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彼女がのぞむ未来  作者: タッキー&トシ
第一章
9/11

エピローグ 2

 五月九日木曜日。いつものように学校に登校し、いつものように、美空んと挨拶を交わす。

 授業が始まるまでは、まだ少し時間があるので、少し廊下をうろつくことにする。

 別に、美空んとおしゃべりしていてもよかったのだけど、今日は気分が乗らなかった。

「あっ」

 特にどこを目指すわけ度もなく、廊下をうろちょろしていると、丁度、下駄箱の前に差し掛かったところで、見知った男子生徒と鉢合わせた。

「おはよう」

「おう」

 男子生徒、棗くんも、私に気付くと、そう挨拶を返してくれる。どうやら、今登校してきたらしい。

「怪我はもういいの?」

 昨日まで、例の怪我が原因で、棗くんは学校を休んでいたのだが、今日から登校できたのか。

「ああ、まだ激しい運動は控えるように言われてるけど、日常生活に支障は無いってさ」

「そっか、よかった」

 そうやって、二人して笑う。けど、本当に無事でよかった。

「どこか行くのか?」

 廊下をうろついていた私を見て、どこかへ向かっていると思ったのだろう。棗くんがそう聞いてくる。

「ううん、そうじゃないんだけど、ちょっと、未来視のことで……」

 私がそう言うと、棗くんは顔をしかめる。

「また、何か見たのか?」

「あ、えっと、そうじゃなくて、私にとって、今日のことは二回目だから、その、何か変えたくて……」

 大した理由は無い。

 けど、それがどんなにいい未来だったとしても、一度見て、体験したことを、そのままなぞるだけなんて、なんとなく、面白くないから。だから、それとは違うことをしてみたくなったのかも知れない。

「ああ、そういうことか」

 私の言葉に、棗くんは緊張を解く。

 なんか、こうして私の言葉に一喜一憂する姿は、見ていて面白い。

「じゃあ、俺も付き合うかな」

「え?」

 棗くんの突然の申し出に、私は面食らってしまった。

「俺の方も、いつもと同じじゃ、面白みがないからな。つっても、今日は久々の学校なわけだけど。まあ、たまにはいいだろ」

 棗くんは薄く笑ってそう言うと、鞄を置きに教室へと向かっていった。

 私の許可も得ずに、まあ、別に駄目じゃないけど。



 思い出すのは昨日の昼休みのこと、空き教室で、三人でお昼ご飯を食べていた。

 鳥居くんに未来視のことを話したあの日から、この場所でお昼ご飯を食べるのがお決まりになっていた。

 もっとも、その日は、棗くんは入院中だったが。

「愛乃」

 ふと、美空んが声を掛けてくる。

「また、林田のことを考えてたの?」

「え? あ、う、うん……」

 やっぱり、どうしても事件のことを考えてしまう。みんなは、気にするなって言ってくれるけど、正直、私には無理な話だった。

「まあ、あなたはそれでいいのかもね」

 小さく息を吐いて、美空んはそう言う。

「え?」

 彼女の言っていることの意味が理解できず、私は聞き返した。

「こう言ったらなんだけど、今回のことは、いい薬になったと思うのよ。その恐れがあれば、あまり無茶なことはしないでしょ。あなたも、あの男も」

「……そう、だね」

 彼女の言葉を、私は肯定する。

 たしかに、あの事件から、少し、恐怖心を覚えるようになった。

 それは、また、誰かを危ない目に合わせてしまうのでは、という恐怖と、もう一つ、もしかしたら、私も、どうにかなっていたかも知れない、という恐怖だ。

 今までは、誰かの助けになれるのなら、それでいいと思っていた。自分が死ぬかも知れないなんて、考えたことも無かった。けど、棗くんが死ぬかも知れないと思ったら、急に怖くなってしまった。

「そういえば、棗くんは何で手伝ってくれたのかな? あんなに反対してたのに」

 最初は危険だって言ってたけど、結局、助けてくれた。

「何だかんだ言っても、ほっとけなかったんだろうね。玉木さんの奥さんのことも、野々山さんのことも」

 そう言ったのは鳥居くんだった。

「林田は、誰かが傷つくのを知ってて、放って置ける人間じゃないよ。たぶん、理想としては、自分一人でどうにかしようとしたんじゃないかな。でも、野々山さんが止まりそうにないから、手伝うことにした、ってとこかな」

