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2 木型製作所が鬼型製作所になった日(2)

 全ての授業とホームルームが終わり、俺はすぐに席を立ち、教室の窓から校庭を見つめる。

「いいなぁ、ストレス発散の場所があって……」

 どんなに勉強ができなくても、学校でのショックな気分を和らげてくれるのは、やっぱり放課後の部活動だ。

 俺の中学校では、必ず全員が何か部活に入る「ことになっている」はずだ。

 だが、俺は違った。


――工場の生産が追い付かないんだ。匠人には辛い思いをさせるかも知れないが、部活は免除して欲しい。


 中学校に入学したその日、父さんが俺を連れて、教頭先生のところに直訴した。それで、俺だけがどこにも部活に入らないことになった。

 俺は、せめて人なりに何か部活をやりたかった。けれど、小学生の時から放課後は工場に行って、段ボールを運んでいた俺に、中学生になってそれを卒業できるとは到底思えなかった。



 まぁ、友達ができないのも、走るのが遅いのも、趣味に何一つ打ち込めないのも、おそらく工場に「勤めて」いるせいなんだろうけど……。


 ~~~~~~~~~~~~~~


「みんなー、今日も匠人が帰ってきたぞ!」

 俺が帰ってくると、工場の数少ない従業員から一斉に声が上がる。

 工場の定時までは、まだ1時間以上はある。車のホイールの納期が明後日に迫り、高温の溶解炉がうなっていた。

 父さんが、鉄の入った段ボールを抱えて俺のところにやってきた。

「匠人。この鉄を、あっちの溶解炉の前に置いてくれないか」

「分かった!」



 父さんの工場では、主に自動車用の部品を作っている。

 明後日が納期のホイールだけじゃない。エンジンや、ブレーキディスクなど、車の様々な部品を作っている。

 あらかじめ用意した型に、溶かした鉄を流し込み、固まった鉄を型から抜く。これが工場のメインの作業だけど、これがなかなか熱くて、少しでも油断していると火傷するとさえ言われている。

 以前、社会の授業で習ったように、自動車工場は一つの部品が届かないと、その生産ラインが止まってしまう。だからこそ、発注を受けたらその日までに納品しなきゃいけない。これがドキドキハラハラの生産ノルマだ。


 だからこそ、従業員は楽しんでいるし、熱中できていると思うんだ。

 俺だって、学校でどんなに辛いことがあっても、ほぼ毎日のようにこの工場に立つと、忘れてしまうような気がする。


 ずっと慣れ親しんでいるから。それだけなんだろうけど。



 その日、工場から音が鳴りやんだのは、夜の9時頃だった。

 それまでの間、真っ暗になったことも忘れ、俺は懸命に材料や製品を運んでいた。

「ご苦労さん、匠人」

 父さんが小走りで俺に近づき、俺の肩を軽く叩いた。俺は、父さんの目をほんの1秒だけ見る。

「父さん……。今日は本当に時間の進み方が早かったよ」

「私もだ。ここまで追われていたのは、この数ヵ月なかったかもしれない」

「そんなに忙しかったんだ……、工場」

「まぁな……」

 そこまで言うと、父さんが俺の手をそっと握り、疲れているはずなのに軽く微笑んだ。


「匠人、最近ほとんど話す時間がなくて、すまない……。学校で、元気にやっていると信じてるよ」


「あの、父さん……」

「どうした、匠人」

 この日に限って、朝はスルーできたことを夜にぶり返されそうだ。俺の目が、徐々に床へと傾く。

「父さん……、いや、何でもない……」

「言ってみな。私は、匠人を信じてるからさ」


 「信じてる」という言葉を、二度聞いたような気がする。本当は大丈夫じゃないような気がした。

 だから俺は、父さんの手を振りほどき、工場の外にある、自宅へと続く階段の下まで急いだ。


 それでも、俺はその階段を上がる一歩が踏み出せなかった。



「やっぱり……、言うことにするよ。父さんしか、耳を傾けてくれないし……」

「分かった。言ってごらんなさい」


 たとえ一度、その手を振りほどいたとしても、父さんは耳を傾けてくれる。

 俺には、今しか言うタイミングがなかった。



「父さんさ……、俺、バカだよね」



「バカ……? そんなわけ、ないだろ」

 これには、俺は首を横に振りたかった。

「だって、こんな毎日が続いていたら、何も作れないじゃん。友達も、恋人も、趣味も……。俺に、溶解炉を扱うこともできないんだろ」

「まぁな……。義務教育を受けているうちは、匠人にお手伝い以上の作業をさせるつもりはないよ。ただでさえ、今の年齢で働かせているのは、厳密に言えば違法だからな」

「そうなんだ。俺、知らなかった」


 後で調べたんだけど、父さんのやっているような製造業では、中学生の労働は絶対にアウトらしい。しかも、子役がテレビの生放送で出ていいのは夜の8時までだから、9時までの残業は時間的にもアウト。それを知らないで工場で作業していた俺も俺なんだが。


「だからさ、匠人には少しでも、楽をさせてあげたい。できれば、部活も……、させてあげたいんだ」


「部活……?中学の?」

「そう」

「父さん……。部活入ってないの俺だけだから、できればやりたいけどさ……、父さんに無理はして欲しくない」

 今の俺には、あまり前向きな返事ができそうになかった。

 俺は、父さんの目をじっと見た。そして、その口が開くのを……。

「私、決めたんだ。業績もいいし、パートさんを一人か二人雇うことにした」

「じゃあ、俺や父さんの仕事も少しだけ減る……ってこと? それとも、あまり変わんない?」

「変わるよ。きっとね」

「そっか……」

 俺は、ふと息をついて、今度こそ自宅への階段を上がろうとした。その時、父さんが俺に告げた。


「置物、作ってみないか? 鋳物で」

「父さん、うちで置物って作ったことあったっけ?」

 うちの近所は、数分歩けばよその工場があるほど鋳造がさかんなので、よその工場が作っている可能性はある。

 市の商工祭で干支や七福神の置物が展示されているのを見るくらいだから、それは間違いなかった。

「あぁ、招き猫の置物だったら、先々代の社長が商店街に寄贈する用に作ったことがあるみたいだよ」

「そうなんだ……。というか、いま気付いたんだけど、俺が……作るんだ」

「そう」

 手伝いしかやってないから、溶解炉の使い方どころか、型の作り方も分からなかった。

 その状態で、俺が一からすべて作り上げるのには無理がありそうだ。

 それでも、父さんは言った。


「さっき匠人、何も作れないって言っただろ。そう思った時点で、匠人は成長を望んだ。だから、せめて製品にならないにしても……、お手伝いのその先を見せてあげたいんだ」


 父さん、マジだ……。

 マジで俺に、鋳造まで教えようとしている……!

「父さん、ありがとう!」

 この時間なのに、俺は外に丸聞こえの声で、父さんに頭を下げて言った。

 再び頭を上げると、父さんの目が笑っているように見えた。



 その夜、俺は寝られなかった。

 その前に見た夢のせいでもあるし、それに今日嬉しいことが全てを吹き飛ばしてくれたからだ。

「どういう置物を作ろう……」


 鬼……、ってどうだろう……?


 なわけ、ないか。


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