味覚
ふと思うことがあった。味付けだ。今更かもしれないが、ほかの事で頭がいっぱいだったせいで、まるっきり忘れていた。彼女の味覚は恐ろしい。
「もうすぐできるから。座って待ってて。」
僕は椅子に座り、彼女は慌しくキッチンに向かった。なんとなくだが彼女の雰囲気が変わった。所作がかわいらしい。元々かわいかったが、どちらかと言うと凛として洗練された印象だったが、今はこころなしかふわふわしている。それから少しして、焼ける肉の匂い。
「何をつくったの?」
既になんとなく予想はしていたが尋ねる。
「ハンバーグ。ほら西野君この前食べてたでしょ。それで、好きなのかなって思って。」
予想は的中していた。なんだか最近ハンバーグばかり食べているような気がするのだが、冷静に考えてみても気のせいではなかった。ハンバーグとか、から揚げとか、カレーとか。ミートソースとか焼肉なんかも好きだ。子供が好きそうなものは大体好きだ。
「当たってるよ。……。」
僕は彼女の名前を呼ぼうとして、言葉に詰まった。さっきも無意識にキョウコと呼んだがそれは正しかったのだろうか。
「ん、どうしたの?」
彼女はほんの少し不安そうにした。
「いや、本当のところ、名前、なんて呼んでほしいのかなって、ふと思ってさ。」
少しでも彼女の不安を払拭できるよう、可能な限り丁寧に答えた。
「うーん。」
不安な様子はなくなったが今度は困っているようだ。くるくる変わる表情もかわいい。
「私って、本当は何なんだろうね。」
彼女は本気で悩んでいる。困らせるようなことを言ってしまった自分を反省している。彼女はカガミコと呼ばれたくないのは、カガミコは自分じゃないと思っているからだ。僕がキョウコと呼ぶことに疑問を持ったのは、彼女をカガミコだと思ったからだ。
「いや、やめようこの話。僕からの呼び方なんてそんなに大事じゃないよ。君は君だ。呼んでほしい名前が見つかったら、そのときに言って。それまではキョウコさんって呼ぶよ。僕がそう呼びたいから。カガミコって呼ぶのはなんだかじゃがりこみたいだしね。」
僕が間違ってた。この質問を突き詰めた先に彼女の幸せはない。でもきっと彼女の幸せの先に答えがある。それが見つかる、その時まではいいじゃないか。これからも一緒にいるのだから。誤魔化すようにふざけてみせた。わざとらしく。僕は道化でいい。
「西野君さ、やさしいよね。ほんとに。」
彼女は調理を終え、皿に盛り付けられたおおきめのハンバーグとスプーンを添えた少し深い器をもってキッチンからでてきた。その二つを置いて、彼女はキッチンに戻った。深めの器にはソースらしいものが入っていた。ハンバーグ自体には味付けはされていないようだった。
「もうひとつ。」
彼女はそう言って冷蔵庫からサラダを出してきた。
「これがあったからそう来ると思ってたよ。」
僕は卓上の醤油差しと七味唐辛子を指差し笑った。権利を行使するときが来た。




