表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

Love Song探して④

 マンションを出て、山下公園のベンチに腰を下ろした広海。誰もいないから静かなのか、日頃から静か過ぎて誰も近寄らなくなったのか。懐かしさよりも先に顕れた感情は遊具が減ったな、だった。ブランコ、ジャングルジム、滑り台が消えていた。辛うじて鉄棒と砂場はあったが、公園内は至る所に雑草が放置されており、手入れ管理の行き届いていないことは明らかだった。広海の記憶が美化されていなければ、20年前はそんなことなかった。安心して駆け回っていた。遊具のペンキが剥がれていたり、犬のフンが落ちていたりすることは確かにあった。けれども長期にわたって子供が遊びづらい環境に陥ったという記憶はなかった。だが現状、広海の目前に展開される公園では安心して走り回ることはできない。少なくとも親心としては、そんな公園に子供を遊びに行かせたくはなかろう。誰もいない、がらんとした公園を眺めていると悲しくなってきた。区画整理の対象に山下公園も含まれている、と考えるのが妥当か。広海はポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

 「あ、いたいた。兄貴~、ボール蹴ろうぜ。」

驚いて振り返った広海の視界に入ったのは、サッカーボールを持った弟の(しょう)だった。本日は平日也。広海は有休をとって帰省しているのだが、翔は実家暮らし。広海が到着した時には、既に仕事に出た後だったはずだ。ちなみに翔の職業は美容師だ。子供の頃から手先は器用な上、兄の広海から見てもファッションセンスはある方だと思われた。また、専門学生の時から自分の髪でもよく遊んでいて、頻繁に色やら形やらが変わっていた。さすがに社会人となって働いている今はある程度はまともになっているが、それでも普通の会社員なら余裕でアウトの髪形をしている。

「翔、お前、仕事は?」

「今日は予約を全部午前中にぶち込んだから昼までで終了。誰もいないし、ちょっとボール蹴ろうぜ。」

「そりゃ構わんが―」

 

 廃れた公園で、2人の若者が蹴るのはサッカーボール。野球に心を奪われたと書いた直後に何だが、広海は小学校1年生から地元のサッカークラブに入っていた。そこからはサッカー一筋。地区選抜や東京都の代表にも選出された。

 「どうよ、一人暮らしは・・・・・・よっ。」

数回ボールをリフティングし、浮き球のパスと共に質問を送る翔。

「気楽にやっているさ。良くも悪くも自由だわ・・・・・・ほい。」

広海もボールを地面に落とさずリフティングを続け、返答と共にふわりとしたボールを返した。人気のない公園にポン、ポンとボールの弾む音が寂しげに響く。貸し切り状態だ。ちなみに弟の翔も小学生の時からずっとサッカーをやっていて、かなりの実力者。左利きの翔は『レフティーマジシャン』なんて呼ばれていた。広海曰く、走るのが嫌いじゃなけりゃ日本代表だって狙えたんだ。

「何だよ、悪くって。一人暮らしなんて天国じゃんか。いいことだらけだろう・・・・・・さ。」

「俺だってそう思っていたんだけどね~。意外とそうでもないんだよな。掃除とか飯作ったりするのはやっぱり面倒だし、ちょっと油断すると冷蔵庫の中が空っぽになるしな・・・・・・ほいっ。」

現役時代と比べればさすがに鈍っているし、2人共サッカーをするだけの体力はないが、地面にボールを落とさずパスを交換しながら話をする、程度のことは苦もなくできた。翔は家でトレーニングシューズに履き替えてきたようだが、広海については一般的なスニーカーにも関わらず、である。

「ふ~ん・・・そんなもんかね。ああ、そうそう。家の中を片付けていたらファミコンが出てきたんだけどさ、捨てちゃっていいよな・・・・・・そりゃ。」

「えっ?」

「ほら、ツインファミコンだっけ?カセットとディスクが両方できる奴。もうやらないだろう?」


 機会がなくて広海は翔に話していないのだが、大ちゃんが引っ越すときにドラゴンクエストⅡのファミコンソフトを貰っていた。別に隠し持っていたわけではなく兄弟共有のカセットケースに入れておいた。だから翔も見覚えのないソフトの存在には気付いていたはずだが、その頃にはツインファミコンからスーパーファミコンに熱が移っていた。古いファミコンソフトには興味を示さなかった。

 兄弟で性格や好みがまるで異なる、なんてことはよくあること。広海はRPGやシミュレーションゲームが好みで、一方の翔はアクションゲーム(後に格闘ゲームで兄貴をボコボコにするのだが)以外は手を出さなかった。ちょっと触ってみようかな、広海に教わってみようかなという関心すら持たなかった。

「RPGとかシミュレーションって、眠くならないか?」

「ゲームで頭使って疲れない?」

「RPGの戦闘って、何が面白いんだ?」

広海は眠くならないし、疲れないし、面白い。もちろん弟にいくら説明しても理解は得られないのだが。

 

 大ちゃんが引っ越し、ドラクエを譲り受けた時、広海は別のゲームをやっていたのですぐには冒険の旅に出なかった。魔王を倒しには行かなかったが、ソフトは起動させた。

 まずは本体にソフトをセット。電源を入れてタイトル画面の音楽を訊く。流れるのはドラゴンクエストシリーズのメインテーマ。正にザ・ドラゴンクエストという一曲。続いてコンティニュー、復活の呪文の入力画面に進む。『Love Song 探して』。ここまで来たらひとまずコントローラを置く広海。使う必要はないし、そもそもパスワードを知らないし。ただ音楽を訊く為だけにファミコンを起動させるのだった。


 「どうせ捨てるんなら俺が貰ってもいいか?宅急便で送るわ・・・・・・うりゃ。」

「ファミコンを?やるの?いまさら・・・・・・せいっ。」

「まぁ、暇潰しにはなるかな、と・・・・・・そいっ。」

「いいけど、壊れてないかな。」

久々の再会を邪魔する者はいなかった。今ばかりは、静かな山下公園に感謝する広海であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