少女と夕食を・2
東を海、西を城壁で囲まれた『アルムス』は、海船を使った海上貿易で栄えている。
そのため、海に近づくほど町は賑やかになり、城壁に近づくほど閑散としている。
……人影がないですね。
僕たちはいつの間にか、町の端っこにある酒場の前に来ていた。
開店中の立て看板もあるし、中から光が漏れているのでたぶん営業中だと思うが……。
「ここに入りましょう」
僕はエミリアの手を引きながら酒場の扉を開けた。
店の中は小さなカウンターと丸いテーブルが5つあるだけで、他の酒場よりもかなりこじんまりとしている。
客は1人もいなく、しぶいオッサン店主がカウンターの内側で静かに酒を飲んでいた。
「い、いらっしゃい! こんな夜遅くに客なんてめずらしいな」
店主は僕たちの顔を見ると一瞬驚いたが、すぐに水とメニューの用意を始めた。
この店主は、エミリアを見ても店を出ろと言ったりはしなかった。
また追い出されないかと不安そうにしていたエミリアも、店主の対応に安心して椅子に座った。
「どうしてこんな寂びれた酒場に来たんだ? 町にはもっと良い酒場があるだろ?」
店主は水とメニューを持ってくると、僕たちに質問をした。
たしかに、町はずれの酒場にわざわざ来る客もいないだろうが……変な事を聞いてきますね。
「ちょうどこの酒場の前を通りかかったので」
「なるほど……さてはお前さんたち、この町に来たばかりだろ?」
「そうですけど、どうしてわかったんですか?」
僕が首をかしげて質問すると、店主は得意げに言った。
「俺の酒場は、飯と酒がマズイことで有名だからな!」
いや……そんなことを得意げに言われても。
僕はとりあえず、あいそ笑いをしておいた。
エミリアを見ると、さっきまでの悲しそうな表情が、笑顔に変わっていた。
飯がマズいのはアレだけど……いい店主だ。
「ご注文は?」
「じゃあ、この魚のパイ包みをお願いします。 エミリアは何がいい?」
「わ、わたしも……魚のパイ包みがいいです」
「それ当店一の不評メニューだけどいいのか?」
「そ、そうなんですか……なぜか、逆に食べたくなりますね。 エミリアは注文変えますか?」
「か……カルマさんと一緒がいいです」
「はいよ、俺はさきに言ったからな。 マズくても文句言うなよ!」
えぇ……。
ドキドキしながら待つこと30分、店主が料理をテーブルに持ってきた。
「別の意味で当店自慢の『魚のパイ包み』だ、存分に味わってくれ」
皿にのっていたのは、細長いパイ。
焼き加減もちょうどよく、見た目は特に問題はない。
味は……。
むしゃむしゃ――――――
こ、これは!
噛んだ瞬間に口の中に広がる魚臭さ。
味付けはたぶん塩だけで、なんのひねりもない。
魚の骨は丸々残っているので、とても食べずらい。
パイ生地が魚の油のせいでベチョベチョしていて、思ったよりサクサク感がなかった。
これはなかなかの攻撃力を持ってますね……。
「……おいしい」
「え?」
エミリアは、泣きながらむさぼり食べていた。
とても品の良い食べ方とは言えないけれど、おいしそうに食べるその姿を見れて僕は幸せな気分になった。
そういえば……ぼくも見習い冒険者だったときは、どんなにおいしくなくても食べれるだけで幸せだったな。
「本当においしいかい!? お嬢ちゃん?」
「はい……おいしいです」
「いや~~~、こんな可愛い子に褒められると舞い上がっちまうな、ガハハハッ!」
すっかり上機嫌になった店主は、酒を飲みながら僕とエミリアの会話に参加してきた。
酒場にこだます3人の笑い声。
この酒場に来て本当に良かったと思った。
「今日はありがとうございました、また来ます」
「おう、いつでも席は空いてるぜ! お嬢ちゃんもまた来てくれよ」
「は、はい……ご飯おいしかったです」
僕とエミリアは、外に出てお見送りをしてくれた店主に手を振りながら、酒場をあとにした。
たわいもない話をしながら夜道を歩く。
エミリアには泊まる場所がないので、僕が借りている宿に連れて行った。
「このベッドを使ってください、僕はこっちのベッドで寝ますので」
僕がこの町に来た時、宿はちょうど2人部屋しか開いていなかった。
ベッドも2つある。
「あ、ありがとうございます……ご飯を食べさせてくれただけでなく、宿に泊めてもらえるなんて」
「気にしないでください。 明日はエミリアの住んでいた村に行きましょう、お母さんとお父さんも心配してるでしょうし……」
「お母さんとお父さん……会いたい」
明日エミリアを村に連れてけば、そこで僕とエミリアはお別れだ……。
エミリアと一緒にいた時間は半日もなかったけど、それでも離れるのは寂しい。
「あの……」
「ど、どうしましたか?」
エミリアが、何か言いたそうだった。
エミリアの青い瞳がまっすぐ僕を見つめていて、少しだけ声が上ずってしまった。
「カルマさんと……一緒に寝たいです」
「え、いやでもベッド2つありますし……」
「……そ、そうですよね」
悲しそうにうつむくエミリア。
明日、僕はエミリアとお別れをしなければならない。
「……今日は肌寒いですし、一緒に寝ましょう」
「は、はい!」
ロウソクを消して部屋の中が暗くなった。
明かりは、窓の外からほんのりと入ってくる月の光だけ。
ベッドに入ったあと、僕たちは静かにおしゃべりを楽しんだ。
エミリアは、一通りしゃべったあと眠りについた。
幸せそうな寝顔。
できることなら、このまま一緒に寝ていたかった。
……だけど、僕にはやらないといけないことがある。
「……行ってきます」
僕はエミリアの頭を優しくなでたあと、部屋を後にした。
町はひっそりと寝静まっている。
―――月明りのもと、死神による虐殺が始まった