表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9





 周囲全ての視線が集まり、リーフは思わず緊張してしまう。


「あ、あの……一度にこれだけ大勢の人達に見られて、ポーションを作ると言う機会は無かったので……緊張して身体が……どうしたら良いのでしょうか……」


 大事な場面で身体が震えてしまい、これでは上手く作る事が出来ずに、望んでいる物が作れないのではと、リーフは不安になり、目元から涙が滲み出そうとしていた。


 そんなリーフを勇気付けるかの様に、ローブ姿の女性はリーフに近付きそっと手に触れる。


「大丈夫よ。そんなに怯えないで……それじゃあ作りながらで良いから、私が後ろから質問しても良い? 貴方のお婆さんのお話とか、作る途中で気になった所を尋ねるから、それで楽しく話しながら作れたら、きっと上手く行く筈でしょ?」


 リーフの手を優しく撫でながら、そう提案する女性。その手は柔らかな暖かみを感じさせ。何故だかリーフの心は徐々に落ち着いていく。


 作りながらでは上手く話せるかどうかは解らなかったが、レインの話を聞きたいと言われて、今まで誰かに話す機会が無かったリーフは、途端に誰かにレインとの思い出を聞いて欲しくなっていった。


「わ、解りました……! 面白いかどうかは保証はしませんが、ボクとお婆ちゃんの思い出はいっぱいあるので、作り終わるまでに全部話しきれるかな……?」


「ふふ、そんなに沢山あるのね。大丈夫よ、ポーションを作った後でもお話を聞く機会は設けてあげるわ。それに、意外とそのお話を聞きたいって人は沢山いるかもしれないでしょ?」


 女性はリーフから手を放し、ポンと背中を軽く叩くと邪魔にならない位置まで離れていく。


 緊張が吹き飛び、醸造台に触れるリーフ。最新式のそれは、聖女候補達へと提供された物と同じ物であり、家にある醸造台とは随分と設備が整っている事に驚く。


「うわあ……! なにこれ……家にある醸造台とは全然違う……ボクが使っている物はお婆ちゃんから譲り受けた物だから、知らない目盛りがいっぱい付いてる……」


 はしゃぐ様に器具を見ているリーフを見て、ローブ姿の女性は笑い、スコールに問いかける。


「あら、随分と興味津々ね。どう? スコール、この子ってこういう趣味だったりするの?」


「さあ、どうだろうな、リーフの場合器具そのものに興味があるんじゃなくて、ポーション作りにどう影響があるのかが知りたいんじゃないのか?」


 二人の会話を他所に、数分かけて醸造台をあれこれ見て回った後、リーフは早速ポーション作りの為の準備に取り掛かった。




 リーフは商会で用意された収納鞄から材料を取り出していく。其処に出された物は特に珍しい物は無く、乾燥させた薬草数種類に、治癒成分を含んだ木の実等、道端で採取が容易であったり市場を一回りすればすぐにでも揃いきれる物でしかなかった。


「これから作るのは基礎ポーションだったわよね。一通り見てたけど、古くから存在するレシピ通りの材料になるのね」


「はい、お婆ちゃんは色々材料を変えて試した事があるそうですけど、基礎ポーションを作る上でこのレシピが一番だったんです。小さい頃ボクも気になって尋ねたら色々と材料を変えた物を用意してくれて、狩りで所々小さい傷をつけて帰って来る義兄さんで効果の違いを教わったりして」


「それで結局レシピ通りに作るのが良いって、お婆さんが教えてくれたのね。ポーションを作り始めたのも其処からかしら?」


 女性からの質問に、リーフははいと返事し大きく頷く。スコールもその話で昔を思い出し、そんな事もあったなと言った顔になる。


 すっかり緊張をしなくなったリーフは、作業の手を進ませてきぱきと工程を進ませていく。素材の分量や、調合や抽出のタイミング等はばっちりであり、これには普段から基礎ポーションを作っているであろう聖女候補達も、もしかするとリーフは自分達以上の腕前では無いのかと内心思い始めていた。


 最新式の醸造台は、細かい所まで分量を量れる様に色々と改良を施されていた。しかし、リーフはそれらに頼る事は無く、それでいて正確に量を間違える事は無かった。


「随分と迷い無く進めて行く物なのねぇ。これ程手際が良いだなんて、普段から作り慣れているのね」


「ええと、はい。お婆ちゃんがポーション作りは基礎ポーションが全ての始まりだと言っていたので、ボクもそれに見習っていっぱい練習したら褒めてくれて、それが嬉しくて段々其処から色んな事を覚えるのが好きになっちゃって」


