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5 木型製作所が鬼型製作所になった日(5)

 おいおいおいおい!

 なんだよ、これ!

 体長10メートルはあると思われる青い鬼が、2区画ぐらい先から、ズシン、ズシンと歩きながらこっちに迫ってきたのだった。

 どう見ても、鬼だ。鬼でしかない。


「マジかよ……。俺の鬼じゃん……!」

 この目とか、この角とか、明らかに俺がデザインしたあの鬼とそっくりじゃん!

 しかもこの色、どう見ても繊維強化プラスチックで作ったような感じだし。

 これ、木型じゃなくて……、同じ「きがた」でも、鬼型じゃん!


 とにかく、ただ事じゃない。

 特撮じゃなく、リアルに鬼がこの街を破壊してるんだ。

 まるで鬼ごっこのように、大通りに向かって、近所の人が水のように流れていく。


 というか、ここも呑気に操業してる場合じゃないだろ。


「みんな、逃げたほうがいい!」



 だが、そう叫んだ俺の肩を、父さんは叩いた。


「たぶん、匠人しか鬼は止められない。もし、匠人の言ってることが間違いないのなら」



 俺は、その場で怒鳴りつけたかった。

 目の前にいるのが、俺の親だとかそういう問題じゃない。

 捨てろと言ったのは――!



