会話
「ほら、西野君、私の味付け不安かなって思って。」
「正直に言うと、料理って言い出したとき不穏だなって思ったよ。」
「不穏って結構ひどいこというね、味覚音痴なのは自覚あるよ。」
「でもほら、食べてみないとわからないじゃん。」
「そうだよ、実は私、料理は得意だよ。レシピあるものはレシピ通りにしかしないから。大体なんかアレンジ加えるから失敗するんだよ。」
「おお、なんかそれっぽいこと言ってる。ちなみに今回はレシピあるの?」
「ないよ。」
「おやおや、なんかおかしいな。一気に料理得意な裏付けがなくなって怪しくなったぞ。ドラマでアリバイが嘘だと証明された容疑者みたいだ。」
「ってことは大丈夫だよ、そういう人は大体犯人じゃないし。私の料理もおいしいよ。」
「うーん、ちょっとまだ不安ではあるけど。でもなんだかんだ言って、結構楽しみにしてたんだよね、鏡子さんの手料理。」
「とりあえずさ、食べてみて。そのソースつけて。」
「……あ、おいしい。」
「よ、よかった。」
「いや、まって、ちょっと驚いてない?」
「い、いやいや、全然そんなことないよ。じ、じじ自信満々だったよ。」
「めちゃめちゃ動揺してるじゃん。でもおいしい。鏡子さんこんな特技あったんだ。食のセンスあれだからてっきり。」
「あれって、これのことかな。」
「え、まじか。ハンバーグもそれでいくの。」
「まあね。とりわけないとサラダもこれでいっちゃうぞー。ほれほれー。」
「え、ちょっと、あああ。僕の取り分ける権利はどこいったのさー。」
「え、あ、わ忘れてた。……ごめんなさい。」
「いや、全然、そんな重大なことじゃないよ。ちょっと食べてみたい気持ちもあったから、もしかするとちょうどよかったかもしれないよ。」
「う、うーん。それならよかったのかな。」
「……ふむ、醤油と七味の味がする。なんというか、醤油と七味とサラダがそれぞれ各々の主張を貫こうとしている。」
「素材の味を楽しむみたいな。いや、なんかやっぱりごめん。」
「でも、……うん、まあ確かに素材の味はよくわかるね。僕これ割と大丈夫だ。」
「なんか、よかったです。」
数分後。
「鏡子さん、ハンバーグ、おいしい。ごはん進む。」
「なんか、西野君、今フランケンとかそういう感じの喋り方になってるよ。オレ、ミンナ、スキ。ナゼ、ミンナ、オレ、キライ。みたいな。」
「オレ、キョウコ、スキ。」
「ははは、なんか、その感じだと素直に喜びにくい。」
「キョウコ、イイコ。キョウコ、ワルクナイ。」
彼女は素直に喜べないといったが、とても楽しそうだ。僕も楽しい。彼女の過去を知り、手料理を食べた僕は、言い知れない浮遊感の中にいた。特にこのときは浮ついて、まるでその喋り方が自分じゃないようで、普段は言えないような事も言いやすかった。それがいけなかったのかも知れない。
「オレ、チチオヤ、シンダ。キモチ、ワカル。」
そう、うっかり口を滑らせてしまったのだ。