少女と夕食を・1
僕とエミリアはしばらくの間、暗闇の中で静かに抱きしめあっていたが、お腹がすいたので町に戻った。
エミリアは遠慮して腹は減っていないと言ったが、そんなはずがない。
奴隷への食事は、出来る限り質素にするようにと教会が掟を定めていた。
なんでも、職業カードに表示された『職業』は神が与えてくださった贈り物でも罰でもあり、生まれてから10歳になって職業カードを更新するまでの間に、その人がどんな人生を送ってきたかによって決まるらしい。
途中で職業が変わることもあるがそれも、神がその人の行いを見て適切な職業に変えている……と教会の連中は言っている。
つまり、『奴隷』の職業を神に与えられた人間は、罰を受け入れ、早く神に職業を変えてもらうために、人々に奉仕し、清貧を心がけ、苦痛を味合わなければならないということだ。
なるほど、僕は神とやらに『死神』の職業与えられたので、腐敗しきった人間どもをぶっ殺せばいいんですね。
まずは、クソみたいな教えを説く教会のやつらでも……。
「ここで夕食にしましょうか」
町の中が怖いのか、エミリアは僕の腕にしがみつきながら歩いていた。
できれば飯の前に、エミリアに服を買ってあげたかったが、夜遅くまで開いている呉服屋はない。
粗末な袖のない服1枚しか着ていなかったため、僕の着ていた服を着せてあげたが、エミリアにはきれいな可愛い服を着せてあげたい。
土やほこりで薄汚れていてもわかる。
純白の髪と、ほんのりと赤みがかった白い肌、透きとおった青い瞳。
エミリアの美しさは、何者にも汚すことなど出来はしない。
「わたし……奴隷だからこんないい所で食べれないよ」
「追い出されたら、また別のところを探せばいいですよ。 そんなことする店で食べる必要もないですし」
夜遅くまでやっていて飯が食べられるところと言えば……酒場くらいしかない。
ドアの隙間から、光とともに客の笑い声が漏れている。
はぁ……酒場にはいい思い出がないんだけどな。
前の町の酒場の店主は殺さなくてはならない人間だったが、この『アルムス』の酒場は果たしてどうだろうか?
僕は、酒場の扉を開いた。
カウンターで酒場の店主らしき男が、客としゃべっていた。
店に入った僕を見ても、店主は何も言わなかった。
しかし、薄汚れたエミリアを見たとたんに眉をひそめ、心底嫌そうに言った。
「おいその女、奴隷だろっ? そんなもん店に入れんじゃねぇ!」
やっぱり変わらないな……。
どいつもこいつも。
「この店は奴隷厳禁なのですか? だったら店の前の看板にそう書いといて欲しいのですが」
店主の声で、店にいた客たちも全員、僕とエミリアの方を向いた。
客たちは、なんだなんだと興味津々に僕たちを見ていたが、僕の一言で一斉に笑い出した。
「プ、ブハハハハハハハハハッ! 何言ってんだあのガキは!?」
「奴隷の飯はここにはねぇよw」
「おい、あの奴隷よく見るとなかなか上物じゃねぇか? クソガキ、その奴隷この俺によこせよ!」
酒場の中が客たちの笑い声で包まれた。
口から酒を吹き出し、僕たちを指をさして嘲笑う連中。
中には、「奴隷はこれでも食べてろw」と言いながら食べ残りの骨を投げてくる奴もいた。
エミリアは今にも泣きそうな顔でうつむいた。
僕は、客たちからエミリアを守るために、エミリアの前に出た。
投げられた骨が僕の顔に当たったけど、そんなのどうだっていい。
「すまなかったなボウズ、明日にでも看板に『奴隷とクソガキは入店不可』って書いとくよw」
「さっさと消えろクソガキ、酒の味がまずくなる!」
「二度と来んじゃねぇっ!」
「消えろ!」
「消えろっ!」
「消えろっ!」
僕はエミリアの方を向いた。
エミリアは静かに泣いていた。
床に黒い染みができている。
―――いったい、エミリアが何をしたって言うんだ?
……愛おしいな。
僕はエミリアの頭を優しくなでた。
「……他の店を探しましょうか」
僕はエミリアを連れて店をあとにした。
その後も店を探したが、どこも最初の店と大して変わらない。
薄汚れたエミリアを見ると、決まって店から僕たちを追い出した。
こんなクソッタレの世界だからこそ、エミリアの純真無垢な心はより一層光り輝くのかもしれない。
しかし、だからと言ってエミリアが悲しむのを黙って見ていることなんてできない。
―――今夜、あいつら全員……。
僕たちは、最後に寂びれた小さな酒場に行きついた。