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◆◇◆




 良く晴れた日の朝、西の国の街外れの森へ続く道の手前に建つ小さな家で、義理の兄と一緒に生活をしながら、定期的に街にある商会から依頼されてポーションを作りそれを納品する、一人の少年が居た。


 彼の名はリーフ・ミルクラウド。歳は一六でありながら、同じ歳の一般的な少年達に比べると背は低く、身体つきも貧弱な印象に見える子で、その事をよく揶揄われていた。


 男としては頼り無い体型の他に、ポーションを作る為に小屋の中に殆どいる為に、余り日に焼けていない白い肌をしていて、肩にかかるかどうかの長さの亜麻色の髪に、緑色のまん丸な大きな瞳であった。


 その為か、彼の事を良く知らない人が見れば、少し髪を伸ばしただけでも男装した女の子にも見えた事だろう。


 いつか自分も背が伸びるだろうと思い、身体が大きくなって数年前に義兄が着れなくなった為に大事に保管しているお下がりのシャツは、いまだにリーフには余裕があるので、泣く泣く自分の体格にあった服を用意している。


 同じ男なのに、義理の兄と比べて、全然男らしく育たない自分の身体を、彼自身何処か気にもしていた。


「依頼されたポーションは全部で百個……うん、丁度あるね! これを商会用の収納鞄にしまえば準備は完了、っと」




 ポーションを作る為の醸造台が置かれてある部屋で、リーフは自身が前日に作り終えていたポーションが入った瓶を一つ一つ、依頼された商会から支給されてある魔法の収納鞄に手慣れた手つきで丁寧にしまいこんでいく。


 魔法の技術により鞄内部の拡張性は増し、重さも感じさせないそれは、百個もあるポーションを容易く収納させていく。


 数分かけてポーションをしまうと、奥の部屋から一人の青年がのそりと出て来る。


 彼の名は、スコール・ミルクラウド。二〇を迎えたリーフの義理の兄である。暗い青色の髪に、鋭い目つきに紫色の瞳をした精悍な顔立ちの彼はリーフとは違い、とても鍛え抜かれた屈強な身体つきをしており、背の方も、リーフとは頭一つ分以上は離れている程の大柄な青年であった。


 彼は仕事柄、数日から数週間の間しょっちゅう家を留守にする事もあるが、それでもリーフとの兄弟仲は良好であった。


 リーフは部屋に入って来るスコールを見て、朝の挨拶をする為に彼の方に顔を向ける。


「おはよう義兄さん。ボクの方はこれで準備は出来たから、何時でも街に行けるよ。今日は大事な聖女様を決める式典だし、街には人がいっぱいやって来て、お祭りなんだろうね!」


 リーフが楽しそうに、にこやかな笑みでスコールに挨拶をすると、何処かしかめっ面の様な顔になりそうになるも、頭を掻いて苦々しくリーフに笑みを返すスコール。


「おう……おはようリーフ。今日は随分と張り切ってるな、まだ式典には時間もあるって言うのに、そんなに楽しみなのか?」


「何言ってるの、数十年ぶりの式典なんだよ? 二人一緒で見られるのなんて、最初で最後かもしれないんだよ? 楽しい思い出は多い方が良いに決まってるよ!」


 身長差のあるスコールの顔を、何時も見上げながら話をするリーフ。義弟の純粋な思いを持ったその眼差しに、義兄は家を留守にする事がある事への負い目からか、少しバツが悪そうな顔をして謝罪をする。


「わ、悪かったって……そうだよな、楽しい思い出は多い方が良いもんな。じゃあサッサと街に行って商会にポーションを渡すぞ。それが終わったら、式典まで二人で一緒に街を見て回ろうな」


「うん! 街の皆とも話をしたいし、色んな所を見ようね! あっはは、楽しみだね、義兄さん!」


 にこやかな笑顔になるリーフを見て、何処か複雑な顔をするスコール。だが、それを義弟に悟られまいと一瞬で顔を笑みに変える。最後に二人は忘れ物は無いか確認を済ませ、家の戸締りをして街に向かう。




