遭遇
僕らは一度引き返して学校の近くの雑貨屋なのか本屋なのか玩具屋なのか、よくわからない色々なものを売ってる謎の店で、家庭用のプラネタリウムを買った。三種類売っていたのだが、どれがいいのかわからなかったので本格仕様と記載のあった真ん中の値段のものを選んだ。あれだけプラネタリウム推しだった鏡子さんならどれが良いかわかるかと思ったが、どれが良さそうか尋ねる前に、「さっぱりわからないね。」と楽しそうに三種類をキョロキョロと眺めていたので、お財布と相談して僕が決めた。
「ただいま。」
僕は誰も居ないであろう家の中に帰宅の挨拶をした。
「お邪魔します。」
僕の挨拶に釣られたのか、鏡子さんも挨拶をした。僕は靴を脱ぎ、玄関を上がり、靴を揃えた。玄関の微妙な段差の上から見ると鏡子さんは心なしか緊張しているようで、ちょこんと立っていた。
「西野君のお家大きいね、結構驚いた。」
ここまでの彼女の反応と違っていてすごく新鮮で、思わず僕は笑顔になった。確かに、僕の家は大きいかもしれない。
「まあ、あがりなよ。」
彼女も靴を脱いで、家にあがった。とりあえず彼女をリビングに案内した。
「おかえり、あら、いらっしゃい。」
この家のダイニングを兼ねたリビングに入った僕達はキッチンカウンター越しに声をかけられた。僕は驚いてビクッとした。母はキッチンでタバコを吸いながら雑誌を読んでいたらしい。仕事でいないと思っていたが、予想外にいた。母は社長だ。故に自由だ。
「あんた学校は?」
眉間に皺を寄せた母が僕に尋ねる。母に見つかったのは少しばかり面倒ではあるが、怒られはしないと言う確信があった。
「途中で抜けてきた。」
僕は小さくため息を吐いてから答えた。
「ほほーん、学校サボって女連れ込むとは、青春してるじゃない。若いって良いなぁ。お父さんを思い出すわ。」
母はケラケラと楽しそうに笑い、キッチンに置かれた椅子からわざわざ立ち上がった。両親は学生時代の恋愛結婚だったそうだ。よく二人で学校をサボっていたらしい。
母の視線は鏡子さんに注がれた。鏡子さんは「お邪魔してます。」と会釈をした。彼女らしく上手に猫を被っていると言えるだろう。
「綺麗な子だね。ははは、お前好きそうだわ。」
母は僕を指差して笑った。その態度が少しばかり頭に来たが、鏡子さんを親子喧嘩の観客として家に招いたのではない。恥ずかしがったら負けだ。
「まあ、好きだからね。母さんの目から見ても綺麗で良かったよ。」
僕の言葉に母は勢い良く煙を吹きだした。煙はさらに勢い良く換気扇に吸い込まれていった。その姿がとても滑稽で僕の方が吹き出しそうだった。
「お熱いね、妬いちゃうね。」
いちいち腹立たしい。もうこれ以上話しても僕の怒りが増すだけだ。僕は鏡子さんの手を掴んだ。猫を被っている彼女は急に手を掴まれて驚いたようなリアクションを取った。
「母さん。僕ら今から地下室使うから。」
この家には地下に窓がない部屋がある。法的に厳密には部屋ではないらしく、物置として存在するスペースらしい。四畳半ほどの無駄に広いスペースで何にも使われていない。何のためにわざわざ作ったのかも良くわからない何もない部屋だ。
「別に使うのは良いけど、あんなとこでどんなプレイする気よ。」
この母と会話をするのは本当に疲れる。どんなプレイもする気はない。こんな昼間からプラネタリウムしようってなったら、光の入ってこない場所が必要なのだ。地下室があったから僕は自宅を選んだのだ。
「母さんには内緒。そんな話したら彼女に恥ずかしい思いさせちゃうでしょ?」
わざとらしく、大袈裟に僕が言うと、鏡子さんがたまらず吹き出した。どうやらここは一旦僕の勝ちらしい。何と戦っていたのか良くわからないが。
「それもそうね、失敬、失敬。ではごゆっくりお楽しみください。」
母も芝居がかった調子で返してくる。追い討ちされて鏡子さんは変なツボに入ったのかプルプルしながら笑いを堪えている。どうも僕のこの性格は母に似たのだろう。親戚に会うたびにそっくりだと言われるし、残念極まりない。
僕が彼女の手を引いてリビングから出たところで後ろから母に呼び止められた。
「へい彼女。念のためこれを授けよう。」
その声に反応して僕は手を離し、彼女は振り返り、何か渡された。鏡子さんは勢い良く笑い出した。
「ははは、お気遣いありがとうございます。」
この時点で母が彼女に何を渡したのかわかってしまった自分がとてつもなく嫌だった。母がリビングのドアを間違いなく閉めたのを確認した後、鏡子さんに訊く。
「何を渡されたの。」
不機嫌が若干声に出てしまっていることだろう。
「んー、これ、何に使うものだろうなあ。西野君わかる?」
彼女はわざとらしくそれを僕に見せる。
「さあ、なんだろうね。多分、一般的には息子のガールフレンドにこれを渡さないね。」
母め。キッチンのどこから出したこんなもの。




