誘拐犯の最後
「ぅん…………ぅ……ん、ぅぅうんっ!」
「おっと、目が覚めましたか。 さすがエルザさんですね」
エルザは目を覚ますと、手足をベッドに縛り付けられていた。
口を布で縛られ、しゃべることが出来ない。
窓のない無機質な部屋。
ベッドの端に座りながら、マルクが頬を火照らせエルザをじっと見ている。
「んん~~~~っ!」
「前々から思っていたんですよ。 強気なエルザさんをめちゃくちゃにして、魂の抜けた人形のようにしたいと……」
マルクが愛おしそうにエルザの髪を撫でた。
エルザは心の底から憎しみを込めてマルクを睨んだが、
「そうです、その目ですよ! あ~~早く壊したい!」
マルクをさらに興奮させるだけだった。
エルザはいままで何人もの狂人と相対してきたが、初めて恐怖を覚えた。
「エミリアちゃんはすぐに壊れてしまいそうですから、ゆっくりゆっくり優しく壊していこうと思います。 でもまずはっ!」
「グフッ!」
マルクはとつぜん、エルザの腹を思い切り殴った。
いきなりで腹筋に力を入れてなかったエルザの腹に、激痛が走る。
「殴っている僕は経験したことがないんですけど、何度も殴っていると痛みが快感に変わっていくらしいんですよね。 心が屈するからなのかよく理由は分かりませんが、とりあえず出来るだけ長い時間楽しめるようにいつも腹を殴ることから始めているんですよ」
「ぅぐッ!」
「もう少しの辛抱ですからね~、すぐに快感に変わりますから」
「ぐっ!」
何度も振り下ろされるマルクの拳。
エルザは耐えた。
わたしが折れたら、次はエミリアにコイツの狂気の矛先が向く。
わたしは王国と臣民を守る騎士なんだ。
マルクは笑いながらエルザの腹を殴る。
エルザの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
「アハハハハハッ! 泣いているんですかエルザさん!? 大丈夫、心配しないでくださいあともうちょっとですから!」
エルザの涙を見たマルクは、さらに興奮して拳を思い切り振り上げた。
――――助けて!
「なんか楽しそうなことやってると思ったら、見たことあるクソ野郎じゃないですか」
「アハハハハッ―――――何ですかあなたは? いまちょうどいいとこなんで邪魔しないでもらえます?」
「最近ぜんぜん殺ってなかったんで、あなたみたいな真性のゴミを目の前にしたら衝動が抑えられないんですよ」
「はぁ……ここは教会の地下聖堂のはずなんですが、どうやって入ってきたんですか?」
「スッと侵入しました」
瞬間移動で宿に戻ったが、エミリアの姿はなかった。
エミリアがどこにいるか突き止めるため、殺したい相手の居場所が分かるスキル<死の気配>を使い、ギルドで喧嘩を吹っかけてきた上級冒険者の居場所を探ったら教会の下から反応があった。
僕は透明化のスキルと、壁抜けのスキルで内部に侵入した。
――――そしたら、予想以上のクズを見つけてしまったわけですね。 ぶち殺します。
「はぁ~~、こういう調子こいてるやつは私自身で力の差を思い知らしてやりたいのですが……」
パンパンッ――――
マルクは手を叩いて、別室で控えていた5人の冒険者を呼んだ。
彼らは僕を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
「おい、アイツってたしかお前に調子こいたガキじゃねぇか?」
「あの時は受付嬢に止められて殺せなかったが、今なら存分に痛めつけながら殺せるぜ」
「せっかくだから俺も楽しもうとするか~~」
冒険者たちは嬉しそうに近づいてきた。
剣を抜き、僕を見下した目で見ながら、なにやら面白そうな話をしている。
「そのガキを1番苦しませて殺したやつに、僕の次にエルザとエミリアちゃんを自由に使う権利をあげるよ~~」
マルクはそう言うと、またエルザを殴り始めた。
冒険者たちは、その言葉を聞くと飛び跳ねて喜んだ。
すっかり、僕を殺して2人を楽しめると勘違いしているようだ。
「勝手に話を進めないでもらえますか?」
スキル<死神の瞬歩>で冒険者の前に瞬間移動し、一気に5人の冒険者の首をはねた。
吹きあがる5つの血柱。
数秒のあいだ血柱は続いたが、首のない死体が同時に音を立てて倒れ、あとは血の池をつくるだけだった。
「は?」
