ちょっと残念な女騎士
カルマとエミリアが村に向かって町を出発した日。
王都の大聖堂で、エルザは教皇の前に膝をついて頭を下げていた。
薄暗い謁見の間には、ロウソクの光が列になって左右に並び、ステンドグラスを妖しく照らしている。
教皇は言った。
「神のお告げだ。 エルザよ、お前はこれから『アルムス』に向かい、『死を司る神』を打ち滅ぼせ」
3日前、教皇が神から不吉な予言を告げられた。
『死を司りし神、1000年の時を経てこの世界に再び蘇り、生きとし生ける者すべてを死に帰す力で世界を絶望の淵に追い詰める』
「……承知しました。 たとえこの身が滅ぶとも、必ずや使命を全うしてみせます」
エルザは教皇にお辞儀をして、謁見の間を出た。
大聖堂の回廊を抜け、出発する準備をするため騎士寮へと向かう。
「教皇になんて言われたのですか?」
「なんだ? いたのかマルク、お前に教えてやる義理はない」
「つれないですねぇ~、少しくらい教えてくれてもいいのに」
大聖堂を出ると、扉の横で騎士団の団員であるマルクが、壁に寄りかかっていた。
マルクは、騎士団の中でもかなり剣の腕の持ち主であり、紳士的な性格と優しい面持ちで王都の女性たちに人気がある。
……しかし、エルザはマルクを信用していない。
ときどきこの男の目に宿る、猟奇的でどこまでも深く黒い光……こいつは危険だ。
それに、悪いうわさもある。
「わたしは用事があるからしばらくの間、王都を離れる」
「そうですか、それは残念です」
エルザは、マルクに背を向け大聖堂を去った。
エルザの後ろ姿を狂気に満ちた目で見つめるマルク。
マルクは小さな声でつぶやいた。
「ああいう強気な女を壊すのがたまらないんですよねぇ……おっと、わたしも教皇様のもとに行かないと」
マルクは大聖堂の中へ消えていった。
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「モグモグ……助かった、礼を言う! ゴブリン共に囲まれてしまい、そいつらを狩るのに夢中になっていたら馬がいなくなってて。 食料も馬に乗せてたから本当にピンチだったんだ」
「はぁ……」
女騎士は、椅子に座って飯をほおばりながら勝手にしゃべりだした。
王国の騎士でかなり身分が高いはずなのに、ガツガツと貪り食っている。
余程、お腹がすいていたのか
「私の名前はエルザ。 ちょっと『アルムス』の町まで用があってな、すぐに向かいたいんだが……少し食料を……」
「あぁ、僕たちもこれから『アルムス』に向かうので一緒に行きませんか? 食料も余分に持っていますし……」
「ほ、本当か!? じ、実は地図も馬に乗せててどうやって町まで行こうか困っていたんだ……」
エルザは勢いよくテーブルに乗り出した。
その勢いでコップの水がこぼれる。
「そうですか……」
こ、この騎士ダメだ……。
―――僕たちは3人で、町を目指した。
「本当にありがとう! おかげで無事に町に着くことが出来た」
「どういたしまして」
「また今度、飯でも一緒に食べよう。 ではっ!」
「「さようなら~」」
町に着いたあと、エルザは早々に人混みの中に消えていった。
僕とエミリアは、手を振って見送る。
「……とりあえず、僕たちは飯でも食べませんか?」
「……そうですね」
「あの酒場にでも行きましょう」
なんか、壮絶な人だったなぁ。
まぁ、もう会うことはないと思うし……。
僕たちは酒場に行って魚のパイ包みを食べたあと、宿屋に行って眠りについた。
明日は冒険者ギルドに行って、クエストを受けよう。
「あっ! カルマさん、お待ちしておりました!」
「え?」
「実は、上級冒険者の方々には極秘の依頼があるんです!」
次の日、僕とエミリアはギルドに行くと、受付嬢が大きな声で僕の名前を呼んだ。
「極秘の依頼」と大きな声で叫ぶ。
僕とエミリアは受付嬢に連れられ、カウンターの隣にある扉の中へ、その扉から続く廊下を通り、一番奥の大きな部屋に案内された。
部屋の中には、すでに10人余りの冒険者が揃っていた。
円状に並んだテーブルの前に、座っている。
「なんだ、こいつらは? ただのガキじゃねぇか、最後の上級冒険者がこれじゃなんか締まらねぇな」
扉の一番近くに座っていた冒険者が、僕たちの姿を見て不満そうに言った。
ガタイのいい大男で、手と足を組んで僕たちを睨んでいる。
「なんかすみませんね」
「素直に謝ってんじゃねぇよ。 大丈夫かこいつら? 足手まといにならねぇか?」
「あなたは足手まといにならなさそうですね。 おとりの素質がありそうです、せいぜい頑張って逃げ回ってください」
「ハッ! なかなか面白いガキじゃねぇか、よし剣を抜け。 ぶち殺してやる」
冒険者は剣を抜き、僕に向けた。
僕はエミリアに離れているように言ったあと、剣を抜いて構えた。
指の1、2本……腕の3、4本ぐらい貰ってもいいですよね。
え? 腕は2本しかない?
じゃあ、残りは足で。
「ちょ、落ち着いてください! 今日は王都から直々に騎士の方が来てるんです!」
受付嬢が慌てて僕たちの間に割って入った。
不満は残っているが、とりあえず椅子に座った。
ん? 王都から直々に騎士が?
「えーと、皆さん揃ったのでお入りください! エルザさん!」
……ん? エルザさん?
「とつぜん呼び出してしまってすまない。 私の名前はエルザ、王国の騎士で……あれ? カルマとエミリアじゃないか!? どうしてこんなところに?」
この町まで一緒に来た、エルザが前の扉から部屋に入ってきた。
エルザは部屋に入るといきなり話し始めたが、僕たちに気づくと話を途中で中断して手を振ってきた。
「……いや、いちおう上級冒険者ですから」
すみません。
偽造です。
本当は死神です。
「そうだったのか、まだ子供なのにすごいな」
「いや……エルザさんとあまり年変わりませんよ?」
「たしかにそうだな……実はな、わたしは教皇の命令で『死を司る神』……『死神』を倒しに来たのだ」
「……ん?」