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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と狼男
6/35

ふつう

「ビオ・ジョーンズの存在が彼にとって枷になっていたのだろう」


 ウェルフはそう評した。


「彼女に自分の弱い所は見せられない。そんな思いが『魔法』を解く妨げになっていた訳だ。見栄とはげに恐ろしいね」


 紅茶を傾け、ウェルフは機嫌がよさそうに目を細める。

 ローは不思議に思って質問した。


「いつから、気付いておられたんですか? ランシスさんがビオさんに、その、懸想しておられると」

「統計的に」

「はい?」


 聞き返してしまった。

 ウェルフはカップを受け皿に戻した。


「落ち込んでいる時に女性に言い寄られると、およそ四割の男性が恋に落ちる。そして二人だけの共通の話題があると人はこう思う。『自分は彼女にとって、あるいは彼にとって特別な存在だ』と。

世の中ではそれを運命と呼ぶそうだがね」

「はあ」

「ハートウッド氏は職場の人間とプライベートな会話をほとんどしなかったそうだ。彼の人間関係の狭さが窺える。

そこへジョーンズ嬢という、自分のエキスパートである料理の話題ができる女性が現れたのだ。気を許せる相手としてはうってつけだと思うがね」

「…………」

「お前ってホント、デリカシーがないよなぁ」


 カイは半眼で言った。紅茶はあまり好きではないようで、出されたカップに全く手をつけていない。

 深々とウェルフはため息をつく。


「正直、私には分からないよ。特定の誰かに心が動く、などという現象はね」

「顔は良いのに、そういうところ疎いもんな昔っから。黙ってりゃモテるのに。絶対損してると思うよ」

「興味がないな」


 ばっさりと切り捨てる。

 なぜだろう。カイに対する態度だけ、妙に辛辣な気がするのは。


「あ、言ってなかったっけ? 僕とウェルフはチビの頃からの仲なんだぜ」


 こーんくらいの時かなぁ、と腰より位置に手をかざしてカイが教えてくれた。


「仲もなにも、君が一方的に私を訪ねて来ていただけだろう。腐れ縁と呼ぶのもおこがましい」

「うっわぁ、ひどいなー。せっかく遊びにきてやってたってのに」

「別に頼んでないがね。そもそも、なぜ君はさも当然のようにここでくつろいでいるんだ? 仕事はどうした」

「残念。今日は休診日だよ。別に良いだろ。お前だって、本を読んでいるか書類にサインしてるか紅茶飲んでるかしかしてないじゃない。

それに、ウェルフのお客さんの様子も見ときたかったし」


 突然言われて、ローはびくっとソファの上で身を強張らせる。

 眠気にゆるんだカイの目がまっすぐローを見ていた。


「うん。思ったより元気そうで安心したよ。もっと取り乱しているかと思ってた」

「あ……」


 カイの目から逃れようと、とっさに床に視線をそらす。患者を診察する時のそれと同じだ。優しくも冷たく、現実を突きつけるための目だ。

 ローはぎゅっと膝の上のカップを両手で握りしめた。


「夜は眠れる?」

「は、はい」

「食欲は? 味覚が変わったってことは?」

「問題ない、です」

「頭痛や腹痛はある? 何かの拍子に気分が悪くなったり……」

「あのっ!」


 気が付いたら、叫んでいた。

 押し黙るカイに、きっとにらみつけるように向かい合う。


「ぼくは……ぼくはどこもおかしくなんかありません。お医者様にかからなければならないところなんて、どこにもないんです」


 ぼくはふつうだ。

 ずっとそうだった、はずだ。

 今も。


「ぼくは……」


 ぼくはふつうだ。


「ぼくは……病気なんかじゃ……っ」


 その時。

 ぽんっと優しく頭を叩かれた。それがウェルフの手だと一瞬気付かなかった。

 ローの目の前で『魔法』を解いて見せた、不思議な手。


「早朝から起こしてすまなかったね。無理をさせた。もう少し休んでくるかい?」

「……。いえ」


 もう一度顔を洗って来ます、と席を立ちかける。

 この部屋には居たくないと思った。きっと、これ以上は耐えられない。

 その時だった。

 両手で包んでいたカップがするりと手をすり抜けた。


「あ」


 声を上げたのは誰だっただろう。

 ガシャァンッ!

 けたたましい音を立てて、中の飲み物ごと床にぶちまけてしまった。


 すると、音を聞きつけたマルチナがどたどたと部屋に入ってくる。


「失礼いたします。……あらあら、これまた派手にやっちゃったね!」


 使用人らしく一声かけて入室した彼女は、床の惨状を見てすぐさま拭く物をを取りに走っていった。


「グロウディア君、怪我はしていない?」


 ウェルフが声をかけるも、ローは反応しなかった。

 じっと自分の両手を見下ろす。

 無表情に。

 無感情に。


「あぁ、こりゃ絨毯も変えなきゃなんないかもだね。 ちょっと、若旦那様! 破片が飛んでいるんですから、動かないでくださいよ!」


 やがて厨房から布巾を引っつかんできたマルチナがよく響くアルトで叫ぶ。

 ようやく我に返ったローが、ぱっと顔を上げた。


「すいません、手伝います!」


 紅茶で濡れた靴下をその場で脱ぎ捨て、器用にカップの破片を飛び越えてほうきを探しに廊下へ出た。

 その背中を見送り、カイは信じられないといった風に首を振る。


「おいウェルフ。あの子、今……」


 ウェルフは答えなかった。

 ポケットに手を伸ばし、懐中時計の感触を確かめる。


 秒針の音がかすかに耳を打った。

次回は18日の23時に投稿します。

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