 ただ、それを表情に出す勇気もなかった。

 俺は、一度首を強く横に振って、鬼に向かって走り出した。

 横矢さんが後ろから、危ないって言ってくれた。でも、俺の耳で通り抜けるだけだった。



 人の波に逆らって大通りを横切り、俺は人の幅ぐらいしかない細い抜け道から鬼に迫った。

 時々、鬼の歩く振動が排水溝のブロックを震わせるが、俺は気にしてはいけなかった。


 そして、抜け道から一方通行の通りに出た。

 右を見た。

 5軒先に鬼がいた。



「鬼、止まれ! 止まれってば!」


 俺は、学校でも工場でも絶対に出したことのない声で、鬼に向かって叫んだ。

 ほんの1秒だけ鬼と目が合ったけど、目の形から顔の輪郭まで、やっぱり全部俺がデザインした通りの鬼だ。

 あくまでも「木型」の段階なので、どこを見ても同じ青色だが、ここまで巨大なものともなれば、それすらリアルさを感じてしまう。


「止まれ! 止まれよ! 鬼が暴れていいのは、こんなところじゃない!」

 鬼ごっこできるようなレベルの大きさじゃないんだから、暴れていいところなんて思いつかないけど。

 とにかく、何も持たない俺は、声だけで鬼を止めるしかなかった。



 だが、鬼ごっこと同じだった。

 声で鬼が止まるわけ、なかったんだ。


 ズシン、ズシン……と、俺のほうに迫ってくる。

 周囲を見ても、みな避難してしまっていて、ここまで勇んだ俺が今更助けを求めることなど、できるわけがなかった。

 道路を踏みつける間隔は人間より長くても、歩幅を考えればあと1分もしないうちに、俺は文字通り「捕まって」踏みつぶされてしまう。

 あと一度だけ言ってみて、ダメだったら工場に戻ろう。

 俺は、そう決めた。



「鬼、もう終わりだ! 鬼ごっこは終わりなんだ!」


 その時、空気がかすかにざわめく音を、俺は聞いた。

 そのざわめきは、注意しなければ聞き取れないような、低い声へと変わっていた。



――我、捨てられの身。命絶たれし体。穢れを与えた俗世の魂を、我は許さない。



 捨てられ……。命絶たれた……。

 そうだよな、俺が結局木型を投げ捨てたんだもんな。

 でも、それは……。



 やっぱり父さんなんだよ。悪いのは。

 素直になれないから、そう言うんだけど。


 でも、鬼はたぶん……、俺が悪人だと思っている。

 俺だけを悪人だと思っている。


 まずは、土下座して謝ろう。



 だがその時、地面に膝をつきかけた俺に向かって、鬼がその足を蹴り上げた。

 闇をも思わせる大きな影と、屋根すら飛ばされそうな勢いの突風を感じた俺は、慌てて立ち上がろうとしたが、間に合わない。

 鬼の足が、あまりにも長すぎて、数メートル先の俺を完全に射程に捉えていた。

 おなかを、蹴られたんだ。



「……うわっ!」

 強い衝撃を感じた俺は、たちまちアスファルトから引き離され、仰向けに近い状態で宙を舞った。

 毎日見上げているはずの空が、急に近くなったように思えた。

 そして、マンホールの上に背中から叩きつけられた。


「いたたたた……!」


 背中じゃなくて、鬼にけられたおなかのほうが痛い。

 ちょっと考えたらおかしいだろ、これ。

 このあたりのマンホールは、他の鋳物工場で作られた金属製の製品だ。

 対して、俺の鬼は「木型」のはずだ。あくまでもプラスチック製に過ぎない。

 なのに、鬼の足のほうが硬いって……、やっぱり大きさの問題なのか。


 とにかく、謝ることも許してくれない。

 鬼の鋭い目が、じっと俺を見下しているんだ。


――我の裁きの前に、魂は朽ちる……!


 ヤバい。

 俺、本当に殺される。

 でも、俺の作った「木型」に殺されて人生終えるのは、どう考えても最低の死に方だ。


 最後ぐらい、鬼ごっこに勝ちたい。

 気が付くと、俺は工場に向けて走り出していた。


「鬼さんこちら!」

 半分吐き捨てるように、俺は鬼に言い、細い抜け道に身を隠した。

 隠れることが、鬼ごっこで勝つ王道だ。

 人間が二人並んで通ることもできない、この抜け道は、あの足の大きさじゃ入れないはずなんだ。

 俺は、工場と工場の間からわずかに見える鬼の動きから、落ち着いて次の行動を考えることにした。


 だが、他に逃げる人のいない鬼ごっこで、角を曲がるところまで見せてしまった俺が見逃されるわけがなかった。


「腕が伸びてくる……っ!」

 鬼の手が、角から真っすぐ俺に向かって伸びてくる。

 おそらく、鬼が少しかがんだ状態で、抜け道に強引に手を入れたんだろう。

 腕の長さを考えると、今すぐこの道を出ないと、手で掴まれてしまう!



「本当に、工場に戻るしかないか!」

 俺は、抜け道に隠れることをやめて、急いで工場に戻っていった。

 だが、屋根よりも高いところに目があるような鬼に、俺が逃げ出したことなどすぐに見透かされるような気がする。

 嫌な予感がして、大通りに出た俺は後ろを見た。


 まさか、鬼も大通りに出ていたなんて!


 これは、遅い駆けっこで何とか逃げるしかない。

 息がどれだけ苦しくなっても、「詫間木型製作所」と書かれた建物の中に隠れるまでは、あの鬼に追われる運命だ。

 あと何歩か分からない。でも、引き戸だけは見える。

 何とか、鬼に捕まるな! 俺っ!


 引き戸を掴んだ。

 勝った!



「え……?」


 息を切らしながら、俺は懸命に引き戸をガタガタと鳴らした。

 だが、引き戸が横に動かない。

 完全に鍵がかかってる!



「追い出されたあああああ!」


 さっき鬼に叫んだのと同じくらい大きい声で、俺は悲鳴を上げた。

 たぶん、俺が逃げろとか言ったから、工場にいるみんなが、普通に公園とかもっと遠い場所に避難したんだろう。

 とりあえず、父さんが工場を閉めたんなら、2階に続く階段の下に鍵を隠してあるはずだけど、今の俺にそこまで動ける気力もない。

 ゼエゼエと言うことしか、できないんだ。


 そんな中で、鬼がまた手の届くところに迫ってきた。



――俗世の魂、我ひねり潰さん。



 手で掴まれて、ひねられて、俺はゴミにされて息絶える。

 本で読んだどんな小説でも、あるいはナルトとか見ているどんなアニメでも、それはもう既定路線だろ。

 鬼ごっこ、これで終わりか。



「あれ?」

 鬼の動体くらいの長さの金属棒が、工場の駐車場に落ちている。

 というか、先がだんだん細くなっていくこの感じ、もしかして剣なんじゃない?

 ほら、いろんな物語に伝説として出てくるような剣だよ。

 ただ、長すぎてあまりうまく扱えそうにないんだけど。


 でも、もしこの場で俺が鬼をやっつけたら、クラスの中でヒーローになるじゃん!


