人狼
「あれ、西野君って案外肉食系だったんだね。」
鏡子さんはいかにも正体見たりといった風だ。これもきっと演技だろう。
「いやだなぁ、さっき僕がハンバーグ食べるところまじまじと正面から観察したばっかりだろ。」
芝居がかった調子でそれを茶化す、茶化す。
「私だってほら、純情な乙女だから、恥じらいがあるよ。」
彼女は心なしか顔を赤らめ、大げさに胸元に手を当てる。どうも僕の提案は嬉しいらしい。とてもわかりにくいが、行きたくないとか言わないのだ。彼女の性格的に本当に行きたくない場所や面白くないことを提案しても却下されることだろう。それともこれも僕を喜ばせるための演技だろうか。
「スカートを履いて三階の窓から壁伝って下に降りる君の口から、まさか恥じらいなんて言葉が出るとは夢にも思わなかったよ。」
彼女が僕に好かれるために演技しているというのなら、僕も彼女を楽しませるためにそれに倣おう。彼女が僕の虚像を好きになろうと、それはお互い様だ。もしいつの日か真実の僕に彼女が幻滅するならば、それは彼女の前で演じる力が足りなかっただけの話なのだ。
「ははは、甘いね、西野君。ほれ。」
鏡子さんはスカートを勢い良く捲り上げた。僕は慌ててどこか別の方を向こうとしたが、視界に入った彼女の下半身には体育系の授業で使うジャージの短パンが装備されていた。
「恥じらいとは。」
概念が良くわからなくなった。自らスカートをめくる彼女にとっての恥じらいとは何なのだろうか。無意識に口を衝いていた。
「さあ、何だろうね、難しいね。今の西野君の慌てた反応を見て、私は西野君の家に行ってもいいかなと思いました。めでたし、めでたし。」
にっこりとして彼女は言う。まるで僕が反射的にとった行動を見て、やっと行くかどうか決めたような口ぶりだ。本当は最初から来るつもりだっただろうに。僕の恥じらいを利用してきた。そもそも恥じらいという話題自体が、この流れに誘導するために振られた話題かもしれない。彼女のこういうところが今の僕にはたまらない。ほとんど今日まで話したこともなかった鏡子さんだが、いざ話してみるといちいち僕の琴線に触れる。それだけ彼女が僕のことを掌握しているということなのか、はたまた、自分が思っているよりも恋で盲目になるタイプなのか。
「で、でも、僕だって男の子だぜ。危ないかもしれないよ。プラネタリウムだから、電気消して真っ暗な部屋で男女で二人きりだぜ。狼になっちゃうかもしれないぜ。」
僕は何故か張り合った。自分で自分を貶めて何がしたいのか良くわからない。僕のそんな様子を見て鏡子さんは笑った。
「ははは、狼になっちゃおうって人は、わざわざそういうこと言わないよ。でもさ、もしも狼になるんならやさしくしてよね。」
鏡子さんは下唇に指を当てて小首を傾げ、不意に僕の耳元にその唇を近づけた。逆の手を僕の耳に添えて彼女は囁く。
「私初めてだからさ。」「ふぇ。」
僕は耳から人体にとても良く作用する瞬間接着剤を流し込まれたらしく硬直した。彼女の不意打ちに変な声も出たし、妙に背筋も伸びた。僕自身全くそういうつもりなく彼女を家に誘ったのだが、むしろこれは誘われているのではないだろうか。いやしかし……。
「なんてね、かわいい反応するよね、西野君。ならないでね、狼。」
小悪魔はにっこりと微笑んだ。