とある青年の死
大勢の人で賑わう街の片隅に一人の青年が立っていた。
青年は足元に置いてある大量の荷物でパンパンに膨らんだリュックサックをいらただしげに見つめながら右足を小刻みにアスファルトの地面へと打ち付ける。
「あの野郎……、何時まで待たせる気なんだよ……」
青年はブツブツと呟くとポケットから携帯電話を取り出す。
と、ちょうどその時携帯電話に着信が入った。
「おい! 何時までまたせ……」
「すまん。便所を探すのに時間が掛かった」
「それにしても遅すぎるだろ! せめて連絡ぐらい寄越せよ」
「本当にすまん」
「はぁ……。解ったよ。早く戻ってきてくれ。いい加減待ちくたびれた」
「すまん。実はここを動けないんだ。頼む! 荷物を持ってこっちに来てくれ」
友人の言葉に青年の思考が一瞬真白になる。
「はぁっ? お前何言って……」
「聞いてくれ! 便所借りるのに入った店に俺が探してたフィギュアが在ったんだ!」
「探してたフィギュア……、あー、あれか? 何か超レアとか言ってた?」
「そう! それだよ。もう手に入らないと諦めてたら、何とここに売ってたんだ!」
余程嬉しかったのか友人のテンションがかなり高い。
「だったら買えばいいだろ?」
「……財布が……、リュックに入れたままなんだ……」
その言葉に青年は足元のパンパンに膨らんだリュックサックを見る。
友人は重い荷物を青年に預けてトイレを探しに行ったのだった。
「だったら取りに来たらいいだろ?」
「それが出来たら頼まねぇよ。後ろにこれを狙ってる奴がいるんだ。店に取り置きを頼んだんだけど聞いてくれなくて……。頼む! 財布を持って来てくれ!」
「こんなクソ重たいリュックを俺に持ってそこに来いと?」
「頼む! 晩飯は俺が奢るから」
「……寿司な」
「……くっ、足元見やがって……」
「回ってないやつ」
「ちょっ!」
「冗談だよ。回ってていいから寿司奢れよ」
「解った。じゃあ頼んだぞ! 店はそこから真っ直ぐ南に行って大通りを越えた所にあるから。ア〇メ糸の横にあるフィギュア専門店な!」
青年は携帯をポケットにしまいはぁと溜息をつくと足元にあるリュックサックを担ぎ上げた。
するとずっしりとした異常な重さが青年の肩に圧し掛かる。
「くそ、マジで重い……」
リュックサックの中身は、友人が夕張メロン書店やコミックライオンの穴などで買い込んだやたら薄いのに高額な本や、大きくて背表紙に銀色のマークが付いている本等が大量に詰まっていた。
「アイツ、どんどん趣味が濃くなっていくな……」
青年は友人の進んで行く方向に一抹の不安を覚える。
元々こっちの世界を教えたのは青年の方だったが、気が付くとあっと言う間に追い抜かれ最早教える事は何も無い状態になっていた。青年にしてみれば、ちょっとしたアニメネタで盛り上がったり、ゲームセンターで遊べる友人が欲しかっただけなのだが、気が付けば友人は明後日の方向に全速力で駆け抜けてしまったのだ。
「今日買ってた本も……」
ふと青年は友人が購入していた本を思い出す。
「いや、深く考えるのは止めよう。趣味は人それぞれだ。俺に出来る事はアイツが犯罪に走らない事を祈るだけだ」
青年は肩に背負ったあらゆる意味で重い危険物を一瞥すると、大通りを目指して歩き出した。
そして悲劇は起こった……。
ちょっとした油断。
信号は歩行者側が青だった。
だから青年は大通りの横断歩道を渡った。
だが青年は周囲を見渡す事を怠った。
少し考え事もしていた。
だから気が付くのに遅れてしまった。
ドカァァァァァァァァン!!!!
気が付いた時には青年は猛スピードで突っ込んできた乗用車に跳ねられていた。
「い、痛てぇ……」
乗用車に跳ね飛ばされアスファルトに叩き付けられた青年は身動き一つ取る事が出来ず、ただ呻き声を上げていた。
バサバサバサッ!
と、遅れて何か紙のような物が跳ね飛ばされた青年の周囲にばら撒かれた。
「何だ? 何が落ちてきた……」
薄れゆく意識の中、青年が必死に落ちてきた物を確認すると、そこにはとんでもない表紙のとんでもない書物が……。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
甲高い女性の悲鳴が聞こえる。
果たしてその悲鳴は流れ出る青年の血に驚いた物か、それとも違う物に対する物か……。
「ち、違う。それは俺のじゃ……」
最早声を発する事も出来ず、青年の意識は闇に落ちた。