逆光
学校を出て、僕らは夕焼けの方向へ手を繋いで歩いた。というよりも彼女に引っ張られるように歩いた。夕日はとても眩しく、逆光で彼女の姿はほとんどシルエットだった。普段の彼女では考えられない、まるで見られたくないようだと思えた。
「今日は鏡子さんも少し変だね。」
歩くペースを少しあげて彼女の隣に並び、彼女の顔を見た。夕日に照らされた彼女は不安げな表情をしていた。僕に表情を見られた彼女は立ち止まり、僕の手を離した。
「恐いの。」
弱々しい声で呟き、彼女は涙を流した。僕は彼女にキスをした。初めて、僕から。何が恐いのか、そんなのは後でいい。彼女はこうやって僕を安心させた。だから僕も同じように。そっと唇を離して抱きしめた。表情は見えないが、彼女の肩は震えている。この彼女は僕の知っている小峰鏡子、つまり僕の見てきた小峰鏡子の演技ではない。今はただ彼女に寄り添いたい。
「大丈夫。一緒にいる。」
僕は彼女の髪を撫でた。彼女は無言で小さく頷いた。彼女に不安を与えたのは僕だろう。きっと、いつもの僕じゃなかったから。もしかすると高田に僕を奪われると思ったのかもしれない。いくら僕にその気がないと言っていても、本当は他の女とデートなんて嫌だったろう。そこに高田が休んだ途端、僕が上の空。不安になって当然だ。
しばらくして彼女が落ち着いてきた。
「もう、大丈夫。ごめんね。ありがとう。」
彼女はまたスイッチが切り替わったかのように笑顔になった。泣き腫らした目では不自然なほどに。僕は彼女のそんな姿、言葉に首を横に振った。
「謝らないで。僕が悪い、ごめん。」
むしろ僕のほうが謝らずにはいられなかった。僕の言葉に彼女は勢い良く首を横に振り、僕の手を掴んだ。
「西野君が謝る必要はないよ。さ、行こう。」
穏やかな表情でそう言って、彼女は歩き出した。僕は彼女の隣を歩いた。今度は彼女が僕の歩調に合わせてくれている。僕らはそのまま無言で五分ほど歩いた。夕日も少しずつ沈み、段々と暗くなってくる。
「西野君は今、私のことどう思ってる?」
唐突に彼女が尋ねてきた。前にも同じことを訊かれた。僕はこういうとき、率直にそのとき思っていることを言う。何度訊かれてもそのときの考えを答えることにしている。そういう性格もわかった上での、二度目なのだろう。少しだけ考えて答えた。
「僕は君が愛おしい。演技の鏡子さんだけじゃなくて、君が愛おしい。自分でも驚くくらいに。今は君の心に触れたい。」
正直な思いの丈だ。彼女の存在は僕にとって、とても大きい。なくてはならない程に。簡潔に言葉にするには愛おしいと言う表現がもっとも適切だろう。
「アンケートにご協力いただきありがとうございます。」
僕の答えは納得のいくものだったらしい。彼女は微笑み、小さくお辞儀をした。
「いえいえ、どういたしまして。」
小さなお辞儀を返す。幸せだ。
それから三分ほど歩いたところで彼女は立ち止まった。
「着いたよ、ここが私の家。」




