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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と狼男
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強さの意味

 ウェルフは呼び鈴を鳴らして、やってきたマーシャルにビオを別室へ案内するよう指示した。


「応接室は……まずいな。客間がもう一つあったろう。そちらのベッドで彼女を休ませてやってくれ」

「かしこまりました。すぐに準備いたしましよう」


 しかつめらしく腰を折り、マーシャルはビオをつれて退室した。


 ビオはウェルフの言葉に安心したらしく、実に素直についていった。

眠気と疲労で判断力を欠いていたせいもあるだろう。なぜウェルフが彼女を部屋から出したかなど、思いもしない様子だった。


「……良かったのかい? 彼女にあんな無責任なこと言って」


 扉が閉まった後、カイは心配そうにウェルフに聞いた。

 ウェルフは肩をすくめる。


「ああでも言わなければ、ジョーンズ嬢は納得しなかっただろう。『彼から離れたくない』などと駄々をこねられてはたまらないからね」

「やっぱり、原因は……」

「彼女だろうな」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 ウェルフとカイがさっさと話を進めてしまうので、ローはさっぱり状況が理解できない。


「どういうことですか? ビオさんも、『魔法』に関係があるということですかっ?」


 困惑顔のローを見て、カイはまさかとウェルフをにらみつける。


「ウェルフ、お前、この子に何も説明してないの?」

「一度に話しても混乱させるだけだ」


 さらりと返すウェルフ。

 呆れた様子で、カイがこっそり「めんどくさいから止めたな、こいつ……」とつぶやいた。学校の先生のように指を立てて、代わりに説明してくれた。


「ついでだからハートウッドさんも聞いててな。『魔法』が何かって話は聞いた?」

「はい。人の望みが叶ってしまう現象だと」

「そうそう。願いごとのほとんどは叶わないのが普通なんだけどね、『魔法』だとそれが叶っちまう。どんな願いごとでもさ。『魔法』の厄介な所は、医学じゃさっぱり説明がつかないってことだよ」

「どういうことですか……?」

「医者の僕じゃ、手が出せないってこと」


 カイは手の平を見せる。


「同じ望みを持っていても、全く同じ『魔法』になるとは限らない。その人の性格、記憶、『魔法』が発生した時の環境……それらによって『魔法』は全然変わってくる。当然、対処の方法もその『魔法』によって違うんだ。そもそも『魔法』が発生する条件が何かも明らかになっていない。『魔法』を解くのはけっこう難しいんだよ」

「そんな……だって、さっき」

「だから、ウェルフのあれはただのはったり。ビオさんをこの部屋から出すための出まかせだよ」

「心外だな。別に出まかせを言ったつもりはないぞ。ランシス・ハートウッド氏の望みは分かった。彼の『魔法』を解くためにビオ・ジョーンズ嬢は邪魔だと思ったから外へ出した。それだけのことだ」


 ウェルフは腕を組んで、どこ吹く風だ。


「あの、一つ良いですか? ウェルフさん、先ほど言いましたよね。『魔法』を解くには、〈誰〉が〈なぜ〉その『魔法』を引き起こさなければならなかったのかを知らなければならないって。

それって『魔法』がまるで……人間が起こしているもののように聞こえて」


『魔法』が現象なら、雨や風と同じように自然に起こるものなのではないか。

 そう思っていたローだったが、続けて告げたウェルフの言葉に心底驚くことになる。


「『魔法』は、人が起こしている現象だ」

「!」

「いや、正確に言おう。『魔法』は人にしか起こせない。裏を返せば、人間であれば誰でも『魔法』を使える力を持っているということだ」


 言葉を失うローの前で、ウェルフは組んでいた腕をほどく。


「世界広しといえども、緻密な思考能力を持ち合わせた生物は人間しかない。それゆえ、人間は本来持つはずのなかった欲求を得ることになった」

「欲求……」

「誰よりも優れた人間になりたい。誰も持っていない物を所有したい。誰かに認められたい。幸せになりたい。助かりたい。安心したい。これらは、誰もが心のどこかで望んでいることだ。

そんな利己的で強すぎる願望を、時に人は無意識の内に世界の理を曲げる力に変えてしまう。己が願いを叶えるためにね」


 ずきり、とローの胸の奥で何かが痛む。


「ひとたび発現した『魔法』はその人物の願いを忠実に再現する。彼の場合は至極単純だ」


 ウェルフは、話の間中でさえ微動だにしなかった獣を目で指し示す。


「夜の道すがら三人組の強盗に襲われ、自分と連れの女性が命の危機に立たされたのだ。助かりたい、あるいは、彼女を守りたい。そんな強い願いが『魔法』となったのだろう。だから彼はこれほどまで大きく、荒々しい姿になったのだよ。強盗たちを蹴散らすための、強さの象徴だ」


 グ、ルルルルッ……

 獣が喉を鳴らした。ローにはそれが、ひどく悲しげに聞こえた。

 大きな手の間から、大粒の涙がこぼれる。


「自分の身に危険が及ぶ時というのは、一番『魔法』が発現しやすい条件だ。危機感が強いほど願いも強くなる。だが残念ながら、ランシス・ハートウッド氏の場合はそれだけではない」

「ど、どうして、分かるんですか?」

「本当に助かりたいと思っただけなら、強盗を追い払った後に『魔法』は解けるはずだろ?」


 カイの補足に、あ、とローは納得する。


『魔法』が強い願いに反応して発現するものだとしたら、強盗が逃げてしまった時点で「助かりたい」という願望は消える。『魔法』も自然とその力を失うはずだ。


「だが、ランシス・ハートウッド氏は強盗という危機を退けてなお、『魔法』が消える様子はない。それはつまり昨夜の事件はあくまできっかけでしかなかったということだ。彼は慢性的に、ある願いを抱えていたということになる。

