演技
そこそこ歩いて辿り着いたプラネタリウムは休館日だった。それを知らせる貼紙によると、今日は今月たった一度だけの不定休らしい。一瞬、僕らの間にとても微妙な空気が流れた。僕らにはプラネタリウムに代わるプランはなかった。
「ごめんね、知らなかったの。」
とても申し訳なさそうな声で鏡子さんは言う。
「大丈夫、気にしないで。そもそもがやりたい事探しだったんだからそれに戻るだけだよ。」
彼女はやや俯いて何も言わない。
「僕はただ一緒に歩いているだけだって楽しいんだよ。」
彼女に向けて意識して笑顔にする。よほどプラネタリウムが良かったのか彼女は悲しげだ。
「そっか、そうでした。」
鏡子さんは頷いて、いつものように笑顔になる。僕はそんな彼女のいつもの笑顔に何処となく違和感を覚えた。
「ちょっと待った。」
僕はその違和感の正体に踏み込みたくなってしまった。今の彼女はまるでスイッチの切り替えでもしたようだった。
「どうしたの、西野君。」
鏡子さんはいつものように首を傾げる。
「それ演技だよね。」
尋ねると鏡子さんの口角がまた少し上がった。
「どうしてそう思ったの、西野君。」
鏡子さんは質問を質問で返してきた。
「どうしてと聞かれると難しいけど。さっき小峰鏡子を演じていると聞いていたから、そう感じた。」
僕は答えになっていない答えを返し、鏡子さんからの返答を待った。数秒の沈黙の後、鏡子さんは答えた。
「演技だよ。」
彼女は特段取り乱すわけでもなく、平静だった。彼女の演技を暴いた。すぐにそれが過ちだと気付いた。僕は彼女に無理をさせた。僕は彼女に嘘を吐かれた。僕は彼女に本当の自分で居させてあげられなかった。沢山の言い知れない負の感情が生まれる。僕の頭の中で次々と。
「どうして。」
思わず口を衝いたのは演技の理由に対する問いだ。
「さっきも言ったけれど、西野君に好かれたいから。」
鏡子さんはあっけらかんとしていた。一人で凹んでた僕は虚を突かれた。
「西野君は私が好き?」
何の恥ずかしげもなく彼女は聞いてくる。僕は頷くことしかできなかったが、彼女もそれを見て頷く。
「私も西野君好きだからここまでなら両想いだね。では西野君が好きなのは本当に本当の私なのかな。」
またしてもしれっと難問を投げ込んできた。
「それは本当に難しいね。でもパラドックスみたいな話で面白いね。僕は君を見ていた。君は僕に見られるから演技した。演技した君を見て好きになったのか、好きになって君を見てたら君が演じ始めたのか。もうこれ今となっては、鶏が先か、卵が先か。」
僕は考えうる範囲で目一杯考え、答えた。
「ははは。」
彼女は手を叩いて笑った。
「西野君本当に変な人だね。それさ私にとっても同じことだよ。元々西野君のこと好きだから見てほしくて演技してたのに、いつのまにか演技見てくれるから好きってなってた。両想いで、私は演技したがりで、西野君は演技してる私も含めて好きでいてくれてる、それでいいんじゃないかな。」
とても楽しそうに鏡子さんは言う。鶏か卵かの論争は無意味だ、そこから結論は出ない。演技してるかどうかなどもはや関係ないくらい彼女のことが好きだ。熱烈なプロポーズをしたくなったが、それはもう済ませてあった。
「賛成。休館したプラネタリウムの前で哲学ってのも乙だけどね。僕が聞きたかったのはプラネタリウムそんなに見たかったの?ってことなんだよね。」
鏡子さんは頷いた。
「よし、じゃあ、次の目的地決定!」
愛に目覚めた僕は元気一杯だ。
「何処に行くの?」
鏡子さんは首を傾げる。かわいい。
「僕の家。プラネタリウムの投影機買っていこう。」