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◆◇◆




 リーフは目的の商会へと着く。正面のドアを開き、スコールと一緒に中へと入る。


 石造りの外壁に、木目調の内装をした商会の中では、今日の式典で開かれている出店や屋台等で使われる資材の管理を任されており、従業員達も、搬入を終えて戻って来たり、倉庫に保管されている資材の運搬が今日の仕事のメインとなっていて、リーフの様に依頼を受けている人間はごく僅かであった。


 顔馴染みの従業員達から挨拶されつつ、商会の受付へと向かいカウンターテーブルに座っている、程よく伸びた茶色いくせっ毛にこげ茶色の目をした、そばかすのある受付嬢からも挨拶が来る。


「おはよう、リーフ。今日もスコールさんと一緒なのね、良いなぁ、私も貴方達の義理の兄妹だったらなぁ」


「おはようメアリーさん。義兄さんの顔を見ると何時もそれだね、はいこれ、商会に依頼されていたポーション百個ね」


 来る度に定例となりつつある挨拶を済ませ、リーフは商会に依頼されたポーションが入った魔法の収納鞄を受付嬢のメアリーに手渡し、彼女は中身を確認する為に商会の奥にある部屋へと鞄を持って行く。




 確認が済んだのか、少ししてメアリーが戻って来て、両手に依頼の証明が済んだ証明書と報酬が入った袋を乗せた盆を持ってやって来る。自分が証明書を確認する間に、報酬の方の確認をスコールにお願いするリーフ。


「はい、何時もの証明書と報酬ね。それにしてもリーフのポーションって、何か美容効果でも入ってたりするの?」


 証明書を手に取り確認をするリーフに、思わずメアリーが尋ねる。リーフの代わりに机のある椅子にどっしりと座りながら報酬を確認していたスコールも思わず手を止める。


「どうしたの? メアリーさん、確かに回復用のポーションを作る材料は、薬草や身体に良い素材を扱っているけど、美容目的で使用する人って聞いた事が無いよ?」


「でも、リーフの肌って凄く綺麗じゃない? 此処だけの話なんだけど、私、商会の仕事で最近、聖女候補の人達に依頼された材料を届けに行く事があったんだけどね、其処で見た人達よりリーフの方が肌が綺麗だったりするのよ~」


 そう言ってメアリーは、リーフの腕を掴み真剣な顔つきでじっと見つめる。彼の肌は、白くて何処かすべすべとした感触をしており、男である筈なのに体毛も薄い物であった。


「やっぱり、思った通りよ! リーフの方が綺麗だわ。いいなぁ、羨ましいなぁ……私もポーション作ってたりしたら、せめてそばかす消したり出来たのかな……」


「なあ、メアリー。その話本当なのか? 俺もしょっちゅうリーフが家でポーション作ってる所を見てるけど、余ったポーションを肌に塗ったりとかはしてないぞ?」


 リーフの腕を羨ましく眺めるメアリーに、困惑しながらもただ苦笑いをするしかないリーフの隣まで、椅子から立ち上がり近づいたスコールも疑問を持って尋ねて来る。一応、義弟が美容目的でポーションを使っていない事は証明しようとすると、彼等と親交のある歳が近い従業員達も話に加わって来る。




「でもよ、リーフの回復用の基礎ポーションは出来が良いって評判だぜ。後から素材を加えると回復力が跳ね上がるというし、他の奴が作るポーションより味も良いって聞くぞ」


 リーフと歳が近く、仲も良い男の従業員がリーフの作るポーションについての評判を語る。スコールも、よく仕事で数日以上家を離れてしまう際には、リーフが作ったポーションをお守り代わりに持たされている。


「そういや俺も、リーフに持たされたポーションを仕事仲間に見せた時には驚かれるな。特に魔法を使う奴には製作者を聞かれる事なんかしょっちゅうだ。詳しい事は良く解んねえが、純度とか精製法がどうとかで、調合用に欲しいと持ってるやつ全部買い取られそうにもなった事もある」


 自分の義弟の作るポーションについて、国の外に出て、その他の国の人達にも幅広い交友を築いているスコールからの評価に、従業員達も盛り上がる。メアリーから始まった自身の腕前に、義兄からも聞かされる評判にリーフも思わず顔を赤くして俯く。


「そ、そこまで言われても、ボクは昔お婆ちゃんから教わった通りに作ってるだけだよ……? 中級までのポーションはお婆ちゃんに一通り見て貰ってたから、その辺りは作れるけど、でも、上級ポーションは僕のお小遣いじゃ素材集めが厳しいし、お婆ちゃんも教えてくれる前に死んじゃったから手が出せ無いよ」