それは「助かりたい」ではなく、おそらく……」


 ウェルフの言う、ある願いは聞くまでもなくローにも分かった。

 強くありたい。

 大きく荒々しい獣の姿は、強さの象徴。ならば、ランシスの願いはそれしかあり得ない。


「ジョーンズ嬢の話によれば、貴方は非常にまじめで誠実、そして口下手な男性だった。今の外見からはまるで想像もつかない人物像だ。貴方は日頃から「強さ」というものに対して盲目的な憧れを持っていたのではないか?」


 獣に対し、ウェルフはゆっくりと確かめるように声をかける。


「貴方は先程から頑なに顔を上げようとしない。それは『魔法』によって願いが叶っても、貴方が自信を持てていない証拠だ。なぜ自分が獣の声でしか鳴けないのだと思う? 口下手な自分を隠すため。喋らなくても良い状況を、無意識に自分で作り出してしまった結果だよ」


 巨体がぶるぶると震えだす。泣いているせいなのか、それともウェルフに心の内を暴かれて恐怖しているのか。


「貴方は臆病な人だ。だからこそ、大きく強く見せなければならなかった。特に彼女の前ではね。だが、ここにもうジョーンズ嬢はいない。……そろそろ顔を上げてはどうだ?」


 呼びかけに、獣はしばらく動かなかった。


 やがて、こわごわと顔の前の手をどける。


 毛に覆われた手の中から出てきたのは、やはり毛に覆われた顔だった。とがった黒い鼻、口に収まらずに外に飛び出た犬歯、そして涙にぬれた目。

 揺れる褐色の瞳に映る怯えが、ウェルフの言葉が真実であることを語っていた。

 嗚咽の混じる荒い息とともに、グルル…ッという声が聞こえる。


「『魔法』を解くことができるのは、『魔法』を使った本人しかいない。だから、私は貴方に確認しなければならない」


 ようやく目を合わせたランシス・ハートウッドに、ウェルフは問いかけた。


「元の姿に戻りたいかね?」


 彼は即座に頷いた。

 しかしウェルフはさらに問いを重ねる。


「『魔法』で自分の姿を変えてしまう者は大抵、元の自分にコンプレックスを抱いている。貴方も例外ではないだろう。元の姿に戻った貴方に今のような強さはない。それでも戻りたいかね?」


 強くありたい、という願いを捨てられるか。


 青年はそう問うているのだ。

 理をも捻じ曲げてしまうほどの願いを、今この場で捨てることができるか、と。


 彼は逡巡するそぶりを見せたが、すぐに首を縦に振った。何度も、何度も。頭にまとわりつく思いを振り払おうとするように。


「……よろしい」


 ウェルフはソファから身を起こし、獣のかたわらに立った。ポケットから金色の何かを取り出す。

 鎖付きの懐中時計。

 ぱちんっとふたを指で弾き、文字盤を獣の鼻先に突きつけた。


「【解呪】」


 空気が澄んだ。

 ウェルフの一声を合図に、世界が沈黙したかのようだった。

 時計の秒針の音だけが響く。


 チッ……チッ……


「聞こえる音に心を合わせなさい。気を楽にして」


 静かな声。

 ウェルフの指示に従い、ランシスは目を閉じた。

 その頭に、青年の手が触れる。

 まるで魔法をかけているようだ、と思った。


 現象としての『魔法』ではない。童話に出てくる魔法使いが呪文を唱えて術をかける場面に似ている。杖を一振りするだけで、リンゴをブタにでも馬車にでも変えてしまうのだ。


 ローは息もせず、目の前の光景を食い入るように見つめる。


「安心したまえ。私が三つ数えたら、全て元通りになる。全てだ。いいね? 三」


 カウントに合わせて、ランシスの頭を後ろに押し揺らす。

 巨体はウェルフの細い指にたやすく身をゆだねた。


「二」


 徐々に獣の四肢から力が抜ける。


「一」


 チッ……チッ……


「【解呪、完了】」


 ぱちんっ






 ビオが目覚めたのはずいぶん陽が高くなってからだった。


 わたし、なんでこんな綺麗なお部屋で寝ていたのかしら?

 眠気にぼんやりする頭を抱えて身を起こすと、ベッドのわきに誰かがいるのに気が付いた。

 笑っている時でも八の字眉の、なんだか憎めない顔がそこにあった。喧騒の絶えることのない店内で、いつでも真剣に厨房で食材と格闘している彼。

 頭で考えるより先に、ビオはささやいていた。


「ランス……?」


 泣きそうに笑うランシス・ハートウッドがそこにいた。


「驚かせて、その、ごめん」


 声が震えている。

 もしかしたらさっきまでずっと泣いていたのかも知れない。

 どもりながらも、ランシスは必死に喋った。


「君を守りたい……って、そう思ったんだ。僕みたいな、頼りない男になんか、君は興味がないんだと思ってたから……」

「ランス……」

「あの日、料理が採用されたら、その、君を、し、食事に誘おうと、思ってたんだ。でも、全然言葉が見つからなくて……それで……。ほ、ホント、僕ってカッコわる……」


 言い終わる前に、ビオは思わず飛びついていた。ランシスの驚いた声にかまわず、その姿を確かめるように抱きしめる。

 見なくたって分かる。

 だって、仕事の合間に彼の姿をずっと目の端で追いかけていたのは自分の方なのだから。


「もう、バカぁ……」


 いつの間にかビオも泣いていた。

 やっと心から安心できたような気がした。

次回は17日23時に投稿します。

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