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不意

 その次の日。金曜日のことだった。高田尚美は学校に来なかった。学校に連絡もなかったそうだ。今日の朝、寝ていた旨のメッセージを送ったがそれも既読にはならなかった。急な体調不良やサボりも考えられるが、僕の脳裏に過ぎるのはあの事件のことだ。放課後、僕はしばらく自分の席にただ座っていた。高田の机にふと目をやった。

「ねえ、西野君。」

 不意に鏡子さんに後ろから声をかけられた。正直、すごく動揺した。彼女とは学校ではあまり喋らない関係のままだったから。教室には誰もいないと思っていたが、いつから僕の後ろにいたのかわからなかった。

「どうしたの鏡子さん。」

 僕は自分の席から立ち上がって彼女のほうを向いた。彼女は不思議なものを見るような眼差しで僕の目を見つめた。

「今日、西野君は様子がおかしいね。」

 小峰鏡子は首を傾げた。

「今日の僕は鏡子さんから見ると様子がおかしいのか。」

 心を見透かされたような気がした。僕は彼女の言葉を咀嚼した。

「朝からずっと。今だって学校なのに苗字じゃなくて名前で呼ばれているし、何より今日は私のことを全然見ていないよ。」

 彼女の指摘は的確だ。今日の僕はいつもとは違う。朝から事件のことばかりを考えていた。脳裏に浮かぶのは父の姿。それと重なるように高田。きっと考えすぎだ。

「ごめん、なんともない、大丈夫。」

 僕はまた間違いを犯した。小峰鏡子は僕の誤魔化しを見逃してくれる女ではなかった。少し俯いた所をまた不意打ちでキスをされた。唇よりも、背伸びをして少し首を傾けた彼女に目を奪われた。キスを終えた彼女は上唇を少し舐めた。

「デート。今、これから。」

 彼女は僕の目を見据えて言った。凄まじい圧を感じた。もしもこれが演技なら迫真だ。正直言って少し恐い。

「急だね。んー、えっ――」

 またキスをされた。今度は先程よりも長く、僕の下唇を挟むように。唇を離した彼女は左手の人差し指を自らの唇に当てた。

「イエスって言うまでキスし続けるから。」

 僕はとんでもない脅迫をされた。あまりにも真剣な表情で言うので、じわじわと面白くなってきて僕は笑いを堪える。まずい、ふざけたくなってきた。

「僕がそんな脅しに屈すると思う――」

 キスをされた。

「しかし、僕にも用事が――」

 キスをされた。

「いやちょっと――」

 キスをされた。

「まって――」

 キスをされた。

「わかったから――」

 キスをされた。

「イエ――」

 キスをされた。

「まって――」

 キスをされた。

「イエス――」

 キスをされた。

 いつのまにか僕らは笑っていた。彼女が息継ぎする間に喋っていたから僕は息が上がっている。

「はぁ、途中からもう言わせないようにしてたじゃん。」

 僕は笑いながら彼女を批判した。

「ははは、最後なんて言えてるのに勢いあまってしちゃったし。」

 先程の表情とは打って変わって彼女は本当に楽しそうに笑った。誰もいない教室でこんなことをして、僕らは馬鹿なのだろう。

「やっと私のこと見てくれた。」

 ひとしきり笑った後、彼女は僕の目を見ていった。僕は頷いた。

「脅されて、仕方なく、行くデートは何するの。」

 いつものようにふざけてみせた。

「西野君はまだキスが足りないのかな。」

 小峰鏡子は右手で髪をかき上げ、悪戯っぽく言った。

「いやあ、もっとしたいところだけれど、誰かに見られちゃうかもしれないだろ。まずは場所を移動しよう。どこ行くの?」

 また同じことになるのを恐れて僕は制止した。キスそのものはとても嬉しいけれど、思ったよりも息が苦しかった。

「私の家。来てほしい。」

 小峰鏡子は眼鏡を上げ、また少し真面目な表情になった。

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