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横顔


 彼女は横顔も綺麗だ。眉にかからないよう切り揃えれた前髪、マシュマロのような頬。こんな風に横から見られているなんて微塵も考えず、眼鏡のレンズ越しに真剣に黒板を見つめる眼差し。清楚な制服がとても良く似合う。おそらく無意識なのだろうが、彼女にはシャーペンのノックボタンの部分を下唇に当てる癖があり、その度に僕は円筒型の小さな消しゴムになりたいと思う。一度でも下唇に当ててもらえるのならば、たとえその後細かい部分の修正ですり減らされてもかまうものかとすら感じるのだ。そんなことばかり考えていると終業のチャイムが鳴る。

 実に一時限、五十分の内にどれだけ彼女の横顔を見ていたかなどということはとても本人に言えたものではない。僕はあたかも真っ当に授業を受けていて疲れを感じたかのように伸びをした。伸びを終えた僕は席を立ち、教室の外の景色を見に窓際に向かった。

 窓の外にはいつもと同じ景色があるだけ。代わり映えのしない住宅地、電線、街路樹。それよりも手前に窓から人が落ちるのを防止する手すり。一時間近く彼女を見ていて、睡眠の機会を損失した僕はあくびを一つした。

「ねえ、西野君。」

 突然の呼び声に驚いてあくびしたまま振り向く。つい先刻まで見ていた顔がそこにあった。当然声で誰かわかった。近くから見ても彼女は美しい。

「西野君授業中私のこと見ていたよね。」

 怒っているのか、純粋な疑問なのか表情からは読み取るができない。彼女と言葉を交わしたことが今までにあっただろうか。

「そうだね。見てたね。」

 綺麗だから。と言いそうだったがそれはさすがに気持ち悪がられそうなのでやめた。

「いつも見ているよね。」

「そうだね。結構見てるよ。」

 彼女は特段表情を変えない。僕もなるべく表情を変えないよう努めたが、内心とても動揺していた。なにしろ彼女の席と僕の席との間には一つ、別の人間の席があり、彼女もまるで気付いていない風だったので驚いた。

「私に興味があるのかな。」

 彼女は小さく首を傾げてみせた。

「興味あるよ。」

「小峰鏡子(きょうこ)です。」

「さすがに知ってる。」

「私も西野君に興味があるよ。」

「何でまた僕なんかに興味があるの。」

「今窓際に来るのに私の席のところよけて迂回したでしょ。どうしてそんな遠回りしたの。」

 彼女の表情は相変わらずで、口調も変わっていないはずだが、心なしか意地の悪い質問に感じた。自分は別に遠回りしたつもりはないのだが、無意識下で彼女の近くを通らないよう避けてしまっていたのかもしれない。

「新しい自分に気付けたよありがとう。」

 何か琴線に触れるものがあったのだろうか、彼女は笑った。

「ははは、自己完結しちゃったね。」

「小峰さんを意識しすぎてるようだね。」

「授業中私をずっと見てる西野君は、授業が終わっても無意識に避けてしまうほど私を意識している西野君だったわけだね。」

 彼女はそう言いながら僕の隣に立ち窓の外に目を向けた。僕もそれに倣うように窓の外に目をやる。僕は動転して受け答えがおかしい。自分でもわかる。

「言語化すると変なやつだね。」

「しなくても西野君は変な人だと思うよ。」

 小峰さんは間髪入れずにさらりと僕の名誉を毀損し、窓を開けた。

「さむっ、何で開けたの。」

 もうそろそろ冬と呼んでも間違いではなさそうな時期だ、冷たい外気が吹き込んでくる。休み時間の安息を冷気に壊されたクラスメイト達の視線が一斉に僕らに注がれる。

「なんでだろうね、外のほうが自由そうに見えたからかな。」

 彼女はそう言って僕のほうを見て微笑むと、落下防止の手すりに手をかけ、勢いをつけ、跳んだ。彼女は僕の視界からいなくなった。ここ三階だぞ!僕は慌てて窓から身を乗り出した。小峰さんは窓の外の雨水管に掴まり、三階と二階の間くらいのところに居た。

「ねえ、西野君さ。」

「え、何、どうしたの。」

三階から窓の外の人と話すのが初めてで困惑している僕に小峰さんは涼しい顔で話しかける。

「なんか今日まじめに授業受けるの飽きちゃったから一緒にどこかに行こうよ。」

 彼女からデートのお誘いを受けること自体は夢のようだが、シチュエーションがエキセントリックすぎる。

「どこか行くのはいいけれど、それは僕にもそのルートをついて来いって言ってるのか。」

 僕も彼女が心配で身を乗り出したが、高い所は苦手だ。雨水管に掴まり、僕に話しかける彼女が美しく、それ以外に目が行かないから下を見ていられるのだ。

「いやいや言わない言わない、私勢いで飛び出たから、鞄忘れたちゃったの。もって降りてきて、下駄箱で集合ね。」

 集合場所も決められてしまった。

「いいよ、わかった。」

「じゃあ下でねー。」

 彼女は器用にするすると雨水管を降りていった。窓を閉め、彼女の鞄を取りに彼女の席に向かうため振り返ると、それまで気付かなかったが、僕らの窓の周りにはちょっとしたクラスメイトの人だかりができていた。

「ではそういうことなので。」

 僕はそう言って人の壁を正面突破した。

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