事件
また日が昇った。騒がしいほどの光がカーテンの隙間から漏れてきて眩しい。
もうすぐ夏だ。
個人的に夏は嫌いだ。虫が出るし、暑苦しい。と言っても冬になれば寒いだの、乾燥するだので結局夏の方が好きになるのだが。
とにかく今は夏が嫌いだ。
エレベーターにはやっぱりjk…いや稲浜鹿音がいた。
「おはよ。」と鹿音は挨拶してきた。俺は挨拶を返した後、俺は昨日しそびれた自己紹介した。
何気ない会話をしているうちにエレベーターは一階に到着した。マンションを出ると、鹿音は軽く手を振った後、俺とは反対側の道へ歩き出した。
俺は、深呼吸した。なんてったって現役jkと会話していたのだ。同僚に自慢してやろう。
そのまま俺は足軽に会社に向かった。
会社が終わると俺はまた重い足取りで自宅に向かっていた。今日もまた仕事漬けだった。
でもどこかまたエレベーター前で鹿音と出会えるのではないかという期待もあり少し気持ちが楽だった。
だがこの日エレベーターホールに鹿音は現れなかった。
別におかしいことはなに一つない。むしろ今までがイレギュラーだったのだ。
そう何回もお同じ時間に会う確率は極めて低い。今日は部活がオフで早帰りだったかもしれないし、まだどこかで道草を食っているのかもしれない。
そもそも現役jkが今どこでなにをしていようが俺には全く持って関係のないことだ。
俺は忘れようとしたが、俺の心の中は不安でいっぱいだった。
「気にするな。初めて会話したのも数日前だしjkなんてそんなものだ。また明日、いつものように会えるはずだ。」俺は不安がる自分に言い聞かす。
でも本当に昨日今日知り合ったのだろうか。もっと前にどこかで…。
何か思い出そうと考えながら家のドアを開けると、藍が出迎えてくれた。
「まだ起きてたのか。早く寝ないと、明日起きられないぞ。」と言ったものの本心ではとても嬉しかった。
実は俺はツンデレなのかもしれない。男のツンデレってなんかきついな…。
「人のこと言えた立場じゃないですよ!!それにたまには藍だって、おかえりっていいたいです。」藍は頬を膨らませながら、そう言った。
かわいい。結婚したい。幸せにしたい。
俺は藍の頭を撫でた後、夕食を食べた。いつもは1人でテレビを見ながらだったが、今日は藍が話し相手になってくれた。
話した内容はたわいもない世間話ばかりだったが、いつのまにか疲れ切っていたはずの感覚が失われていた。
俺は、大人げもなく会社の上司の愚痴をいったが、
藍は俺の愚痴を終始一切いやそうな顔せず聴いてくれた。持つべきものはかわいい姪だ。
何か考えていた気もするがもう眠い。それにせっかくいい気分気分なんだ。明日考えよう。
明日のことは明日考えればいいのだ。
結局そのまま眠りに…。
俺はまるで脊髄反射のように飛び起きた。寝てはいけない、寝てはまた後悔してしまうそんな感覚に襲われた。
なんだ?俺、なんか後悔したっけ…?
寝ぼけているだけのようだ。本当に最近自分がもう1人いるのではないかと疑ってしまう。
きっと連日の残業のせいだろう。近く病院へ行ったほうがいいかもしれない。
しかし今のですっかり目を覚ましてしまった。
俺はリビングに行きテレビをつけた。藍はすでに眠っているらしく、藍の部屋の電気は消えていた。
時刻は一時半を回っていた。こんな時間にもかかわらずニュース番組が放送されていた。
俺はなんとなくそれを無心で眺めていた。
コンビニ強盗、放火事件、詐欺…くだらない報道が続く、このままではキリがないと俺はテレビの電源を切ろうとした時、
「今日午後5時ごろ、県内の女子高生が最近この辺りで発生している不審者に誘拐されたのではないかという情報が…」
また誘拐犯の話か。
「今回誘拐されたのは……稲…鹿音さんで……察は詳しい…」
聞き覚えのある名前だった。俺はテレビを必死に覗き込む、さっきまでしっかり映っていたのに、なにも映っていなかった。
稲浜鹿音…?いやそんなわけがない、今日起きた事件がこんな時間にこんな早く報道されるわけがない。
きっと人違いか、聴き間違えに決まっている。
いやでもしかし、どうしても不安になる。探すべきだ。でもどこを?
それでもどこかに…。果てしなく非効率だ…。自問自答を繰り返しているうちに、だんだん頭が狂ってきた。俺は無心にランドセルを手に取り、家を飛び出した。
自分が今どこに向かって走っているのか全然わからなかったが、なんとなく鹿音に近づいている気がした。
運動不足の俺は、五分もたたずに息が上がってきたが、鹿音を救えるのは俺だけだという感覚が、俺の足を前に前に突き動かしてくれている。
今彼女を守れるのは、俺だけだ。
無我夢中で走り続け立ち止まったのは、廃工場だった。
確か5年くらい前に倒産し、そのまま放置されている建物だ。よく見ると、フェンスの南京錠は壊され、出入り出来るようになっていた。
果たしてここに鹿音はいるのだろうか。それにしてもなぜここだと思ったのか。犯人がいる確証がないため警察は呼べない。
何故、咄嗟にランドセルを背負ってきたのかも分からないことだらけだ。
俺は、顎に垂れてきた汗を拭い周囲の様子を観察する。誘拐犯による犯行なら、見張れるような仕組みがあってもおかしくはない。
怖くて仕方がなかったが、俺は息を整え前進する。特に仕掛けはなく、思ったよりも簡単にたどり着くことができた。
窓から内部の様子を観察しようとしてみたが暗くてあまりよく見えなかった。
俺は覚悟を決め手探りに前進した。
窓のシャッターが全て下されているせいか真っ暗だった。目がなれるまで待つというのも選択肢にはあったのだが、ここは犯人の居場所だ、気づかれることが一番怖い。
「透?」鹿音の声が暗闇の方から聞こえた。
「鹿音か?俺だ」俺は声のした方に向かって走る。
「ダメっ後ろ!!」鹿音の叫び声が響くのと同時に後ろから誰かがこちらにむかってはしってきた。段々と目が慣れ始め、振り向くと手に刃物を持っている男が見えた。
「くそっ間に合っ…」背中に衝撃が走る。
「ゼローー!」鹿音の悲鳴が聞こえる。
俺は死を覚悟する。こんなところで死んでしまうのか。
どすんと倒れる音が聞こえる。
…あれ、痛くない。
振り向くと覆面男が倒れていた。ランドセルに思いっきり衝突した衝撃で吹き飛ばされたようだ。
俺は咄嗟に昔柔道の授業で習った横四方固で犯人を拘束し気絶させた。
俺は鹿音のほもとへ駆け寄り解放した。
「大丈夫か?」俺は大丈夫なわけがないとわかっていながらもこれしかかける言葉が見つからなかった。
「えぇ、大丈夫大丈夫よ…」一気に緊張が解けたようで、俺に寄りかかる。
jk特有のいい香りがした。
「それよりも私思い出したの。」
「なにをだ?」俺は尋ねる。
「あなたの名前はゼロだということ。そして私はフォルテだということ。」
「どういうことだ…?」だがその名前たちにはものすごい聞き覚えがあった。ラーニャもそうだ。
「だから、あなたの名前は…ゼロ。私は、あなたのことが…。」
そうだなんで忘れていたんだ。俺はゼロだ。
その瞬間周囲の景色が歪んでいった。