 リーフとしては、亡くなったレインの教え通りに作っているだけだと、自身の評判に謙遜している。それに何時も作るのはほぼ基礎ポーションであり、上級ポーションは教わる機会を失ってしまっていて、作る機会も中々訪れない事に、いまいち自信を出す事が出来ずにいた。


 生前のレイン曰く、上級ポーションを難なく作れる様な立場になってこそようやく一人前なのだと言っていた。それ故に、今のリーフには本で読んだ一般的な上級ポーションを作れる様になる事を己の指標としていたのだが、四年経った今でも次の段階に向かうきっかけを得られずにいる。


 そんなリーフを見て、従業員達は一体何を言っているんだと言う様な顔をする。




「おいおい、何を言ってるんだリーフ。お前のポーション作りの腕前は既に相当なもんだぜ? ……これでもし、お前が女だったら今頃は今代の聖女候補筆頭として、俺達は大盛り上がりだったってのによ」


「えっ? えええっ!?」


 祭りの雰囲気がそうさせたのか、はたまた彼等が長年思っていた事なのか、悶々とした感情を持った商会の男の一人がリーフに突然の告白をぶつける。


 それを聞いたリーフはただ困惑し、彼に反論して欲しくて隣にいたスコールに顔を向けるも、スコールも何処かぎこちない顔をしていた。一人の従業員が放った言葉に、周囲も完全に同意しメアリーもリーフの手を掴む。


「そうよっ! リーフ、貴方なんで男になんか産まれて来ちゃったのよ!? 肌は私より綺麗だし、身体も細くて華奢だし、顔だって可愛い顔してるし、髪の毛だって肩先まで伸びてる今は完全に女じゃないの! 羨ましいわ! ずるいのよ!」


「そ、そんな事言われても、ボクだって、色々気にしてるんだよ!? 羨ましいって言われても困るよ……」


 リーフの手を握るメアリーの手はより一層強くなる。リーフは視線でスコールに助けを求めるが、何故か彼はメアリーの言葉を聞いて固まってしまっていた。


 固まるスコールを見て、メアリーはリーフが男である不満からなのか、女として容姿で負けてしまっている嫉妬からか、目つきも鋭くなる。


「リーフ、今からでも間に合うわ。私の服を貸してあげるから、それを着て聖教会にでも乗り込みなさいよ! 何時も一緒に居るスコールさんだって言われて固まる位なんだし、いけるわよ!」


「む、無理だって!? ボクは男なんだよ!? 義兄さんも何とか言ってよ!」


 リーフは助けを求めるが、スコールは固まったまま何処か上の空になって空返事をする。


 今のリーフは、白くてシミ一つない頬を赤らめて、大きな瞳を潤ませており、特に身体を鍛えている訳でも無い普通の体格の少女に手を掴まれて尚、無理矢理振り解けない程の貧弱さを証明している。


 半年以上切らなかった髪は、肩の辺りまで伸びており、女物の服も着られそうな位にメアリーとも体格に差は無い。何も知らない傍から見れば、男装をした自信なさげな少女が、友人の少女に強い励ましを受けている様にしか見えない。


 他にお客の姿も見えない商会内は、異様な雰囲気となっており、リーフとメアリーが中心となって騒いでいると、奥の部屋の扉が開き、騒ぎに対してそれを注意する様な声が飛んで来る。




◆◇◆




「一体何の騒ぎですのよ、全く、騒々しいですわ……このお店は品揃えは優秀でしたけど、従業員の方はもう少し教育をなさった方が宜しくてよ?」


「も、申し訳ありません、パトリシア様……何分今日は大事な式典で御座いますし、多少浮かれてしまう者も居たのでしょう」


 店の奥から出て来たのは、西の国の貴族の中でも有数の家柄を誇っている令嬢、パトリシアと、そのパトリシアを相手に依頼されていた品を渡す為に対応していた商会の会長であった。他にもパトリシアは数人の護衛らしき人物を従えて部屋から出て来る。


 上位の家柄の貴族令嬢らしく、着ているドレスも豪奢な物であり、良く伸ばした長い金の髪は緩く巻かれており、濃い青い瞳はつり上がっていて見る者を萎縮させる。


 その声と姿に商会内はしんと静かになり、従業員達は青い顔をしながら一斉に頭を下げていく。パトリシアの声にスコールも正気になり、メアリーもパトリシアに一礼すると急いでテーブルカウンターの元の席に座り直している。


 お揃いの執事服を身に纏った精悍な顔立ちの男達を従えているパトリシアは、騒ぎの元になっていたリーフを一瞥すると、スコールの方に顔を向けて微笑みながら言い寄って来た。


