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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と花
9/35

ウェルフの願い

 ロトトアの町は十字に走る大通りで東西南北の区に分かれている。

二本の大通りの交わる所に中央広場があり、そこを様々な品物を置いた露店が埋めているのだ。

当然、道では人の波がうねり、まっすぐ歩くことさえ難しい。


 しかしウェルフに連れられひとたび路地に入ると、狭い道ながら人の流れはぱたりと途絶えた。

どこかの飼い猫が一声鳴いて、かまわずローの足元を横切っていく。


 どこへ向かっているのかは分からなかった。だが薄暗い道を迷いなく歩いていくウェルフには、どうやら目的地があるようだ。


 とにかく、ついて行くしかない。

 ローははぐれないように、足早に彼の背を追いかけた。

 やがて路地を抜け、古い通りに突き当たった所で目的地に着いた。


「ここ……」


 看板の名前を見て、ローは目を丸くする。

 二人が店内に足を踏み入れると、元気な声が客を迎えた。


「いらっしゃいませ! ……あら?」


 店の給仕もウェルフとローの姿を認め、顔をぱっと輝かせた。


「若旦那様! いらしてくださったんですか!」

「あぁ。ジョーンズ嬢も元気そうで何よりだ。場所を少し借りても?」

「もちろんですわ。どうぞ、こちらへ」


 店の制服に身を包んだビオ・ジョーンズは、二人を窓際の席へと案内した。


 どうやら居酒屋〈りんごの木〉は、明るい内は食堂になるらしい。

店内にはちらほらと客の姿が見える。


 ビオは二人分の水をテーブルに運んで来ると、声を弾ませて言った。


「先日はありがとうございました。あれからランスも、前より明るくなったくらい。

本当に、若旦那様にはなんてお礼を言っていいか」

「私など何もしていないよ。変わったのなら、それはハートウッド氏の力だろう」


 謙遜と受け取ったのだろう。ビオは笑みを深める。


「実はわたし、彼と付き合うことになったんです」

「それはおめでとう」


 特に驚きもせず、ウェルフは祝福した。

 気恥ずかしそうにビオは、ありがとうございます、と答える。


「彼ったら、ずっと奥手な人だったんです。今でも緊張して、一緒に食事をしてもわたしの目を見てくれないんですよ?

 でも今なら思うんです。あの時……『魔法』が起きたのはひょっとして、わたしたちを結びつけるための奇跡だったんじゃないかって」


 奇跡。

 あの事件をそう思えるくらいに彼女たちが今幸せなのだと知って、ローは安心した。


「やだ、わたしったら勝手に喋って。すいません、今メニューをお持ちしますね」


 我に返ったビオが顔を赤らめてきびすを返そうとするのを、ウェルフは呼びとめた。


「君たちのお勧めを一つ。あとサンドウィッチと、二人分の紅茶を頼む」

「! かしこまりました」


 ビオは嬉しそうに一礼し、ぱたぱたと裏の厨房へ駆けていく。

 もうそんな時間なのかとローは気が付いた。言われてみれば、お腹が空いてきた気がする。


「ビオさんとランシスさん、もうすっかり大丈夫そうですね」


 ローはそうウェルフに声をかけたが、返事はなかった。

 不審に思ってウェルフを振り返り、その真剣な眼差しに思わずローは口をつぐんだ。


「どうして『魔法』について研究をしているか……だったね」


そう切り出す。

自然とローの背筋が伸びた。


「初めて会った時、私が君に教えたんだったな。人助けが目的ではないと。

だから、なぜ私がこんなことをしているのか、君はずっと気にしていた訳だ」


 自分は医者ではない。研究者である。

 ウェルフがそうローに説明したのだ。


 ならばどうしてそんな研究をしているのだろう。

ウェルフ自身は領主一族の末裔で、何もしなくても安定した地位と将来が約束されている。

わざわざ「変わり者」などというレッテルを背負ってまで、『魔法』に関わる必要などはないのではないか。


「君は、どう考える?」

「えっ」

「私は人助けで『魔法』を調べている訳ではない。ではそれ以外で、私が『魔法』を調べる理由とは一体何か。見当はつくかね?」


 謎かけのようだった。

 ローは必死に頭をひねる。


「他人のためでないのなら……じ、自分のためとか?」

「ふむ。自分のため、ね」

「えぇと……」


 どうやらまともに答えてくれる気はないようだ。

しかし、自分のため、という考え方はあながち間違いではないのではないかと思われた。


「『魔法』は人の願いを叶えるんですよね? それ以外に起きる可能性って、あり得るんでしょうか?」

「ないな。少なくとも、私が見てきた中では」


 ウェルフはかぶりを振った。


「どういう形であれ、『魔法』は人の願望を形にし発現する。それがたとえ望まぬ結果を与えたとしてもね。例外はない」

「でも、それじゃ、ウェルフさんの『魔法』って何なんですか?」


 ローは身を乗り出して、尋ねた。


 ウェルフは一瞬、きょとんとした顔をした。やがて合点がいったように、ああ、と頷く。


「ハートウッド氏を元に戻したやつだな? 残念だけど、あれは『魔法』じゃないよ」


 ウェルフはポケットをまさぐり、懐中時計を机の上に転がした。

 金色の装飾がきらりと輝く。


「こいつはなんら変哲もない時計だ。私の祖父からいただいたものでね。彫金師フレッド・キーンが生前自ら装飾を施した一品物だそうだ。今ではかなり価値が上がっているのではないかな」


