夜空
僕らは鏡子さんの家の屋根から天を仰いだ。大して星も出ていない夜空を、寒い中、屋根に寝転がって馬鹿みたいに二人で見上げた。彼女の提案で窓から外に出て、傾斜のなだらかな屋根から星を見ている。星は少なかったが、代わりに月が綺麗だった。雲ひとつない快晴の夜空を月の光がこれでもかというほど邪魔をして僕らが星を見にくいように意地悪しているのだ。
「思ったより早くに一緒に見ることになったね。」
僕も思っていたことを僕より早く彼女は言った。ほんの短い期間で僕らの関係は大きく変わった。予感がした。きっと僕らの関係は一つのところに留まってはいられないんだ。お互いに変わっていかなくては上手くはいかない。
「星空あんまり見えないけどね。あれが鏡子さん。」
ほとんど満月に見える月を指差して彼女の名前を言った。満ち欠けして見える部分は変わるけど、本当はそこにずっとある。三日月でも、半月でも観測者の僕から見ると美しい。彼女によく似ていると思った。
「じゃあ西野君の周りくるくる回ろうかな。」
彼女が月だと僕はどうも地球らしい。どちらかというと振り回されてるのは僕の方だから逆のような気もするけれども。
「困ったな、僕も鏡子さんの周りくるくる回りたいな。」
「すごいバカップルみたいだね。」
「まあ、いいんじゃないかな。バカップルでも。」
ここで少し無言の時間が続いた。
「……ねえ、西野君。好き。」
「ありがとう。僕も君が好きだ。」
「そろそろ寒いから、家にはいろう。」
「うん、そうだね、そうしよう。」
僕らは彼女の部屋の窓から、屋内に戻った。彼女は何か言いたげだった。
「西野君、私、寒い。」
「そうだね、今日ちょっと冷えるね。」
彼女が言いたいことはわかる。僕もそれは少し意識した。わかってはいるけど、僕は鈍感な振りを決め込んだ。
「ねえ、……西野君、……抱いてほしいです。」
彼女は顔だけでなく耳まで真っ赤にして言った。耳が真っ赤なのは寒かっただけかもしれない。直球で来た。それは想定していなかった。
「正直、今、僕もそうしたいけど。却下します。まだ、もっと大切にとっておこう。未来で君と結婚した人のために大切にとっておこうよ。」
そう、詭弁だ。彼女の婚約者は僕だが、僕は彼女を大切にしたい、傷つけたくない。婚前交渉反対派だ。
「西野君と婚約してるのにー。……こうなったら。」
彼女は箪笥の一番上の引き出しに手をかけた。
「はずれ。これをお探しかな。没収しておいたよ。」
僕はポケットからゴムを取り出した。たまたま面白かったから話題に上げるためにポケットにしまっただけだったが、役に立った。
「いじわるだなぁ。わかった、とっておく。……でも。」
キスされた。彼女はどうやら彼女は結構なキス魔だ。しかも不意打ちが多い。
「西野君がとっておけなくなったら、そのときは言って。」
そう言って、返事を待たずにもう一度キスをしてきた。