「あら、スコール様ではありませんか! 貴方様が希少な素材を集めて下さったお陰で、わたくし今日はとても勇気を貰いましたわ! うふふ」


 近寄るパトリシアに、スコールは若干嫌そうな顔をしつつ、返事を返さない訳にもいかずこれに対応する。


「パトリシアじゃないか……希少な素材って言うと、まさか、こんな時期に急な依頼を寄越されて、冒険者連中が慌てて俺に協力を要請して来たアレだって言うのか……!?」


「ええ、そのまさかですわ! あの『竜狩り』の異名を持つ、英雄スコール様直々に素材を受け取ったわたくしは、この度の聖女候補として他より大きく一歩先を歩めますわ!」




 パトリシアの口から出た竜狩りという異名。この名はレインの死後、メキメキと頭角を現したスコールが二年程前に、前人未到の単独での竜を討伐した事で付いた呼び名である。


 この一件を経てスコールは西の国の英雄と称される様になり、それからは国内外問わず噂を聞きつけたありとあらゆる場所から誘いを受ける様になり始めた。


 だが、スコールはリーフが気にしない様に、義弟が居る前ではこの異名で呼ばれる事を避ける様にしていた。


 レインとも誓った約束事もあるのだが、スコールは強い存在になった後も、なるべくリーフと一緒に居たいが為に、今でも大事な義弟が住む家に帰る事を優先している。


 スコールを竜狩りと呼び、その英雄の腕に絡みつこうとするパトリシア。スコールは寸前の所でそれを躱し、令嬢である彼女の行動を諌めようとする。


「おいパトリシア、あんたは家柄もある令嬢なんだろ。護衛も見てる前で俺に何をさせようってんだ……それに、義弟も居る手前で、そんな呼び方で俺を呼ぶな」




 英雄になった為に、様々な交友関係が産まれたスコール。パトリシアの存在も例外では無く、彼は以前にも冒険者の知り合いから要請された彼女からの無理難題を解決した際、その腕前と容姿を気に入られ、それ以降何かと絡まれる機会が訪れる様になった。


 一方的なパトリシアとの無理矢理な交流もあり、彼女も一応リーフの前でスコールを竜狩りと呼ぶ事がタブーである事は把握していたのだが、何故か今日に限っては、知っていてわざとそう呼んだのであった。


 これは何かあると思い、スコールはパトリシアへの警戒を強める。だが、既にそう呼ばれてしまった事実は変えられない為、今は大事な存在である筈のリーフの表情を伺う勇気を持てないでいるスコールを他所に、パトリシアはお構い無しに話しかけて来る。


「あら、心外ですわスコール様。わたくしはこれからの事を思いまして、接し方を改めようとしましたのよ? それに、竜狩りの英雄スコール様は、この度に選ばれる新しい聖女と共に中央に招かれるではありませんか」


 スコールを見ながらそう言い放ち、パトリシアは怪しい微笑みを浮かべる。彼女の言う新しい聖女と共に中央に招かれるという言葉、この国に住む者であれば、その意味を知らない者はいない。


 それはすなわち、スコールは西の国の英雄という聖女と並び立つ程の存在であると、ミラクリオールが認めた事を意味しており、これから数年間は中央国にて、聖女同様に義務を果たす使命があると言う事であった。


 パトリシアの言葉に商会に居る誰もが驚き、黙って事を見ていた従業員達もざわついてしまう。そして、彼等はある一つの事が気になり、視点を一点に向けた。其処には自分達同様に驚きの表情を見せるリーフの姿があった。


「に……義兄さん……そ、その話、本当なの!? 何でそんな大事な話をボクに話してくれなかったの……?」


 スコールについての大事な事を知らされていなかったリーフの言葉に、パトリシアは手で口元を抑えつつもとても嬉しそうな顔になる。それでも自身の微笑む顔をリーフの方に向ける様な、余りにもはしたない行為は流石にしなかったのだが、選択を誤ってしまい表情を歪ませるスコールの顔は存分に堪能していた。


「す、すまないリーフ……俺もこの話を聖教会の連中に聞かされたのは、三日前なんだ……」


 スコールもこの事実を知ったのは、パトリシアからの無茶な依頼の手伝いに参加して、それを果たして家に帰って来てすぐの事であった。聖教会からの遣いから聞かされた突然の説明に動揺したスコールは、今日を楽しみにしていたリーフの顔を見ると、全く話せる様な機会を完全に失ってしまっていた。


 スコールは、自分もこの話を聞かされたのはついこの前だというのに、何故目の前のパトリシアが情報を持っているのかと不思議に思い、自然と目つきが鋭くなる。

次回は18時になります

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