◆◇◆




 家を出て、森を抜け街の中へと向かう二人。顔なじみの衛兵にも軽く挨拶をし、舗装された道を歩いていき西の国の街に入る。


 この街は西の国の中で一番大きな街であり、そして今日は、街の中央に建造されてある巨大な聖教会にて、西の国の聖女の代表を決める大事な式典が行われる。


 東西南北に分かれた小国の中で、西の国は医療に関する役割に秀でやすく、聖女に選ばれた者の回復の魔法や回復薬は、中央国の女神の加護を経て、病気や怪我を診る一般の医者の治療を大きく上回ると言われている。


 それ故に、癒しの力を持つ西の国の聖女は国民からの人気が人一倍高く、中央国の王侯貴族からも愛を向けられる事も多いという。当然自分こそが聖女に選ばれようとする聖女候補達の数も多くなる。


 西の国中から年若い貴族の令嬢達や、商家の娘、修練を積んだであろう修道女達等、花嫁修業の一環として嗜んできた者達から、世の為人の為に過去の聖女達と同じ道を進もうとしている者達まで、おおよそ百人近い候補が聖教会に集まっていた。




「うわー、聖教会の前には既にいっぱい人が集まってるね! でも、男の人ばかりだね義兄さん」


 リーフがまず依頼されたポーションを納品するべく最初に向かっている商会は、聖教会と同じく街の中央に存在していた。


 スコールと一緒に何時も歩いている街中の道を進みつつ、それでも何時もとは違っている光景に思わず視線が向いたリーフは、隣に居る義兄に不思議だねと話しかける。


 聖教会の周辺には大勢の男達が集まっており、その男達は聖教会の設けた柵の周りで聖女候補達の姿を一目でも見ようとしていた。今日の聖教会は一般の者は立ち入り禁止となっており、中央の国から派遣された騎士達で警備が行われている。


「あれは大方、今日の聖女候補の顔でも見ようとしてる連中だな。ったく、あんなとこに居ても顔が見れるのかね」


「でも、聖女様に選ばれようって人達なんだし、それだけ綺麗で素敵な人が居るんだよ? 義兄さんは気にならないの?」


 自分達の住む国から選ばれる聖女の姿を想像して、どんな人なんだろうと期待を膨らませているリーフ。気にならないのかと尋ねられたスコールは、一つ息を吐いてうんざりした様な顔になる。


「聖女とやらが幾ら綺麗な美人だろうがな、それで惚れるのは俺には無理な話だな。俺と一緒に居たいって女が居たら、まずお前と仲良くなれるかが俺にとっては大事になるしよ」


 そう言って、ごつごつとした手でリーフの頭を撫でるスコール。そこまで力をこめていない筈ではあるのだが、頭を撫でるスコールの手によって、リーフの頭は少し揺れてしまう。


「ちょ、ちょっと義兄さん!? もう、また面倒臭がってボクを人除けにするの? 義兄さんならきっと素敵な女性に出会えるだろうし、そうなったらボクだって一人でやっていけるよ」


 スコールの手を払いのけ、また人除けにされるのかと不貞腐れる様に義兄を見つめるリーフ。見つめられたスコールは苦笑いし、目的の場所に進もうとすると、不意に声をかけられる。




「よう、リーフにスコール。今日も仲良し兄弟だな、仲が良いのは良い事だがスコールもそろそろリーフに付きっ切りなのを止めないと、二人して嫁も貰えないまま歳を取っちまうぜ」


 リーフとスコールに声をかけたのは、この街で本屋を営んでいる爺さんだった。白髪に髭を生やしたこの老人は二人の幼少の頃からの知り合いで、リーフもポーション作りの参考にする為に、よく本屋に訪れては様々な本を購入していた。


「あはは、おはようお爺さん。義兄さんならともかく、ボクにお嫁さんなんて来てくれるかな……」


「余計なお節介だぜ爺さん。俺が惚れる女は俺が選ぶし、それよりもリーフを大事にするのは婆さんと誓った約束事だしな。それが出来ねえで女に現なんて抜かせられるか」


 何時まで経っても逞しく育たない自分の身体を見て、男として自信を無くすリーフと、話しかけて来た爺さんを前に、自分の誓いを口にするスコール。


 婆さんと誓った約束事という言葉に、何処か遠い昔を思い出すかの様な顔になり二人を見つめる爺さん。


「ふむ、レインの事か……あいつが亡くなってもう四年か。ワシがあいつと出会ったのも前回の式典の時だったかのう……今も生きておったらこの式典を見て、お前さん達に何を言っておったのか。何ともなあ……」




