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「リーフっ!? リーフ!」
リーフから少し離れて、自分の愚かさを猛省していたスコールは、ただならぬ光景に気が付き急いで駆け寄る。
今日の精神的な疲労も相まって、リーフは魔法の玉を受けた衝撃で意識が遠のく。身体のバランスを失い、良く無い体制で固い床に倒れ込みそうな所を、寸前の所でスコールが支え、抱き抱えた。
「リーフ! リーフ! おい、しっかりしろ! シルビア王妃! あんた一体リーフに何をしたんだ!」
「あ、危なかったー……この魔法、まさか倒れ込む位に衝撃があるだなんて。スコール、助かったわ! ありがとう!」
「危なかったって、あんたがやったんだろ! リーフにこれ以上何をさせようって言うんだ!」
シルビアを睨みつつ、スコールはリーフを護る様により一層強く抱きしめる。すると、腕にもぞもぞとした感触と、感じた事の無い柔らかな感触を覚え、顔をリーフの方に向けた。
「う……ん……? に、にい……さん……?」
「えっ……!? リ、リーフ……お前、その姿……!」
スコールの腕の中に居るリーフは、肩先までの長さだった亜麻色の髪が、腕からあふれる程伸びて床に届いていて、白い肌も何処か滑らかさを増していた。
リーフが目を開くと、先程まで泣いていた事もあって潤んでおり、頬も何となく赤く見える。僅かに発した声も少年にしては高かった物が、完全に女の子の様に高く透き通って聞こえた。
元から少女の様な外見だったが、これではまるで本当の少女では無いかとスコールが戸惑うと、手に温かく柔らかな感触を感じる。
それはリーフの膨らんだ胸であり、着ていた服は厚手だが、シャツ一枚であった為、華奢な身体に対して大き目なそれは、辛うじてボタンが食い止めている様子で、今にもボタンが飛んで零れ落ちそうになっていた。
「はっ? えっ? ええっ!?」
「にい、さんが、たすけてくれたの……? あり、がとう」
魔法の影響でまだ朦朧としている意識の中で、倒れる前に助けてくれたスコールへの礼を言うリーフ。
スコールはまだこの柔らかな感触を堪能していたかったが、意識が完全に戻る前に急いで手を放す。冷静になってリーフの事を確認しようにも、頭がこの状況に追い付いてくるとスコールは顔が熱くなってしまう。
「あれ……? なんだか、ボク、なにかおかしく……」
はっきりと意識が戻ってきたリーフは、自分の身体に異変が起きている事を認識し始める。頭は何だか物理的に重たくなっているし、胸やお尻の周りが苦しい。自分の発している筈の声も何故だか高く透き通っている様に感じていた。
目を完全に見開くと、顔を赤くしたスコールが自分の身体を支えており、どういう訳か力強さとは別の意味で身体が固くなっていた。助けてくれた礼を改めてしようと思って身体の無事を確認すると、其処でようやく自分の異変に気が付く。
「えっ!? えええっ!? な、なにこの身体! ボ、ボクの身体が女の子になってるの!?」
一段と高くなったリーフの叫びに視線は集まり、部屋中大騒ぎとなった。
スコールに気が有った貴族令嬢達や商家の娘達は、リーフの姿を見て絶叫し、全てが終わったと涙を流す者も居た。
修道女達は二人の光景に頬を染めつつも、リーフの煽情的になった姿を見てはいけないと、男の聖職者や衛兵達の前に立ち塞がって護ろうとし始めた。
慌てるリーフに満面の笑みを浮かべるシルビアが近付いて来る。
「おめでとう、リーフ! 倒れそうになった時は焦っちゃったけど、これで今日の出来事は全て万事解決になったわよ!」
「ど、どど、どう言う意味なの!? 王妃様! ちゃんと説明してください! 義兄さんもしっかりしてよ!」
王妃にちゃんとした説明を求めようと起き上がろうとして、顔を赤くして固まったスコールから離れようとするリーフ。すると、ブツリと胸のボタンが弾け飛ぶ音がして、シャツから胸の谷間が垣間見えた。
「えっ!? ひゃあああっ!? な、なにこれぇ!」
