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愛の爆弾遺言

作者: 昏虐 正念
掲載日:2019/04/05

 報せを受けたのは午後の講義中だった。


 突然、不安を感じさせる単調なメロディが右耳に飛び込んできたものだから、筋肉が硬直してしまった。後ろにいた女子学生がクスクスと笑っているのが聞こえた。耳が赤くなるのを感じて、ひとまず講堂の外に移動してから、電話に出た。


「もしもし、志麻さんですか? XX病院です、大変なんです、絢佳さんの容態が急変しました!早く、来てください! もう、そう時間は長くないかもしれません……!」


 いつかはこのような日がくる。そう覚悟していた。


 マナーモードにし忘れていたのが幸いし、学生達の視線の集中砲火を浴びてしまったが、直ぐに病院へ駆けつけられた。


 隣町の病院までは、ロードレーサーを全速力で漕いで漕いで40分弱かかった。彼女の病室は3階の西側。305号室だ。


 階段を駆け上がり、息も上がる。肩を上下させながら、でも静かに扉を開けた。室内では、多くの人々がベッドを取り囲んでいた。それは彼女の人望を体現していた。愛嬌があって、誰にでも優しくて、みんなの人気者。それが百合川絢佳だ。


 近くに控えていた先生が事情を話してくれた。


「今は、発作は収まりましたが、もう、そう長くはないと……」


 彼女の両親はベッドの一番近くに屈んでいた。彼女と目線を合わせるためだ。義母は彼女と手を握っている。義父と目が合った。「悠貴君」と呟いて、義父は立ち上がる。


 周囲にいた人々も僕の方に視線を向けた。「あ、センパイ! そんなとこ突っ立ってないで、こっちに来てあげてくださいよ」 そう僕に呼び掛けたのは、バイト先の後輩である樋渡静海だった。絢佳と出会ったのもそのバイト先だった。


 静海はベッドの奥の方に立って、若干跳ねる動きをしながら手招きをしている。この子はどうしてこの状況で、普段通りの、高いテンションなのだろうか。


 ベッドを取り囲んでいた人々はサッと横に避けて、僕が通れるようにスペースを開けた、僕のためにではなく、彼女のために。彼らは渋々ながらも理解していた。彼女がもっとも会いたいであろう人物が、僕であることを。もちろん僕自身も。


 全ては百合川絢佳のために。


「絢佳」 僕は名前を呼びかける。


 絢佳は僕の顔を視界に収めると、口角をほんの少しだけ上げた。そして、布団からちょこんと出した右手で、手招きをする。


 僕はその手を優しく包み込むように握る。


 彼女の小さい唇が震える。


 僕は、一言も聞き逃すまいと、顔を近づけ、懸命に耳を澄ました。



「アリスイッチョウメゴバンチイチマルイチ」



 その直後、――ピーーーーーーーーーーー。


 無機質な電子音が生命の余韻を断つ。


 絢佳の心臓は停止した。


「あやかあああぁ……」 義母は絢佳のベッドにうつ伏せに泣き崩れた。


 病室は悲しみのムードに包まれる。


 医師が前に出てきて、絢佳の脈を改めて確認する。


「午後3時2分、ご臨終です……」


 絢佳の顔面には白い布が被せられた。ベッドの周りに看護師達が集まってくる。これから遺体を霊安室に運ぶのだろう。


「悠貴君」


 義父に声をかけられた。


「ありがとう、絢佳を愛してくれて」


 両腕を優しく抱かれた。


「……はい」 僕は俯いた。自信がなかったから。本当に、僕で良かったのだろうか。


「最後に……」 義父は鼻声で、言葉を詰まらせる。


「はい?」


「最後に、絢佳は何と……?」


 僕は息を飲んだ。彼女は、確かに、僕に最後の言葉を託した。だが、それは……。


 僕がしばらく黙っていると、「……いや、すまない。君への言葉だ。私が聞くことではないのかもしれない……」


「そういう訳じゃ……」


「ああ。また、気持ちの整理がついてから、ゆっくり話してくれ」


 そう言うと義父は病室を出ていってしまった。


 背後で遺体を取り囲む人間たちを尻目に、僕も病室を後にした。


 廊下に出ても義父の姿は見えなかった。追いかけるつもりなどはなかった。


 とにかく、あの言葉が頭から離れなかった。


「アリスイッチョウメゴバンチイチマルイチ」


 あれは住所だ。


 有栖一丁目5番地101。手元のスマートフォンで、インターネット検索すると、二階建ての古ぼけたアパート《アリス荘》のことだと判明した。


 僕はロードレーサーに乗り込み、早速そこへ向かった。


 目的の部屋のドアは鍵がかかっており、開かない。


 実は、彼女の手を握った時に渡された鍵がある。


 それを挿すと、ビンゴ。解錠された。


 中に入ると、申し訳程度の仕切りが設けられた玄関がある。そこには1足のスニーカー以外には何も無い、生活感を感じない玄関だった。


 勢いで、鍵を開けて入ってしまったが、この部屋は何だ?


 わからないが、ここまで来た以上は、進むしかない。


 僕は廊下を進み、奥の部屋の扉を開けた。


 その瞬間、強い衝撃を受けた。いつの間にか数人の男に囲まれて、床に組み伏せられていた。


「志麻悠貴だな? 湯見賢一を殺害した疑いで、お前を逮捕する」


 男のうち1人が懐から紙を取り出してヒラヒラと揺らした。


「な! そんな馬鹿な!! 止めてください! 僕、そんな人知りません!」


「言い訳は署で聴くとして……。おい、錠をかけろ」


「待ってください! ちょっと、離してくださいよ! せめて、今、話だけでも聞いてください」


「さあ、乗った乗った」


 「なんでなんだ! 絢佳ああああああ!!!」





 そして、僕の刑は確定し、終身刑となった。


 でも、途中から気付いたんだ。絢佳の本当の目的に、ね。


 絢佳は、僕が絶対に他の女の子と付き合わないようにしたかったんだよね。自分が死んでしまったあとも、僕が君を愛し続けるかどうかは分からないから。僕が浮気を出来ないようにしたかったんだ。


 だから、殺人の容疑を着せて、死刑ないし終身刑なんて自由の無い立場にしたかったんだよね。


 僕は、君のことを本当に愛せているのか自信が無かった。けど、君はその事にとっくの昔に気づいていたんだね。不安だったんだね。ごめんよ。


 でも、安心して欲しい。僕は今回のことで、君に惚れ直したよ。君はそんなにも僕のことを想っていてくれたんだね。


 今は寂しい独房生活だけど、君のことを想うと何だか活力が湧いてくるよ。毎日掃除が大変さ。


 もう君のこと以外は見えない。


 愛しているよ、絢佳。





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