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バトル1~ファイナルファンタジー③

 それが唐突に、前触れなく恐怖に変わった。いつからなんて分からない。文字通りいつの間にか。集中力が欠落し、試合を控えているにも関わらず広海の意識はサッカーに向かおうとはするものの、真っ直ぐには届かなかった。無限に湧いてくる雑念がこれでもかと道を塞いでくるのだった。

 広海の日課である、就寝前のイメージトレーニング。理想のプレーを繰り返し想い描く。以前の広海は理想のプレーどころか、調子に乗りすぎて妄想が暴発、現実には不可能なプレーも飛び出してしまうこともあった。自分の頭の中でサッカーをするのだからどんなプレーも思い通り。力強いシュート、リズミカルなドリブル、キレのあるスルーパスなど、100点満点、120点のサッカーを楽しんでいた。

 そんな夢の中の広海がどんどん下手っぴになっていった。シュートは枠を外れ、ドリブルはディフェンスに引っ掛かり、スルーパスは味方とのタイミングが合わない。広海の、広海による、広海の為だけの舞台でミスを連発するのだから、困ってしまった。

 助け船のきっかけはJリーガーだった。サッカープロリーグの発足は日本を変えた。社会現象となった。サッカーの「サ」の字も伝えなかったスポーツニュースではトップニュースでJリーグを扱い、サッカー専門の番組もひとつやふたつではなかった。サッカー雑誌は本屋の雑誌ラックの前面を飾るようになり、数々のサッカーゲームが発売された。また、Jリーグの盛り上がりは試合の中継だけでなく、それ以外の場面でもカメラの回る機会を増やした。例えば練習風景、例えばバスや新幹線での移動、例えばファッション。テレビ画面からの様々な情報で広海の印象に残っていたこと、それはイヤホンを付けている選手が多い。ただ広海にはその理由がいまいち分からなかった。


 宮坂SCには6人程のコーチがいて、その中のひとり、野口コーチは1年生の時から広海の面倒をよく見てくれた。正しくは広海達の代の専属コーチなのだが、とにかく広海達の良き相談役だった。

 「イヤホン?そうだな、Jリーガーはよく付けているイメージがあるかも―そりゃ音楽を訊いているのさ。」

「試合前に、ですか?」

ある日の練習後、広海は何気なく野口コーチに尋ねてみた。

「試合前、だからかな。集中力を高める為に音楽を訊く選手は多いぞ。Jリーガーだけじゃなくて、陸上選手とかフィギュアスケートの選手なんかはよくテレビに映るな・・・ん、それがどうかしたか?」

広海と野口コーチはグランドの外れにあるベンチに腰を下ろし、もう少し話を続けた。

 「いや、その・・・最近、試合の前にすごく緊張しちゃって。今まではそんなことなかったんですけれど、なんていうか、試合が怖いって言うか―」

照れ臭さから指をもじもじさせて、俯きながら告白する広海。サッカーをやっていて試合の怖い人間なんてこの世で自分独りだけだと思っていた。

「そうか、とうとう広海も大人になったな。さぁ試合だと単にワクワクしているだけなのはまだまだ子供の証拠。Jリーガーがイヤホンをしているのだって緊張を紛らわせる為なんだぞ。試合前なんか、みんなガチガチだ。」

「え、そうなんですか。大人の人も、プロも緊張するんですか?」

そう、子供の描く大人は緊張などない。完璧で絶対で、プレッシャーに屈することなどありえない。それを崩すことも大人の責任であり、その崩し方も大切なのだ。

「Jリーグになってからのプレッシャーは相当だろうな。特に連敗続きのチームは夜も眠れないと思うぞ。」

プロの華やかな一面しか見えていなかった広海には思いも寄らない話だった。

「Jリーグができてテレビ中継が増えただろう。スポーツニュースだってサッカーが主役。サッカー番組もひとつやふたつじゃない。Jリーグ、物凄く盛り上がっているよな。」

「はい。」

「その分、選手のプレッシャーも半端じゃないんだぞ。」

「プレッシャー・・・ですか。」

テレビから得られる情報では野口コーチの言うプレッシャーはほとんど伝わってこなかった。たまに新人選手が公式戦初出場、のような場面には遭遇するが、誰も彼もということではなかった。

「テレビなんかだと3連敗、4連敗なんてさらっと言っているが、連敗中のチームは大変だぞ。練習中からピリピリして、衝突して、それでも結局上手くいかなくて。それと試合中のブーイング。あれは堪える。テレビ、雑誌、新聞、全部いわば悪口だ。アマチュアではなくプロだから、と言ってしまえばその通りなのだが、それで体調を崩す選手もいるくらいだからな。」

野口コーチが続ける。

「音楽の力を借りて集中力を高めるんだ。広海は好きな歌手とかいないのか?」

「います。あの、音楽を訊きながらどんなことを考えているんですか。最近、イメージトレーニングがあまり上手くいかなくて。凄い緊張するし、すぐに喉が渇くし―」

自身の現状を説明する広海はかなりの早口になっていた。


 気持ちが沈んでいる時にどうやって盛り返すか。落ちた気分が自然と回復するまで待つのではなく、自力でコントロールする。その方法は人それぞれ異なるが、この時の広海はネガティブな濁流にのみ込まれるがままだった。心配に逆らう、不安に抗う、悩みを振り払うということが上手くできなかった。ただ押し流されるがまま。

 「チームの約束事とか先述の復習がひとつ。うちのチームで言えば、ツートップのポジションの入れ替えとか、プレスをかける時に中央を切ってディフェンスするとか、コーナーキックの時のポジションとか。そういうチームの戦術を頭の中で繰り返すんだ。後はイメージトレーニングでいいイメージを作るのもいいんじゃないかな。特におすすめは、最近の練習でできたいいプレーを何度も再現すること。より具体性が出ると思うぞ。あと選手によっては何も考えないっていう人もいるよ。何も考えず、好きな音楽でとにかく気持ちを盛り上げることに集中する。」

広海にとって非常に参考になる実用性のあるアドバイスだった。

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