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4 木型製作所が鬼型製作所になった日(4)

 階段の下に埋まっている木箱から、工場の鍵を取り出す。

 この時間には似つかわしくない引き戸の音で、俺は一人工場に入った。

 工場の規模が小さいから、警備会社にも入ってなければ、防犯カメラがついているわけでもない。

 やり放題だ。

 強いて言えば、子供はもう寝静まった時間だろうから、下手に音は立てられないくらいか。


「あった!」


 父さんに反対されて、しぶしぶ横に置いた図面が、まだ机の上に残っていた。

 俺のイメージした鬼との対面だ。

「よし……。ここを、こうして……、こうすれば……」

 図面を細かく修正し、俺は鬼の図面を完成させていく。

 父さんや母さん、それに万が一工場の従業員が忘れ物を取りに入ってくるようなことは……、ないよな。

 時々後ろを振り返りながら、俺はパソコンを立ち上げる。

 ここからは、最後履歴や一時ファイルを全て消しておかないとバレる世界だ。


「鬼の図面をスキャン……。そしてCADか……」

 集中しているおかげで、スキャンのスピードがものすごく遅く感じる。気持ちが焦り出す。

 見てろぉ。今に怖い置物を作ってやるからな。

 そう思って取りかかり始めたCADは、2回目の挑戦で少しはうまくいきそうだ。

 なぜなら、鬼は蛇と違って、ある程度のふくやかさが必要となるので、素材をあまり深く切らなくてもいいからだ。これなら、蛇のような細かさは必要ない。


「でき……、た……」

 CADの入力が終わり、俺は3Dプリンタのスイッチを押した。


――キュイーン、キュイーン、キュイーン!


 音と振動を工場に響かせながら、機械が動きだし、青色の繊維強化プラスチックが刻まれていく。

 俺は、電気のスイッチの前に立って、何度も入口に目をやった。

 木型を作る工程で、親にバレてしまう一番ヤバい時間帯だ。

 ここで失敗したら、父さんや母さんに俺の企みの全てが分かってしまう。


 いや、父さんにだったらバレてもいいかな。

 父さんのような、立派な鋳物職人になるための、テスト対策みたいなことをしています、って言えばいいんだから。



 途中からそう思ったのが、ダメだったようだ。

 階段を駆け下りる音が聞こえた。終わった。


「誰だ!勝手に機械を動かしてるのは!」


 ちょうど3Dプリンタが動きを止めたときに、父さんがものすごい剣幕で工場の引き戸を開けた。

 その音だけで、俺の両肩が何か刺激を受けたように突き上がる。

「父さん、ごめん。俺だけど……」

 頭を下げながら、俺はゆっくりと父さんに向かって歩き出したんだ。逃げも隠れもせずに。

 正直者には、父さん許してくれそうだもの。きっと。

「匠人……。こんな遅くにどういうつもりだ。言ってみろ」

 甘い予想と、俺の考えていた答えは、真っ先に姿を消した。父さんを止められそうにない。

 俺が父さんに近づくよりも速いスピードで、父さんが俺の前に迫り、俺のシャツを強く掴んだ。


 いたたた……。首が……。


「どういうつもりだ、と言っている」


 俺が生まれてから、一度もこんな父さんを見たことがなかった。力強く丸めた両腕の拳が、何か手を出しそうな勢いで小刻みに震えていて、つり上がった両目が、突き刺すような細い視線で俺を見つめている。

 これこそ、いま作ったものよりも、はるかに強烈な「鬼」だ。


「父さん……、俺は……、勉強で……」

 ここまで行ってしまった父さんに、俺はほとんど言葉を返せなかった。

 それに対して、父さんは素早く話を切り返していく。

「勉強? まさか、こんな工場の稼働していない時間に、一人で勉強してたと言わないだろうな」

「……してました」

「やっぱりか……!」

 父さんは、殴るしぐさこそしなかったが、言葉が徐々にきつくなってくる。

 国語の教科書にたまに出てくる「小さくなる」という言葉は、まさしく、今の俺のこんな状態のことを言うんだろう。

 父さんと俺だけしかいないのに、居心地が悪い。


 逃げたかった。でも、父さんはやっぱり許さなかった。


「たとえ木型を作っていたとしても、FRPはお小遣いでたやすく買えるようなものじゃない。一つ無駄にすることで、他の製品の木型を作るときに足りなくなったら、どうするつもりなんだ」

