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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と花
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どこからくるか

「あれっ? 誰かと思えば若旦那様じゃないですか!」


 馬車で丘をくだること十分ほど。

検問所を兼ねた石造りの門を通りかかった時、門衛の一人が素っ頓狂な声を上げて呼びとめた。


 馬車の窓を開け、ウェルフが身を乗り出す。


「公務ご苦労。やはりこの時期は人が多いな」


 大通りの方を見やってそう感想をのたまった。


 露店がずらりと並び、その間を溢れんばかりの人がごった返しているのがここからでも確認できる。

門から大通りまでは馬車が停留できるような広さが確保してあるのだが、どこを見ても荷馬車ばかりが占領しており、厩舎には何頭も馬がつながれている状態だった。


「収穫の季節ですからね。ここらはまだマシな方ですよ。裏の南門なんか今年一番の忙しさみたいですから!」

「南は他の町との交易路に通じている。人の往来がもっとも激しい場所だものな」


 ロトトアは北の地方でも有数の市場町だ。


 地元の農作物や畜産物だけでなく、交易路や近年隣町のタムバートに開通した大陸横断鉄道を利用してたくさんの特産品が集まってくる。

田園風景の広がる小さな町に、どこからともなく人がやって来て田舎に似合わぬ賑わいを見せるのだ。


「ところで、若旦那様はどんなご用でいらしたんで?」


 まさかまた、と興味半分疑い半分で見つめてくる門衛に、ウェルフは苦笑して打ち消した。


「今回はただの買い出しだ。馬車を止める場所はまだあるかね?」


 それを聞いて、ほっと安堵の息をもらす門衛。


「そうでしたか! 奥の方でしたらまだ空いているはずです。誘導しますよ」

「ありがたい。頼むよ」


 窓を閉め、がたごとと再び進みだした馬車の中でウェルフが短くため息をつく。

 そして隣のローの視線に気が付き、気にするなと手を振った。


「いつものことだ。……この町では顔が知れているんだよ、私は」


 似たようなことは馬車を降りた後も続いた。

 道すがら出会った人が、立ち寄った店の店員が、警邏中の自警団の人が、たまたま隣に座ったベンチの人が、ウェルフと気付いて挨拶をした後で必ずこう問うのだ。


「それで、今日はどんな変わった事件があったんです?」


 その度にウェルフは、今日は何も、と素っ気なく答える。


 ローは不思議に思って、中央広場の露店を巡っている時にウェルフに尋ねた。


「ウェルフさんは、普段あまり町に降りては来られないんですか?」

「どうしてそう思う」

「だって、会う皆さんが、ウェルフさんを見て珍しそうにしておられるから。その、事件があった時くらいしか町に来ないのかなって」


 そういえばこの五日、ウェルフが外に出歩いているのを一度も見たことがなかった。


 いや、毎朝庭を見回る日課があるのは知っている。

陽が昇りきるかどうかという時間帯に、誰もいない庭をぶらつき花壇の花を観察しているのだ。

朝に窓を覗いて偶然知ったウェルフの習慣だが、屋敷の外へ出て行くことは一度もなかったように思う。

それ以外はずっと執務室にこもっているか、マルチナに見つからないようこっそり厨房で紅茶を淹れているくらい。


 ずっとウェルフに顔を合わさないよう、彼の動向に気を付けていたローだから知っている。

 ウェルフは並んでいる商品の内、アンティークの煙管を手にとった。


「そうだな。カイには出無精などとよく言われるよ」


 しげしげと煙管を眺めるウェルフの横顔に、ローはずっと気になっていたある質問をぶつけてみた。


「ウェルフさんは、なぜ『魔法』について研究を?」


 広場の喧騒にまぎれて聞こえなかったのかと思うくらいの間、ウェルフは黙ったままだった。

 品物を元あった場所へ返し、立ち上がった青年はぽつりと呟く。




「心とやらがどこからくるか、考えたことはあるか」



「……?」

 問われた意図が分からず、ローは首をひねった。

 ウェルフはそんなローを見下ろしていたが、ふと遠い目をして、


「確か、この辺りだったか」

「えっ」


 買ったばかりの紅茶の葉が入った紙袋を抱えなおし、ウェルフはついて来なさい、とだけ言った。

次回は20日の23時に投稿します。

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