 照れながら質問に答えるリーフ。話も作業も進み、ポーション作りも大半を終えたといった所で、リーフは収納鞄に手を伸ばしてレシピの材料とは別の素材を取り出した。手にしたそれに、今まで黙って作業を見ていた司教が、思わず口を開いて尋ねて来る。


「待ちなさいリーフよ、その草は一体? 見た所、作る過程で必要な薬草は最初に出していた筈では」


「これは雨見草を採取して、良く晴れた天気の日に三日程日に当てて乾かした物です。効能には何にも影響しないけど、ポーションの味を良くしたくってボクとお婆ちゃんの二人で、いっぱい調べて何度も作って味が良くなる方法を見つけました」


 リーフが何気無く手にした雨見草と呼ばれる草に、そんな工程は知らないと周囲はざわつき、司教とローブ姿の女性の表情も変わる。




 雨見草は、この世界には広く存在している植物であり、晴れた日に太陽の光を浴びて、雨が降り一度濡れると、ほのかに光り輝くといった少し不思議な特質を備えているだけのありふれた植物であった。


 まさかそんな草に、ポーションの味を良くする効果があったのかと、聖教会の聖職者達も驚きを隠せないでいた。


 リーフは乾燥した雨見草を容器に入れて粗めに潰し、形状が判別できる程度に砕いた後、作りかけのポーションが入った容器とは別の容器を用意して、周りに説明をした。


「ボクが小さい頃風邪を引いて寝込んでいた時に、お婆ちゃんが少しでも飲みやすくする様にポーションに甘い木の実の汁を混ぜた物を持って来てくれたのが始まりで、小さい子供でも飲める味に出来ないかと疑問に思ってから、二人で考えたんです」


 そう言ってリーフは雨見草が入った容器を傾けて、ポーションに流し込んでいく。サラサラと落ちていく雨見草はポーションに触れた瞬間、容器の中でほのかに光を放ち始めた。


 聖教会内の明るい部屋の中でも判別出来るその光を初めて見る者達は、まるで不思議な物でも見ている様な感覚を覚え、自然と静かになっていた。次第に光は弱まっていき、あっという間に消えていった。


 それが合図と言わんばかりに、リーフは空の容器の上に清潔な濾し布を敷いた濾し器を用意し、ポーションの入った容器を持ち上げて丁寧に濾していく。液体のポーションだけが下の容器に流れていき、水気を含んだ雨見草の欠片だけを取り除いていく。


「効能を少しでも落とさずに、味を良くしたいとお婆ちゃんと二人で探したのがこれでした。ただ、雨見草は扱いが難しくて、良く乾かさないと効果が薄かったり、逆に入れすぎると飲めた物じゃ無くなって失敗も沢山しちゃって」


 リーフは、ポーションの味を良くする為だけに、レインと二人で色々な調味料や素材を集めていた昔の事を思い出す。


 初めに甘くすれば良いのではと砂糖を求めたが、高価過ぎて断念し、花の蜜では集める花の種類で効能に影響が出るのではと考え、木の実や果実の汁も同様の理由でどれもいまいちな結果であった。


 その過程で、リーフが雨の日にぼんやりと家の窓の外でほのかに光る雨見草の事をレインに尋ね、その特質で何か出来ないかと考えついて、試行錯誤の結果味を良くする事に成功した。


 雨見草の特性により、ポーションの独特な苦みを消し去り、ほんのりと甘みを与え大変飲みやすくなった事で、二人して大喜びする。自身の何気無い質問で、この発見に至る事が出来たレインはリーフを大層褒め称え、今でも楽しかった大切な思い出として強く心に刻まれている。


 そんな思い出を、周りに話していく内に、まるで自分の側でレインが今でも見守ってくれている様な感覚になり、リーフは少し不思議な気持ちになり、ふと周りを見渡す。




「どうした、リーフ? 何かあったのか?」


「いや、ちょっと、思い出話をしてたら、何だかボクの側でお婆ちゃんが見守っててくれてるんじゃないかなって気がして……」


 順調そうに見えたリーフが、急に周りを気にし始めたので、どうしたのかとスコールは尋ねた。


 リーフは素直に返事をするが、その答えにスコールは少し身震いをした。


「お、おい、婆さんが居るって、それが事実だったら、おっかなくて俺は震えちまうよ……! もしこの場に婆さんが居たら、リーフにこんな事させてる時点で俺が叱られる……」