 ローには物の価値が分からなかったが、とにかく高価なものらしいということだけは理解できた。

 手の中でもてあそびながら、ウェルフはぱちんと蓋を開けて見せる。


「あれはね。時計を使った催眠術なんだよ」

「さいみん……?」

「『魔法』にかかって私の下にやってくる者の多くは気が動転しているだろう。自分の力ではどうすることもできないと思い込んでいる。

だが解けないと信じているものを、解くことこそできない。だから、暗示を刷り込むんだ。『魔法は解ける』と思わせるのだよ」


 解けないかもしれない。

 一生このままかもしれない。


 そんな絶望のただなかに陥っている者にとって、ウェルフの言葉はそれこそ奇跡に思えるだろう。


「ただの水でも『これは毒だ』と思って飲めばショック症状を起こす。

逆に、『これは万能薬だ』と信じていれば、なんら効果のない生理食塩水を注射しても病が完治することがある。思いこみとは案外あなどれないものだよ。

『魔法は解ける』と思いこませることで、無意識下へ干渉し『魔法』を自ら解除させる。私がしていることは何も特別なことではないよ。

言ったろう?『魔法』を解くことができるのは『魔法』をかけた者だけだ」


 ウェルフはそれをただ手助けしているだけだという。


「そう、ですか」


 ローはそれを聞いて肩を落とした。

 一瞬、ウェルフも何らかの『魔法』を持っていて、それを解くために調べているのだと思った。

でも、ウェルフは『魔法』を発現させてはいない。


「本当にそれだけかね? 『魔法』を解くということ以外に『魔法』を調べる理由はないと、そう思うか」


先回りしたようにウェルフは問いかけを重ねる。

 ローはとうとう困り果てた。


「分からないです。本当に……。どうしてウェルフさんは『魔法』にご関心を?」

「君は一つ、勘違いをしている」


 静かに青年は指摘した。


「『魔法』の本質を、もう一度よく考えてみたまえ。そして発想を逆転させてごらん。答えはおのずと出るはずだよ」


『魔法』の本質。

 つまり、『魔法』の本来の姿は何なのか。


 決まっている。人の望みだ。『魔法』は人の強い望みを忠実に再現する。


 これに、発想の逆転を加えてみると……。


「ま、まさか」


 ウェルフが『魔法』を研究しているのは、解くためではなく。

本当は。


「『魔法』を、発現させるため……」


 ウェルフは他人のためではなく、自分のために『魔法』の研究を始めた。


 自分の、願いを叶えるために。


 彼は肯定も否定もせず、ただローをじっと見つめている。


「ウェルフさんの……ウェルフさんの願いってなんなのですか?」


 世界の理を曲げてまでも。

 変わり者と呼ばれてまでも。


 青年の、叶えたい願いとは。


「心とやらがどこからくるのか、考えたことはあるか」


また同じ問いだ。

いや、独白に近いのだろう。彼は答えを期待してはいない。

答えはどこか遠くにあって、そう簡単に手が届くものではないと感じている。


ウェルフは窓の外へ視線をやり、そのまま黙り込んでしまった。


 どれほどそうしていたか、沈黙はビオが料理を運んでくることで破られた。


ウェルフとローの間にサンドウィッチともう一品、たっぷりの野菜の上にハムと何かの果実を薄切りにしたサラダが置かれる。


「スパイスをふるったゲバ肉のハムに、はちみつに漬け込んだパープルピーチを合わせてみたんです。

肉の臭みもとれますし、果物の甘さがかえってスパイスを引き立ててくれるので意外と相性がいいんですよ」


 ランシスと作ったという新しい料理だろう。ビオは解説しながら胸を張った。


 勧められるまま、ローも葉物の野菜にくるんでかじってみた。

パープルピーチのしゃきりという歯ごたえに、肉の甘辛さがなんともたまらない。

喉を通った後も舌の上をぴりりとスパイスが刺激し、気が付いたら次のサラダにフォークが伸びているといった具合。

なるほど、これはくせになる味だ。

 色とりどりのロトトアの野菜に、かわいらしい花を皿に盛り付けてある辺りが女性への配慮を窺える。きっとビオの発案だろう。


「紅茶は食後でよろしいですよね?」

「あぁ、ありがとう」


 ビオが去って行った後、ウェルフもゲバ肉のハムとパープルピーチのサラダを一口食べ、美味しそうに顔をほころばせる。


「ふむ、悪くないな」


 結局、ローはいろいろ質問したいことがあったのに尋ねる機会を逃してしまった。

気まずくなって、フォークでサラダをつつくことに集中する。


 温かいスクランブルエッグを挟んだサンドウィッチをつまみながら、ウェルフは思い出したかのように口を開いた。


「グロウディア君は、ずいぶん『魔法』に関心があるのだね」


 不意の言葉に、反射的にローは視線をそらしてしまった。


「いえ、その……。ウェルフさんはすごいなって思って……。ランシスさんの『魔法』を、あんなにいとも簡単に解いてしまったから。

それに、ウェルフさんはずっとああやって『魔法』に困っておられる方を助けてこられたんでしょう?

 いえ、ウェルフさんにそのつもりはないのかも知れませんけど……少なくともそれで救われている人がおられるんです。

それって、素晴らしいことだなって」


「素晴らしいこと、か」


ウェルフは目を細めた。


「むしろ、逆だろう」

「え?」

「いや、すまない。やつあたりをした」


 ウェルフはビオを呼んで、やっぱり紅茶を持ってきてもらうよう頼んだ。


「ここを出たら、もう一つ付き合ってもらっていいかい?」


 首をかしげるローに、ウェルフは付け加えた。


「君もよく知っている人物の所だ」

次回は21日の23時に投稿します。

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