眼差
小峰さんはおもむろに醤油を手に取り、サラダの器に注いだ。そのまま一連の動きだと言わんばかりの手際で七味唐辛子をかけた。それを見てなんとなく彼女が学校で食事しない理由を察した。
「話変わるけど西野君は目玉焼きに醤油をかけるかソースをかけるかの議論に参加したことある?」
まるで僕の心を読んだかのように小峰さんは話を変えてきた。
「ないね、他人の味覚にどうこう言う筋合いはないし。それがサラダでも同じことだね。ただ、もし今後、小峰さんと何か一つの食べ物を一緒に食べる機会があるなら最初に取り分ける権利がほしいね。」
「ははは、ではその権利を与えましょう。」
にこりと笑って彼女はサラダを口に運んだ。
「それで元の話に戻るんだけど、西野君の見てた私、演技なの。これを聞いても西野君はまだ私のこと好きって断言できるのかな。」
彼女の目は眼鏡を通して僕の眼球の奥底、そのさらに深く、まるで僕の心を見るように感じられた。僕はここで嘘をつくようなタイプではない。
「僕が好意を持っていたのは、僕に好意を持たれるために小峰さんが演じた偶像なのかもしれないね。でも今の話で小峰さんに対する興味は間違いなく今までよりも大きくなったよ。そして今のところまだまだ好きだね。」
そう、少なくとも僕が好きになったのはサラダに醤油と七味をかけて食う女ではない。それを理由に嫌いになるわけではない、彼女のそんな側面を好きになったわけでもない。
「そう、よかった、嫌われなくって。」
笑顔の小峰さんは嬉しそうに見えた。楽しそうではなく、嬉しそうに見えたのは初めてだった。
「僕ってさ、ほら、変な人だからさ。」
僕も嬉しそうな彼女に釣られて笑顔になる。
「私、もっと西野君に私のこと知ってほしいって思ったの。」
彼女は急に真顔で言う。
「それってもしかしてプロポーズかな。」
僕はそれを平常運転で茶化していく。
「ははは、ちょっと拡大解釈されているけれど、そう捉えてもらっても今のところは構わないよ。」
いやいや、ちょっと待ってくれ、これ実は僕がプロポーズさせられてないか? ふとそんな疑問を持ったが、小峰さんなら異議なし。
「籍はいつ入れようか。」
僕には勢い良く婚約者ができた。