「ごめんなさい……」

「匠人。それは答えになってない。どうするつもりだ、と言っている」

「上半身裸で……、一日作業します」

「匠人にそれができるんか! そんなことやったら、詫間家の恥っさらしもいいところだぞ」


 拷問とも言えるような時間が、とても速く過ぎていく。

 もはや、俺には何も話すことができなかった。


「とにかく、私の見ていないところで作るなど、認めない。たとえ、それが息子であったとしてもだ!」

 そう言うと、父さんは俺のデザインした鬼の木型を3Dプリンタから取り出し、半分右手を叩きつけるような勢いで俺に渡した。そして、言った。


「捨てろ」


「それだけは、嫌だ……。もったいない」

「物を粗末にするということを、匠人は分かってない。だから、捨てろ」

 俺は、手を震わせながら、父さんの最後の命令を拒み続けた。だが、父さんはそれでも言葉を止めない。

「なら、私の見てないところで処分しろ。もし、匠人の部屋でこの鬼が見つかるようなことがあったら、私は許さない」


 捨てるしかなさそうだ。


「えいっ!」

 力いっぱい目をつぶった俺は、工場の床に向けて鬼の木型を強く投げつけた。

 工場の建物から突き出るような甲高い音が、俺の耳を震わせる。

 けれど、その音の中に、物が壊れたり弾けたりするような音はなかった。

 繊維が強化されているとは言え、中身はプラスチックのはずなのに……。


「壊れないか……。かなり容積があるものだからな」

 たまりかねた父さんがそう言うと、今度は俺に鬼を蹴飛ばすように言った。それでも壊れなかった。

 正直、鬼がかわいそうだ。

 俺の作った鬼は、こうして床と靴で強く叩きつけられ、見た目は平気かも知れないが、目に見えない傷が相当増えているに違いない。


 結局最後には、俺自身の手で工場のゴミ箱に投げ捨てることになってしまった。

 図面があるから、きっといつかは作らせてもらえると思うけど、今日の俺の企てはここで終わってしまった。



 でも、ここで終わるなら、まだよかったんだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~


 次の日、俺が学校から帰ってきていつも通り工場に入ると、従業員のひげ親父、横矢(よこや)龍一(りゅういち)が俺のところに詰め寄ってきたんだ。

「おい坊主!昨日、社長に怒られたんだって?」

 これ、家族以外に伝えたのか、父さん。

 俺は、素直に首を縦に振るしかないじゃん。


「勝手に……、木型作って、怒られました……」

「坊主らしいな。そんな夢見るような話で、怒られる必要もないというのに」

 これは、フォローなのかどうなのか。肝心の父さんは、昨日のことを気にせず動いてるみたいだけど。

「怒られたことは……、俺が悪いんです……。勝手に3Dプリンタ動かしたの、俺ですから」


 そう言って、俺は昨日作った、鬼の木型をゴミ箱から拾い上げ、見せるつもりだった。

 せっかく話を振ってくれた横矢さんに、俺の作った物の大切さを知って欲しいから。


 ……って、あれ? 待てよ……?


 木型、なくなってね?


「おかしいなぁ。たしか、ここのゴミ箱に捨てたはずなんだけど……」

 俺は、ゴミ箱の中に手を突っ込むが、ゴミ箱では目立つような青色をしているのに、それが見当たらない。

 たしか、昨日ゴミ箱に入れたとき、材料の包装が下に入ってたような気がするんだけど、そっちのほうは一番下から出てきて、木型だけが忽然と姿を消しているんだ。

 しばらくすると、横矢さんが作業の手を止めてゴミ箱のところまでやってくる。

「どうしたんだ、坊主。ゴミ箱の中に手を突っ込んで、みっともないぞ」

「いえ……、横矢さんに俺の作った木型を見せたかったんですが……」

「ないんか……。もうゴミ箱の中を捨てられたんじゃないか?」


 そんなはずはない。

 今日は月曜日で、一般ゴミは火曜日だ。

 いつもなら、月曜日の作業が終わってから、全部のゴミ箱の中を透明なゴミ袋に入れる。それも、俺が。


 だから、俺以外の誰かがこのゴミ箱から木型を拾い上げたとしか思えない。

 ……もしかして、父さんか?

 いや、昨日の今日でそれを父さんに聞くわけにもいかない。捨てろと言ったの、父さんだし。


 嫌だけど、父さんに聞くしかなかった。

「父さん……。昨日黙って作った木型って、もうゴミ出しちゃった?」

「何言ってるんだ、匠人。ゴミ箱に入れたのは、お前だろ」

 そう言われて、結局立ち去るしかなかった。


 誰だろう。木型を取っていったの。



 それから5分も経たないうちに、この街で事件が起きた。


――ウーッ! ウーッ!


 うるさいくらいに、工場の前をパトカーが通る。

 普通の交通事故だと、1台、よくて2台現場に向かえばいいはずだ。

 だが、俺が気配を感じるだけで、8台。いや、他の警察署に協力していればもっとかも知れない。

 2時間ドラマでよく見るような殺人事件か、工場の集うこの街で、ついに起きてしまったのだろう。


「なんか、物騒だな」

 パトカーの警報が鳴りやまぬ時間が2分ぐらい続いたとき、ついに父さんが工場じゅうに聞こえるように呟いた。

 そして、パソコンの前から立ち上がると、慌ただしそうに出口へと向かった。


 引き戸を開けて、父さんは工場の外に出た。

 俺もドアの音に気付いて、工場の中から外の様子を見た。


「……え?」

 次の瞬間、父さんは気絶したように尻餅をついてしまったのだ。

「父さん! 父さんってば!」

 俺は、息を大きく飲み込んで、父さんに向かって駆けだした。

 鬼に追いかけられた夢で見せたとき以上かも知れないスピードを見せた俺に、父さんは気付き、振り返った。

 父さんの顔は、蒼白という言葉以外には言い表せないような、呆然とした表情だった。

 手足も、激しく震えている。


 何が起きたんだ。

 俺も、外を見た。



 俺が見てしまったのは、まさかの光景だった。

 なんか、見たことあるぞ、これ……。



「鬼いいいいいいいいいィ!?」

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