 竜を狩れる程の英雄であるスコールにも、怖い者があるのかと、ローブ姿の女性はくすくすと笑いだした。


「あら、スコール。貴方にも怖いと思える存在が居たのね。ねえ、そんなにおっかないっていう貴方達の育てのお婆さんの名前は、何と言う名前なのかしら?」


 何気無く尋ねられた質問に、リーフに釣られて周りを見渡しながらスコールは答える。


「俺達の婆さんの名前か? ……レイン。レイン・ミルクラウドって言うんだが? それでなんだか俺達、今朝知り合いの爺さんに教えて貰ったんだが、レインの婆さんがこの街にやって来たのは前回の式典の時なんだとよ」


 スコールの口から出たレインと言う名前に、修道女達が反応する。その名前を聞いた途端、彼女達はリーフを見る目が真剣な物となり、これから行われるポーションの最後の仕上げを見逃さない様にしている。


 リーフはポーションを容器から瓶に移し替えて、いよいよ最後の工程に入る。




「これがボクが作るポーションの、最後の工程になります。この工程が一番大事だってお婆ちゃんが言っていました」


 基礎ポーションが入った瓶の前で、リーフは両手をかざす。目を細めて集中すると肩先まで伸びた亜麻色の髪の毛が、ふわりと風に靡かれた様に浮いていく。


「丁寧に作ったポーションに、作成者の魔力を純粋な魔力に変換しながら、ポーションの効能を治癒や回復の方向性に促していくと、効能は何倍にも上がって行くのだと」


 ポーションにかざしたリーフの手の指先から、細い糸状になった魔力が出て来る。糸状の魔力はポーションに近付くと更に粒子状になり、溶け込む様に混ざり合っていった。


 この工程では与える魔力量よりも、方向性を促す為の魔力の純度の方が重要であり、魔力が粒子状に変化したリーフの精製技術は相当な物になる。部屋に居る全員が静かにその姿を見つめていた。


 この一連の工程の全てを見ていた司教とローブ姿の女性は、心の中で決意していた何かをより強く決定的な物にしていく。


 リーフがポーションに魔力を流し終わると、瓶の口に聖教会の刻印が入った封をして、一息ついて完成を告げる。


「出来ました。これがボクが普段から作っているポーションなんですが、でもこれって、基礎ポーションですよ……?」


 リーフがそう自信なさげに尋ねながらに自身の作ったポーションを司教に手渡すと、実に満足した表情で司教はそれを受け取り、まるで宝物を手にした時の様に丹念にそれを見つめている。


「いや、君の腕前は相当な物だと言うのが解った。雨見草を使用する際の説明からも、君のお婆さんとの思い出からも、このポーションの価値は値千金の代物である事を私が保証しよう」


 司教からの思い掛けない評価にリーフは戸惑う。細かい分野は専門外であるスコールも、それ程の価値があったのかと呆然としてしまった。




 戸惑うリーフに、ローブ姿の女性が近づく。内心に強い決意を秘めている彼女は、リーフへと声をかけた。


「ひとまずはお疲れ様、リーフ。貴方のポーションに対する想いは良く伝わったわ。それとは別にもう一つ聞きたい事があるのだけど、良いかしら?」


「あ、ありがとうございます……ボクに他に聞きたい事があるって、一体何なんでしょう?」


 彼女から感じる自分に対する何かに、リーフは少し怖いと思いつつも、出会って短い間だが色々と勇気付けてくれたのもあるので、質問に答えようとする。


 彼女は手に持ったリーフのポーションを見つめた後、再度リーフに顔を向ける。


「これ程のポーションを作った貴方に聞くのだけど、今日の式典の内容……これから聖女を選ぶ事について、貴方はその存在にどんな想いを持っているのかしら?」


「お、想い……? ですか……?」


 聖女に対する想いを聞かれ、リーフは固まり、今日言われた言葉の数々を思い出す。そして、先程の司教に言われた言葉と、彼の態度から、自分の置かれている立場を何となくだが考えていく。


 リーフは頭の中で少し考えて、レインとの思い出や、スコールとの今後も含めた自らの想いを伝える為に口を開いた。

次回は15時になります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