マルクはエルザを殴るのをやめ、目の前で起きた惨劇をポカンと見つめている。
狂気に満ちた笑みが、初めて消えた。
「本当にお前らクズはいつもいつも飽きないですね。 ……僕はもう、ゆっくり苦しめて殺すのに飽きてしまいましたよ」
「な……なんだよお前は!」
「僕ですか? お前をどこまでも深い孤独に誘う死神ですよ」
「お、お前が死神なのかっ!?」
「だからそう言ってるじゃないですか。 かかってくるなら早くかかってきて死ね」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
マルクはベッドから飛び上がり、腰から剣を引き抜いて僕に襲い掛かってきた。
―――ボトッ
「ちゃんと剣を握っていないとだめじゃないですか、ほら早く拾って」
マルクは音のした方を見た。
見覚えのある剣と腕。
マルクの片腕はなくなっていて、そこから赤い血が噴き出していた。
「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! チクショォォォォォ!」
マルクは残った腕で、剣を拾おうとした。
戦意は残っているようだ。
―――しかし、
剣に触れた瞬間に、腕がボトリと落ちた。
僕は剣を拾わせて一瞬の希望を持たせてやるほど酷い人間ではない。
希望はちゃんと刈り取ってあげる。
「うぅうぅぅぅぅぅうぅぅうッ!」
両腕を失ったマルクは、地面に膝をついて泣き崩れた。
先ほどまでの笑みは嘘のように消えている。
「これで最後ですね」
僕は剣を、マルクの首の横に付けた。
そのまま振り抜けば、マルクは今度こそ息絶える。
「ま、待ってくれ! 俺はただ教皇に命令されてやっただけなんだ!」
「教皇に?」
教皇がマルクにエルザを襲わせたのか?
なんで?
「そ、そうだ! 教皇がすべて悪いんだ、俺はまったく悪くな――――」
「じゃあ、あなたを殺ったあとにちゃんと教皇も殺っておきます」
―――僕はマルクを殺した。
僕はベッドの方に向かい、エミリアとエルザの拘束を解いた。
エルザは僕の顔を信じられないといった表情で見つめている。
うち滅ぼすべき死神が、目の前にいるんだ。
それもこの町に来る前から一緒にいた、優しそうな少年が死神だったのだ。
信じられるはずがない。
「エミリアを守っていただきありがとうございます」
「……お前が、カルマが『死神』だったのか?」
「そうです、いままで隠していてすみません」
「……なんで私を助けたんだ? わたしはお前の敵なんだぞ」
「……死神は命を奪う力を持っているからこそ、その命を重んじもしますし、軽んじもします。 生きるべき者には心からの慈愛を、死ぬべき者には無情の死を与えます」
「……それがお前の正義なのか?」
「はい」
「……そうか」
エルザはそれ以上何も言わずに、部屋から去っていった。
僕は寝ているエミリアの寝顔を見ながら、ベッドに腰かけている。
幸せそうな寝顔、僕はエミリアのことが好きだ。
僕は決心した。
1時間後、エミリアが目を覚ました。
「うぅん……か、カルマさん?」
「おはようございます、エミリア」
「……カルマさん」
エミリアはすっかり安心したように、ベッドに座っていた僕に寄り添った。
僕はエミリアを抱きしめながら言った。
「……少しだけ、エミリアに聞いて欲しいことがあるんです」
「なんですか?」
「……僕は王都に行ってやらなくちゃならないことがあるんです。 すぐに帰ってくるので、少しだけ町で待っててもらえますか?」
僕はこの前と同じように、頭をなでながら優しく言った。
エミリアは僕を抱きしめる力を強めた。
「……わたしも行きたい」
「……それはできません」
「……また、誰かを殺すんですよね?」
「な……なんでそれを」
「分かりますよ……町で死んだ人たちは全員、私たちにひどいことをした人たちでしたし……それに、やらなくちゃいけないことをやってきたカルマさんの表情はどこか悲しそうでした」
「……僕が悲しそうだった?」
「……はい」
「そうですか……エミリアも行きたいんですか?」
「……はい、カルマさんの悲しみを一緒に背負いたいんです」
「……重たいですよ?」
「……だからこそ、私も一緒に背負うんです」
「……一緒に来てくれますか?」
「カルマさんとだったらどこでも行きます」
―――二人は王都へと向かった。