「俺は、鬼を止める勇者になる!」

 重さとか長さとか、何一つセンスがないとか、気にしている時間はない。

 俺は落ちていた金属剣を拾い上げ、迫ってくる鬼にその先を真っすぐ向けた。

 鬼も、鋭い武器を持った俺を威嚇するようにうなり声を上げ、今にもその手を俺に伸ばしている。

 武器を持ったとはいえ、まず剣を掴まれたら、そのまま俺も鬼の手でぐちゃぐちゃにされてしまう。

 チャンスは一度しかない。


「覚悟!」

 俺は、金属剣を高く上げたまま鬼に突進した。

 長さや材質の割には、なんかものすごく軽くて、俺には簡単に扱えそうだ。

 これなら、俺は戦える!

 剣が、俺の思いとともに力強い曲線を描いた。

「とりゃあああ!」


 剣の先が、鬼の首を叩きつけた。

 今にも俺を握りつぶそうとしていた鬼が、凍ったようにその動きを止める。

 そこで俺は、意識的に剣を止めた。



「鬼、もう暴れるのはやめてくれ! もとのサイズに戻ってくれ……!」

 俺は、鬼をじっと見つめながら、強くそう言った。

「全て俺が悪い……。でも、俺は鋳物職人になるために……、木型に魂を入れただけなんだ……! だから、元に戻ってくれよ……。なっ!」


 言葉も思いつかない中で、俺はそう言ったんだ。

 すると、青い繊維強化プラスチックから白い光が解き放たれ、あれだけ暴れまくっていた鬼が、少しずつその姿を光の中に消していった。


――愚かな俗世の魂に……、やられるとは……!


 ~~~~~~~~~~~~~~


 こうして、巨大化した鬼の木型とのバトルは終わり、街から鬼は消えていった。

 避難していた人々は戻り、操業を止めていた工場は再び動き出した。

 鬼があくまでも繊維強化プラスチックでできていたから、幸い人家やインフラには影響がなかった模様だ。

 あのわずかな時間で何も変わらなかったように、俺には思えた。


 けれど、会う人会う人、不思議と鬼の話をしたがらないんだ。

 それに、俺が金属剣で鬼を倒したという話も。

 もしかして、記憶すらされていなかったのかと思うと、俺にはプチショックだ。

 でも、全てが忘れられたわけじゃなかった。


「匠人、ものすごくカッコよかったぞ。鬼を、あの形でしとめてくれて」

 その日遅くなって、俺が工場の電気を消そうとしたその時、父さんがそう言った。

「本当ですか……? てっきり、父さんだけは……許してくれないかと……」

「違うさ」

 口を開けたまま止める俺に、父さんはあっさりと言った。

「どうして、そう思うんだよ。ここで作った木型が暴れたんだし……」


「匠人は、木型に魂を与えることができたんだ。そこまでできるような職人なんて、私はほとんど出会ったことがない。そんな息子にあんなことを言ってしまって、本当にすまなかった」


 そう言った父さんは、いつの間にか手に少し大きめの箱を持っていた。

「匠人。私が木型職人と認めた記念に、これをやろう」

「ありがとう……」

 父さんの目をじっと見つめながら、俺は手渡された箱をそっと開けた。


 これって、俺の……伝説じゃん……!


 3Dプリンタで作ったサイズの、鬼の木型。それに、30センチぐらいの長さの金属でできた剣。

 この二つが、箱の中に入っていた。

「こんなのもらって、大丈夫なんですか?」

「あぁ。それが匠人の『製品』だからな」


 剣は、たぶん父さんが作ったのにね。

 ありがたく貰っておくよ!

 俺は、まだまだ木型職人としては遠く及ばない父さんの手をギュッと握り、思わず涙を浮かべた。


「こんな形で認められて、よかった……」



 鬼の話は、次の日学校でも話題になることがなかったけど、俺は歯がゆい思いを浮かべずに、しばらく学校生活を送ることができた。

 相変わらず、ポルトと陽菜のリア充からは「リア0」と言われるなどクラスじゅうからバカにされるけど、俺には木型に魂を与えることができるんだから。



 でも、俺が鬼を作ったことで、また大きな問題が起きてしまうんだ。

 それは、また別の話。

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