 本屋の爺さんは、自身の髭を撫でながら彼等を拾い育てた、昔馴染みだった一人の老婆を思い出す。


 その老婆の名はレイン・ミルクラウド。まだ歳が若かった頃の彼女は前回の式典の時にこの街にやって来て、そのまま森の近くに居を構え、亡くなる四年前までリーフ達が住んでいる家に三人で一緒に暮らしていた。


 レインは、僅かながらに治癒の魔法が扱えたリーフに、自身のポーション作りの技術を教えると共に、知り合いである本屋の爺さんの所で買って来る本の内容を読み教え、懇切丁寧に知識を教え込んでいた。


 一方、スコールは、家でポーションを作るといった繊細な素質等は持ち合わせておらず、近くの森で狩りや食料になりそうな植物等を採取する様に手伝いを任せていた。彼等が幼い頃は三人一緒に森へ行き、リーフにはポーションの原料になる薬草や木の実の種類を教え、スコールには効率的な狩りの方法や、身体の動かし方を教えていた。


 そして、スコールは今では狩りの対象の範囲も広がりを見せ、仕事の都合で国の外にも出る事も多い為か、その実力が開花して西の国では名の知れた人物となっている。


 やりたい事には反対せず、その代わり教える時は徹底的だったレインの教育方針のお陰で、彼女が亡くなった後も二人は順調に成長し今を生きている。


 そんな昔の事に思いを馳せる本屋の爺さんに、リーフは尋ねる。


「ボク達のお婆ちゃんが前回の式典の頃にこの街に来たって、初耳だよお爺さん。義兄さんもお婆ちゃんから聞いた事ある?」


「いや、俺も婆さんが何時頃この街に住んでたのかなんて、聞いた事無かったな。昔の話なんてしたがらなかったし、俺達を育てる事だけが生きがいみたいな人だったし」


 育ててくれたレインについて知らなかった事があったのだと、二人して顔を見合わせて互いに確認し合う。本屋の爺さんは初耳だったという表情の彼等の顔を見て、今は亡きレインを思い呆れた顔になる。


「なんだあいつ、お前さん達に何も教えぬまま逝ってしもうたのかい。まあええか、あいつの事で知りたい事があるのなら、式典が終わってから何時でも聞きに来るが良い。今日はワシもこれから昔馴染みに会いに行くからの」


「なんだ、爺さん。本屋は今日はやらねえのか?」


「馬鹿者が、こんな祭りの日に一体誰がジジイがやっとる本屋に来るというんだ。今日は臨時休業だよ。スコールも早うリーフを連れて何時もの商会に行ってやらんかい。日が暮れてしまうぞ」


「あはは、それじゃあお爺さん行ってくるね。お婆ちゃんの話は明日にでも聞きに行くから、また明日ね」


 挨拶を済ませ、リーフ達は本屋の爺さんと別れる。スコールは声をかけて来たのは爺さんの方じゃないかと、不満を表に出した顔を別れ際の爺さんに見せてから、目的地の方に顔を向き直して進み始めた。




 二人と十分に距離が離れた後に、本屋の爺さんはリーフの後ろ姿を心配する様に見つめながら、賑やかな街の音を利用して、誰にも聞こえない様に一人呟く。


「レインの奴め……一体何を考えてあの子にポーションなんぞを……だが幸か不幸か、リーフは男だしのう……しかし、あの見た目ではまるでなあ……うむ、今日一日、何も起こらねば良いのだが……」


 今日一日、式典を無事平穏に終えられる様に心の中で祈りながら、本屋の爺さんは自身の髭を撫でつつ周囲を見渡す。聖教会の周りに集まっていた男達の一部が、義兄と楽しそうに会話をしながら歩いていくリーフの姿を、不思議そうな顔をしながら目で追っている光景が見えた。


 それを見て本屋の爺さんは、胸がざわつきつつも、深いため息を吐いて昔馴染みの知人の元へと向かうのであった。


次回は15時になります

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