3 木型製作所が鬼型製作所になった日(3)
そして、次の日曜日。
昼飯を終えると、俺は父さんに工場に連れて行かれた。
「さぁ、匠人。この前言ってた置物を、一から作るぞ!」
「もしかして、最初から?」
「そうだ。匠人が何を作りたいか、イメージするところからスタートしなきゃだな」
父さんに言われて、俺はようやく思い出した。
たしか、製品を作る前には3Dプリンタで繊維強化プラスチックを切り刻んでいたはずだ。
鋳物業者の間では、これを木型と言っている。試作品なんだけど、溶かした鉄を入れる型を作るのにこの木型が使われるので、赤マルレベルで重要なものなんだ。
父さんの会社の名前にも昔から木型という文字が入っているし、近所の鋳物工場にも何軒か社名にそれが入っているところもある。
つまり、木型を侮ってはいけない。
まぁ、今どき木で作ってないのに木型と言うのも変なんだけどさ。
いきなり立体から入ることはできないので、俺はところどころしわのできている方眼紙に、イラストを描き始めた。
父さんには黙ってるけど、今から描こうとしているのは鬼ね。
あんなの見ちゃったから、俺の部屋に魔除けとして鬼を置かなきゃって、あの夜寝てるうちに思いついたんだ。
俺は、なるべく父さんに図面を見せないように、シャーペンを走らせた。
「匠人……?」
あ、バレた。
「どうしたの、父さん」
「初心者にしては、すごい複雑な形を描いてるな、と思ってさ」
「そうなんだ……。複雑な形だと、難しいんだっけ」
「そうさ。3Dプリンタで形どる時間も長くなるし、パーツが細かいとちゃんと鉄が入ってくれないからな」
作ろうとしているのが鬼だから止められたわけじゃない。
そう信じて、いいんだよな。
でも、俺はその一言で、さすがにまずいと思ったんだ。
ほぼ完成品だった鬼のイラストを机の横に置き、蛇のイラストを描き始めた。
「俺、こっちにするよ。鬼は怖そうだし、父さんの言ったように作るの難しいから」
「蛇だったら、すぐできる。そんな複雑な形をしていないからな」
ものの数分で描き上げた蛇の図面を、俺は父さんに渡す。
父さんがパソコンを立ち上げて、図面をスキャンする。
「CADと呼ばれるデータを作るんだよ。ちょっと難しいから、匠人は後ろから見てなさい」
俺の描いた蛇のイラストを取り込むと、画面上にまず平面の蛇のイラストが現れた。そこから父さんが、頭の方の奥行きを形どる。
「なるほど。パソコンの中で奥行きって作るんだ」
「最初から3Dの設計図を描いてくるのが、今じゃだいたいだよ。でも匠人のように平面図で描いてくる人もいる」
「そうなんだ」
俺が納得していると、父さんは表示されている図面を再び正面に戻し、パソコンの前から席を立った。そして、俺に座らせるように手で合図する。
え? もしかして、俺、初のCAD?
「匠人もCADやってみろ。しっぽの方の3D画像を作るんだ」
「父さん、いいんですか?」
「匠人の作る置物だからな。手本通り作ってみろ」
うわぁ、緊張する。
家でもそんなパソコン触ってるわけじゃないから、マウスを持つ手が震える。
こうなったら、俺のデザインセンス、どれくらいか見せてやろうじゃん。
えっと、ここがこうなって……。こうなって……。
で、何とかデータを入れ終えると、そのまま3Dプリンタで印刷するように父さんから言われたんだ。
父さん、電話がかかってきてて、途中何度か見てなかった時間もあるから大丈夫かな。
そして、3Dプリンタが動き出す。
――キュイーン、キュイーン、キュイーン!
これだよ、これこれ!