慌てて腕で胸を押さえるしかないリーフの姿に、スコールは遂に限界を迎え鼻から鼻血を出してそのまま倒れ込んだ。
「わあああっ!? にいさん! にいさーんっ! ねぇ、起きてよ! どうしちゃったの!?」
「あら、スコールはイケナイ感情しか抱いて無いのかと思ってたけど、こう見るとちゃんと女の子の身体にも興味があったのね」
司教がリーフから目を逸らしつつも、シルビアに近付き、何やら時間を確認している。
「え、もうそんな時間なの? それじゃあ早速、西の国の聖女様お披露目の準備よ! アン! イザベル! 任せたわよ!」
「はい! お任せ下さい王妃様! 私達が聖女様を綺麗にしてみせます!」
何処からともなく現れた二人のメイドにリーフはこの部屋とは別の部屋に連れて行かれる。連れて行く前に、身体を隠せる程の大きな布でリーフの身体をきちんと隠したりもしていた手際の良さもあり、特に大きな混乱を起こす事は無かった。
聖女として選ばれた者を、これからお披露目する為に綺麗に着飾る用の部屋に連れて行かれたリーフは、其処で煽情的な物になってしまった衣服を二人のメイド達に脱がされ、きちんとした聖女としての正装を着せられて、化粧や髪を梳かされながらあれよあれよの内に、完璧な姿へと変貌していく。
そして、自分の状況を把握出来無いままリーフは、ローブ姿から素早く着替えたシルビアによってそのまま聖教会の正門まで連れて行かれ、西の国の聖女として盛大に発表される事になり、それを見に来ていた本屋の爺さんや、仕事を終えたメアリーを含んだ商会の従業員達といった、リーフを良く知っている街の住人達を驚かせたのであった。
良く晴れた日に執り行われた大事な式典は、こうして無事に成功を収め、聖女リーフの名は国中に広まるのだった。
◆◇◆
西の国で行われた聖女を決める大事な式典から、数日が経つ。
聖女を決める際に起こった一騒動は、巻き込まれる形で介入する事になってしまった少年リーフ・ミルクラウドを、女神から加護を受けた中央国ミラクリオールの王妃シルビアの手によって、性別を女に変えて聖女として選ぶという奇策で解決する流れとなった。
式典が無事に終わり、聖教会の中に戻されたリーフは、精神的な疲労が限界を迎えとうとうその場で倒れてしまい、その後の一日を丸々寝込んでしまう羽目になって、シルビアは付きっ切りで誠心誠意謝罪と看病をしていたという。
その間にも司教による後始末は裏で進んでおり、リーフのポーションを使用した者達への尋問も行われていた。
彼女達の動機は、概ねシルビアが述べた事が当たっており、中には自身が聖女になった際には秘密裏にリーフを攫い、代わりにポーションを作らせ続けようとしていた大変悪質な者も居た為、司教がそれらの報告を纏めた後にシルビアの判断によって、リーフとスコールには何も知らされる事は無く粛々と処罰される形になった。
女体となったリーフを見て鼻血を出して倒れたスコールはというと、聖女と共にミラクリオールに向かう英雄であるにも関わらず、本日の主役では無かった為に式典終わりまで放置され、事が終わった時には聖教会内にある医務室のベッドの上であった。
起き上がったスコールは、医務室で看病していた聖職者から話を聞くと、急いでリーフが寝込んでいる部屋の前まで向かうが、其処に居たシルビアから、療養後、聖女としての心構えや女性の身嗜みについての教育を付きっ切りで行うという名目で、数日後のパレードの日まで面会謝絶を言い渡される。
日が沈みかけて、聖教会から一人家路につくスコールの背中は、それを見た街の人達によると哀愁が漂っていたという。
何時も居るべき場所にリーフが居ないという寂しさと、女の子の身体になったリーフが側に居なくて良かったという安堵に挟まれ、家の中でスコールがリーフの事を考えると、同時にあの時の柔らかな感触を思い出す事になりながら、悶々とした数日を一人で過ごすのであった。
そして、二人がようやく再会出来るパレードの日が訪れる。
次回はラスト21時になります