ハイドアンドシーク・オブ・ザ・デッド
ある夏の夜、日本の田舎のある町を惨劇が襲った。
地獄の蓋が開いたのかウイルスがバラまかれたのか、原因は定かではないが、死者が蘇り人を襲い始めた。つまりゾンビの発生である。
発生が深夜と言う事もあり、1軒、また1軒と餌食になり、静かに、だが爆発的に感染が広がった。
高校3年生の伊佐間 彰は隣家に住む幼馴染の同級生、面木 愛香 と早々に異変を感じとり、近くの2階建て大型ショッピングモールまで逃げて来た。
中には既に数十人、避難してきた人がいた。
2人が来た時には手分けをしてバリケード設置とモール内の安全確認が始まっていて、モールの警備員だと言う男が新しく来た人達を集めて早口で長々と説明を始めた。
「電気は来てますがエレベータは停めてあります。2階部分には屋上駐車場へのエスカレータ以外に外への出入口は無し。1階の出入り口は業者用の裏口がいくつかと、西、東に2つのメインエントランスがあります。業者用は防犯のために扉と鍵がしっかりしているので施錠すればまず大丈夫でしょう。問題はエントランスです。後々シャッターを閉めますが、まだ生存者が駆け込んでくる可能性があります。今の段階では生存者用の隙間を残したバリケードで対応しています。間違ってもシャッターラインの位置にバリケードを置かないで下さいね。シャッターでバリケードが崩れたら大変ですから。私は東側の警備室に居ますので何かあったら来てください。」
愛香の立候補で2人は西側メインエントランスを他数人と一緒に担当する事になった。
「何なんだよ、あいつら!人を!人を喰ってる!」
「彰くん、こんなのありえないよ……」
バリケード作りをしながら外の様子を見ていた。というより、ガラス張りのエントランスなため、作業をしていると嫌でも目に入ってしまうのだ。
遅れて異変に気づいた人達が立て籠もれそうなモールを目指しているが、たどり着けずに2人の目の届く所で断末魔を上げている。結果的にゾンビをモール周辺に誘導して自身もその仲間になっていく、そんな人々を見ている事しかできなかった。
もはや生存者が入ってくるのは無理だろう、という事でバリケードを強固にし、シャッターを降ろしてもらうように連絡を入れに1人走って行った。
「は〜、まさかバイト先にこんなに感謝する日が来るなんてね。彰くんが進学で町を出る前に2人でここに来れたのがちょっとだけ嬉しくもあったりして。それより彰くん、私が寝落ち通話に付き合わせてなかったら寝てる間に襲われてたんじゃない?」
「かもな、けど連日の寝落ちしない通話のせいで寝不足でもあるんだが。それに受験はまだこれから、町を出るって決まったわけじゃないだろ。ってそのバッグどこで拾ってきたんだ」
「ヒミツ〜、いいバッグでしょ、みんな結構好き勝手に過ごしてるみたいだよ。私も疲れちゃった、2階東側の家具屋で休もっか。でも、ゾンビが発生してるのがこの町周辺だけで良かったね」
「バッグはどうでもいいけど、そうだな休むか。親父達心配してるだろうな」
バリケードを見張ってくれる人がいたので、スマホで情報を仕入れたあと、いつものような雑談をしながらモール内を歩いていた。惨劇の見過ぎで感性が麻痺している事に2人は気づいていない。もしかしたら、家族の心配をしなくてもいい、という事が心に少しのゆとりを与えていたのかもしれない。
幸いな事に、2人の両親は4人で仲良く旅行に行ったため、この騒動に巻き込まれなかったのだ。
「あ、ちょっと待って、食べ物か飲み物探してくるね」
東側に向かっている途中、レストラン街を歩いている時に愛香がそう言ってステーキ店の厨房に小走りで入っていって、すぐに手ぶらで戻ってきた。
「おい、まだどこが安全かもわからねぇんだぞ!1人にすんなよ!」
「ごめんごめん、でももうモール内の安全確認も終わってる頃でしょ。あちこちに漁られた形跡あるし。そういえばシャッターどうなったんだろ、放送くらいしてくれればいいのにね」
目当ての家具屋が見えてきた。モールの一番端に位置する、そこそこ大きい店舗である。何人か店舗内でくつろいでいるのが確認できた。
「彰くん、歩きスマホはだめだよ、危ないよ。それにそのモール内の女の子を物色するような目つき、よくないな〜」
「んだよ、こんな時に、うるせぇぞ。それより武装した救助隊が派遣されたってよ!ここに立て籠もってれば勝ったようなもんだ。って、お前はやたらキョロキョロしてるけど、どした?」
「ん、ちょっとね、まだかなーという気持ちと備えあれば憂いなしかなーという気持ちでして。あー、あの、彰くんお店で先に休んでて。絶対お店の中にいてね!私はちょっとお手洗いに」
「はいよ、早くしろよ」
彰はバッグの中を探りながら小走りで通路脇に入っていく愛香を見送って店の境界とも言えるシャッターラインを踏み越えた。
彰は念のため家具屋の中を探索しておく事にした。武器になりそうな物や隠れられそうな場所を探した。
「お、ここいいな。バレてもゾンビは登って来られないだろうし」
壁と床にしっかりと固定されたかなり大型な壁面収納のあるテレビ台、その上部にこれまたデカい、スピーカーを模したダンボールが置かれていた。
下から見たらわからないが、テレビ台を踏み台にして登るとダンボールと壁の間に人が寝転べそうな隙間があり、隠れ場所としては良さそうだった。
「!?」
居心地を確認していたら遠くでシャッターが閉まる音、何かが崩れる音、それと悲鳴が聞こえた気がした。店舗内にいた人達がザワついているのがわかる。
彰は恐怖で動けなくなった。この位置からだと周りの様子が確認できない。天井しか見えないのだ。
近くのシャッターが閉まる音が聞こえる。おい待ってくれと叫ぶ声が聞こえる。何でどうしてと怯える声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。ゴトッと何かが倒れる音が聞こえる。嫌だと泣き叫ぶ声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。ドサッと何かが倒れる音が聞こえる。ゾンビのうめき声が聞こえ始めた。
騒ぎは急速に大きくなり、そして確実に近づいてきていた。彰は強く目を瞑り、祈る事しか出来なかった。
彰の名前を呼ぶ声が聞こえる。
彰は目を覚まし、自分が意識を失っていた事に気づいた。悲鳴は止んでいて、聞こえてくるのはゾンビのうめき声とシャッターを叩く音。耐えきれなくなって体を起こそうとしたが、体が痺れていて上手く動かせずに誤ってダンボールを落としてしまった。
「愛香…?」
焦ってダンボールに手を伸ばした際に目に入ってきた光景。
赤い血、どす黒い血。
刃物で切られた死体。
血の滴る肉切り包丁。
包丁を握っている愛香。
誰かを探している愛香。
ゆっくり後ろを向く愛香。
こっちを見て微笑む愛香。
「みつけたぁ、やっと2人きりだよ、彰くんは私のもの、ずっと私のものになるんだよ、邪魔な人達は死んでもらったからもう大丈夫、人でもゾンビでも私の邪魔はできないよ、ずっとずっと好きだったのに気づいてくれないし、この町を出るなんて言いだすしすぐ他の子に目を奪われるし私の事全く心配してくれないし見てもくれないしいつもいつも私の気持ちを踏みにじるし、もうこの気持ち我慢できないから死んでもらうね」
夏のホラー企画に、と考えていた話です。完全に乗り遅れました。