でシルビアは呟く。


「まさか、こんな事になってしまうなんてね。女神様も凄くリーフを気に入っちゃったものね……本来何も起こらなかったら、式典が終わった後に何でも良いから理由を付けてでもあの子をスコールと一緒に連れて行く為に、会いに行くつもりだったというのに」


 本来の予定とは大きく変わってしまった現状を思うシルビア。実は数十年前の式典でも同様の事件が起きていた。


 その時も、聖女候補の一部がズルをして、別人が作った基礎ポーションを使用して、見せかけのポーションで聖女に選ばれてしまった。


 被害者の名前はレインという名前で、リーフ達を育てた人物でもある。当時のレインも式典に向かっていたのだが、その途中何者かの妨害で事故に遭ってしまう。命からがらでこの街に辿り着くも、既に式典が終わって聖女が選ばれた後であった。


 中央国ミラクリオールがこの事に気が付いたのは、国へ辿り着いた西の国の聖女に、上手く女神の加護が乗らなかった時であった。偽者の聖女のポーションは当然ロクな代物では無かった為に、当時の上層部は極秘に上質な素材を集めてそれを誤魔化していた。


 自身が偽者である事がバレていると言う事はつゆ知らず、偽者の聖女はその間何事も無いといった顔で数年中央国に仕えたが、密かに逮捕され、幽閉される形で病死という扱いとなり、その後の歴史の表舞台に出る事を赦され無かったという。


 今回の式典は、レインの様な存在をまた生み出さない為に、女神はシルビアに加護を与えて西の国に向かわせ、その加護を通じて一部始終を見れる様にしていた。


「何の因果なのかしらね、まさかリーフがレインに育てられていて、しかもポーションの腕前もあるなんて……でも、あの子はとても純粋な可愛らしい子だったし、本当に何も知らされていないんでしょうね……」




 どういう訳か、レインはリーフにポーションを教えていたが、自身の過去は何も教えていなかった。純粋にポーションを作るリーフとの楽しい時間に過去は必要無かったのか、それとも、同じ事を起こして聖女候補や中央国がどう対応するのか知りたかったのか、今となってはそれを知る術は無い。


 だが、リーフはレインを今でも敬愛しており、聖女候補の事もレインの様な人達なのだと、信じて疑っていなかった。女神もシルビアもそんなリーフを大切にしたかった為に、その想いを尊重する事にした。


「まあ、暗い話は此処だけにしておいて、今はリーフが聖女になった事を喜びましょうか。あんなに可愛い子が聖女になれないなんて、正に世界の損失よ」


 シルビアはパレードの台車に登ろうとする二人を眺める。上からリーフを引っ張り上げるスコールの楽しそうな姿は、幸せそのものであった。


「まさか、スコールがあんなにリーフの事を想っていたなんて……リーフも、これからが楽しみね。正直な所、リーフには私の息子のお嫁さんになって欲しいのだけど、あの様子じゃウィルだと難しそうかしら?」


 シルビアは自身の息子である、ミラクリオールの王子の名前を呟き、微笑みながら二人の元に向かう。




 リーフとスコールはこれから、王子やその側近だけでは無く、他の国の聖女からも言い寄られたり、恋路を争う事になるのだが、それはまた別の物語として綴られていくだろう。


 晴れ渡る澄み切った青い空の下で、パレードを観に来た人々に祝福され、二人の兄妹の物語は続いていく。


終わりました くコ:彡


年末に思い付きで書き始めたら四万字という結果になりました。



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