「そんな……」

 鳥居くんの言葉に、私は怒りを覚えた。

 私には、危険だとか、出来ることと出来ないことがあるとか、そんなことを言っていたくせに、自分なら大丈夫だってことか。それで結局怪我をしてるんだから、

「それで結局怪我をしてるんだから、馬鹿だよねえ」

 私が思っていたのと同じことを、鳥居くんに言われてしまい、私の怒りは行き場を失ってしまう。

「あと、それを言い出したのが愛乃だから、って言うのもあるでしょうね」

 美空んがそう口をはさむ。

「私?」

「ええ、たぶん、林田にとって、あなたは理想だから」

「ふぇっ⁉ り、理想、って――」

 それって、理想の女子とか、そういう――。

「ごめんなさい、そういうのじゃなくて、その、人として、理想ってこと」

 突然の言葉に、慌てふためいてしまう私に、美空んがすぐに訂正する。

「あ、ああ、そっか、そういうこと」

 あっさりと訂正されてしまったことに、少し、残念に思ってしまう。びっくりしたけど、えっと、何か、何だろう。

「理想、って何が?」

 話を戻す。

「愛乃は、とてもいい子でしょ」

「そんなこと……」

「いい子よ。誰にでも優しくて、嘘が下手で、素直で、分かりやすくて」

「えっと、褒めてる?」

「ええ、間違いなく」

 不安になって聞いてみると、美空んは薄く笑みを浮かべて、そう答える。その笑みが逆に胡散臭い感じがしたが、私は先を促す。

「林田は、そう出来なかった人間だから」

「棗くんが?」

「そう。だから、あの男は、あなたが放って置けない。無視して後悔したくないから、力になりたい。まあ、そんなところね」

 そう言って美空んは口を閉ざす。

 棗くんに何があったかは気になるけど、美空んが何も言わないのは、言う必要が無いからか、他人が言うようなことじゃないからか。

「さすが、幼なじみさんは言うことが違うね」

「別に、無駄に付き合いが長いだけよ。その言い方はやめて」

 茶化すように言う鳥居くんを、美空んが眼を鋭くして制する。

 ただ付き合いが長いだけで、そこまで言えないと思うけどなあ。

 でも、もしほんとに、私が棗くんにとっての理想なら、私は――、



「悪い、待たせたな」

 棗くんが小走りでこちらに近付いてそう言う。

「ううん、大丈夫だよ」

 そう答えると、棗くんを待って、私も歩き出す。

「どこいくんだ?」

 歩き始めると同時に、棗くんがそう聞く。

「んー、特には決めてないけど、ちょっとぶらぶらしようかと」

「ふうん、そうか」

 私の答えに、棗くんは、なんとも言えない反応をする。不満はなさそうだけど、何かあるなら言って欲しい。

 私がそう思っていたのを汲み取ってかは分からないが、少し考えるようにしてから、棗くんが言う。

「それなら、購買の方に行かないか?」

「いいけど、開いてるかな?」

 たしか、八時半くらいからだったような気がするけど、まだあと一〇分くらいある。

「いや、自販機でジュースでも買おうと思って」

「ああ、そっか、じゃあ、そうしよっか」

 棗くんに言われて、私もなんだかジュースの気分になってしまった。



 購買に設置してある自販機で、紙パックのジュースを買う。

 棗くんはカフェオレを、私は、少し悩んだけどミックスジュースを買った。

 廊下で飲むと、先生に怒られるので、近くのベンチに腰掛けて、二人してストローを刺して、ジュースを飲む。

 と、まったりしていると、棗くんが口を開く。

「俺さ、今回のことで、少し考えたんだ」

「え? 何を?」

「自分のこと、あんなに心配してくれるとは思ってなかった」

「ほ、ほんとだよ! ほんとに心配したんだから!」

 棗くんの言葉に、私はつい声を大にしてしまう。

立ち上がってそう言った私をなだめるように、棗くんが口を開く。

「それに関しては、本当に悪かったって思ってる。だから、まあ、落ち着けって」

「…………」

「それで、まあ、なんだ、そういう風に思われるのが、俺は堪らなく嫌らしい」

 私が再び腰掛けるのを待って、棗くんはそう続けた。

「私も、ずっと考えてた」

「ん?」

「棗くんがあんなことになって、すごく心配で、怖くて、それで、もし私がどうにかなったら、みんなが同じように思うのかな、って思ったら、なんか、嫌だなって思った」

 私自身がどうにかなってしまうことももちろんそうだけど、それよりも、みんなを悲しませてしまうことが、何より嫌だと思ってしまった。

「でもね、また、今回みたいな未来を見たら、たぶん私は、それを変えたいと思うと思う」