いつも物運びながら耳で聞いてるやつ。
こうやって、繊維強化プラスチックを切り刻んでいくのか。頭から、俺の入れたしっぽまで、丁寧に丁寧に。
でも、待てよ。しっぽの方がいろいろと切り落とされているような気がする……。
結果。
「ぴぃ」
3Dプリンタに残されていた、プラスチック製の木型を見て、俺は適当な言葉すら思いつかなかった。
無意識に、ぴぃとか言っちゃってるし。
しっぽがほとんどなくて、薄っぺらくなってる。
上から見たらよく分かってしまうんだけど、完全に平面図が三角形になってる。
やっちゃったな……、俺……。
「よくできてるじゃないか、匠人」
父さんの声に、俺は首を縦に小さく振るしかない。
「父さん……。ちょっと、まずいことしちゃったかな……」
「そんなことないよ、匠人。このしっぽ、すごく繊細だから、オリジナリティ溢れてるぞ」
何がオリジナリティだよ。
それって、デザインセンスなしってことじゃん。
「まぁね……。お客さんに渡すやつじゃないから、大目に見ていいかな」
それから俺は、「一応」それ以降の工程を見た。
まず、俺の作った「ヘボい蛇」を砂の入った四角い立体に閉じ込めて型を作り、その型に溶かした鉄を入れていく。
そして型から出せば、無事完成だ。
「ほい、匠人の蛇が完成だ!」
あーあ。
やっぱり、完成品でもしっぽが細くなっちゃってる……。
でも、正面から見たらものすごく強そうな蛇にも見えてくる。だから、ついこう言いたくなる。
「俺の蛇、なんかすごくいい! ここの鋳造技術、マジ最高」
「そう言ってもらえると、私もありがたいよ」
この家に生まれた一人息子である以上、俺は詫間木型製作所の6代目社長候補確定だ。
部活に入れなかったのは、それが一番大きな理由だし、何よりこういう繊細な作業は場と時間を重ねなきゃ習得できない。
俺が初めて木型までデザインしたことで、また鋳物職人として大きく前進したんだろうな、きっと。
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次の日、俺はこっそりその蛇を持って行った。
「ダサっ!」
リア充たちに挑む前に、まずナルトに見せたんだけど、そこでまさかの玉砕を食らうとは思わなかった。
てか、ナルトは絶対フィギュアとか好きそうなんだけど、それでもダメなんだ。
「ど、どうしてダサいんだよ」
「蛇がかわいそうだよ。もう少し自由に動きそうな蛇じゃなきゃ、リアリティがない。それに、頭でっかちだし」
鉄で作っている以上は、できるものも鉄になる。
でも、言われてみればそうだよな。お店や商工会の展示スペースに並ぶものは、どれも動きのありそうな動物だもの。
それで落としておいて、最後に俺のトラウマを重ねてほしくなかったな。
けれどそれ以上に、俺「イコール」ダサい、という「論理」がその一言で完全に蘇ってしまう。
――詫間、家の工場でお前が作ったら、そんなもんしかできないのかよ!
――センスないな。磨けよ。
――そんなんだから、詫間じゃなくて「悪魔」って言われるんだよな。全然怖くないけど。
そして、最悪のタイミングで、あの二人が手をつないで教室に入ってきた。
ポルトと陽菜だ。
陽菜が、教室の異様な雰囲気を悟ったのか、俺にビシッと右の人差し指を伸ばした。
「ポルト。詫間くんって、変なところで目立つよね」
「そうそう。やっぱりあいつは『リア0』なんだよ。友達も恋人も趣味もセンスもない!」
あの野郎ぉ……!
そう言いたいけど、今の俺に味方なんか誰もいなかった。
せいぜい、担任がホームルームの時間を運んでくれるのを待つしかなかった。
しっぽが糸こんにゃくのように細い蛇を、俺は力いっぱい握りしめ、カバンにしまった。
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「はぁ……」
その日、工場での仕事と、それに晩飯と風呂が終わると、俺は2階の部屋で何度もため息をついた。
カバンから蛇の置物を取り出すけど、それを机の上に置こうなんて思いたくない。
置けば、それで「ダサい」という言葉が耳に溢れかえってくる。
「どうすりゃいいんだよ……」
俺は何かで、誰かを打ち負かしたい。でも、今の俺に、そんな「武器」はどこにもない。
何をしても負ける。
いや、待てよ……。
俺ん家にしかない「武器」があるじゃん!
「これだ!」
鬼だ、鬼だよ!
俺が一度描きかけた図面で、怖い鬼の置物を作ったら、リア充たちをギャフンと言わせられるじゃん!
どうせなら、あの時夢に出てきた、ホラーな鬼みたいに。
中途半端に鋳物をやってバカにされたんだから、もっと派手にやれば必ずいい結果がついてくるはずだ。
溶解炉を扱うのは、俺一人の力じゃまだ無理かも知れないけど、木型なら昨日教えてもらった方法でできるはずだ。
俺は、誰にもバレないように、そーっとドアを開け、1段1段丁寧に階段を降りていく。
時々、クラスのみんなの驚いた顔を思い浮かべながら、工場へと続く希望の道を、俺は歩く。
このテンションで、何ができるか。みんな待ってろよ。