誤認
他愛ない会話が続く。彼女が醤油と七味の野菜スティックをご飯に乗せて食べ終わったのとほとんど同じタイミングで僕もハンバーグセットを食べ終えた。僕は満を持して問いかける。
「その食べ方おいしいの?」
彼女はまた小さく首をかしげて言う
「特別おいしくはないよね、醤油と七味をかけた野菜の味がするよ。」
「じゃあどうしてそんな食べ方をするの?」
「何なのか解らないものを食べるのが苦手なの。お米の炊き方は知ってるし、お醤油は大豆。」
小峰さんはライスの皿と醤油さしをそれぞれ指差しながら言う。言われてみれば自分が食べているのが何なのか正確に解らずに僕は食事を摂っている。さっき食べたハンバーグの肉が何の肉なのかすら判断がつかない。変わってるかもしれないが僕はまた一つ彼女に惹かれる。
「小峰さんは面白い価値観してるよね。」
僕の言葉に彼女はハッとしたような顔をする。
「西野君。」
「はい、西野君です。」
「私達ってもう赤の他人じゃないよね。」
「僕は現時点で婚約者だと認識しているよ。」
まだ僕は本当の小峰さんのことをそれほど詳しく知らないから、赤の他人とまでは言わないものの、やや他人だとも言えるが。
「一般的に婚約者のことって苗字で呼ぶかな。」
確かに。
「鏡子さん。」
口に出してみるもどことなくぎこちなく響く。
「そう、それなんですよ。」
彼女は僕のことを指差し、逆の手で少し眼鏡を上げた。
「うぉ、なになに。」
彼女の勢いに少し驚いた。
「私、実はキョウコじゃなくて、カガミコなの。」
ここまで今日、衝撃的な出来事が立て続けに起きていたが、本日の衝撃度合いの最高値を彼女は軽々と飛び越えてきた。
「マジか。」
多分僕はとても驚いた顔をしていただろう。
「マジなのです。」
「学校でもキョウコって自己紹介してたじゃん。」
「カガミコって名前嫌いなの。書類とかでもフリガナとかキョウコって書くよ。」
僕は彼女の背景にある事情を考えてしまった。僕は少し黙った。
「イントネーションがじゃがりこみたいで人名として発音しにくいから嫌なの、キョウコって呼んでくれたらうれしいな。」
彼女はにこやかに僕に促す。
「鏡子さん。」
僕は先ほどと同じように彼女の名前を呼ぶ。
「はい、小峰鏡子です。」
彼女は手を上げ元気よく返事をした。
「僕のことは今までどおりに呼んで。僕も名前は好きじゃないんだ。」
僕が微笑むと、鏡子さんは笑顔で二度頷いた。