「ああ」

 それがたとえ、どんなに危険なことだとしても、私はたぶん、それを放って置くことは出来ないと思う。

 そんな私の性分を棗くんも分かっているのだろう。棗くんが私の言葉に相槌を打つ。それとも、棗くんも私も同じなのかな。

「けど、私ひとりじゃ、何も出来ないって、思い知らされちゃったから、だから、そのときは、また手伝って、くれますか?」

 どう言っていいのか分からなくなって、少しかしこまった言い方になってしまう。

「それはまあ、えっと、分かりました」

「ふふっ、ありがと」

 私につられて、かしこまった言い方をする棗くんに、思わず笑ってしまう。それにまたつられて、棗くんも顔を綻ばせる。

「じゃあ、お願いがあるんだけど」

「何だ?」

 こちらから手伝ってと言っておきながら、更にお願いがあるというのは少し厚かましい気がするけど、そこは深く考えずに、私は話を続ける。

「えっとね、預かっててほしいものがあって」

 そう言って、私は、左手首のミサンガを外し、棗くんに渡す。

「これを?」

 棗くんは不思議そうにミサンガを見つめ、その意味を訪ねる。

「うん、入学前にお守りのつもりで作ったんだけど、棗くんに預かっててほしい」

「何で?」

「それ、自分でも結構気に入ってるんだ。大切なものだから、棗くんに着けといて欲しいの。そしたら、あまり無茶なこと出来ないでしょ」

 これが、棗くんにとって、自分を大切にするための、基準の一つにでもなればいい。そう思って、私は棗くんにミサンガを渡した。

 それに、私が作ったものだけど、棗くんのお守りになればいいな、って思ったから。

「……わかった。けど、これ、どうやって着けるのか分かんねえぞ」

「あ、そっか。ちょっと貸して」

 棗くんの言葉を聞いて、彼の手から再びミサンガを受け取る。それを棗くんの左手首に着けてあげる。

「ここを、こうやって、よし」

 そうやって着けられたミサンガを、棗くんはしげしげと眺める。

 私が言い出しておいてなんだけど、そんな風に眺められると、少し恥ずかしい。自分でも上手く出来ていると思うし大丈夫だよね?

「確かに、預かっとくよ」

 少しして、棗くんが口を開いた。

「いつか必ず返すんだから、愛乃も無茶するなよな」

「うん、約束する」

 これは、私と棗くんとの約束の証だ。

 お互いが、お互いのために、自分を大切にする約束。

 もしほんとに、私が棗くんにとっての理想なら、私が自分を大切にすることで、棗くんもそうしてくれたらいいなって思うから。そのための約束。

 ベンチに座りながら、今日のことに思いを馳せる。

 ああ、思えば、入学式の日に見た未来からは、随分と変わってしまった。

 昨日、注意するよう言ったから、鳥居くんが教科書を忘れることは無いだろうし、それを理由に美空んのところに来ることも無いだろう。でも、何か口実を作って、遊びに来たりするのかな。

 棗くんと私は、教室にはいない。そもそも、棗くんの怪我のことがあるから、これは少し残念と言える。もしかしたら、あっちの未来でも、怪我はしてたのかも知れないけど、それでも残念だ。

 美空んはいつも通りだったけど、彼女はそれが一番いい。読んでる本が何だったかまでは覚えてないけど、変わってたりするのだろうか。

 ただ、一つだけ変わらなかったことがあるとするならば。


 キーンコーンカーンコーン――


 学校のチャイムが鳴り響く。

「予鈴か」

「そうだね」

 棗くんが呟くのに、私も相槌を打つ。いつのまにかそんな時間か。

「行こうぜ」

「うん」

 急いで残っていたジュースを飲み干し、二人して教室へと向かう。

 何気なく隣に並んで、棗くんの顔を覗き込む。それと同時に、棗くんが大きく欠伸をした。

 こうしてみると、最初は不愛想に思えたその顔も、単に眠そうだったのだと思う。

「何だよ?」

 私の視線に気付いて、棗くんがそう言う。

「ううん、何でも無い」

 私がそう答えて笑ってみせると、棗くんは少し眉を寄せて、それから、小さく溜め息をついた。それがまた面白かった。

 こんな風に意味のない会話をするだけで、気分が舞い上がる。

 私のことで少しでも棗くんの感情が動くのが、とても嬉しくて、どきどきする。もっとそれを見ていたいって思う。

 この感情を、言葉で上手く表現するのは難しいけど、


 私はどうやら彼のことが好きになったらしい。


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