表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法殺し  作者: 駄文職人
魔法遣いと秘密屋
29/35

黒いひつじ

「そうだ、私もニコルに頼みたいことがあるんだよ」


 ジーナは奥の寝室へ引っ込むと、黒いもこもことしたものを手に戻ってきた。


「なんだそりゃ」

「見ての通り、ヒツジのぬいぐるみだけど」

「お、おう」


 はいと差し出されてニコルはその毛玉、もとい、ヒツジのぬいぐるみを受け取った。


 ボタンの目が付いた羊毛フェルトの愛嬌のある顔。

 黒い毛は本物のヒツジ毛だろうか。合間から可愛らしい手足が覗いている。

 触り心地はふわふわとしていた。


 女子ども受けの良さそうなぬいぐるみである。


「ジーナさんが作ったのか?」

「んな訳ないだろ!お客さんが置いて行ったんだよ。気味が悪いから燃やしてくれって」

「もったいねー!よくできてるじゃん」


 ひっくり返すと、フェルトの後ろ足には刺繍で「ミウリ」と縫われていた。


「……燃やさなかったのか?」


 いつの間にか戻ってきていたハイルがぬいぐるみを覗き込んだ。


「ニコル、ちょっと試してくれないかい?」

「おれ?」

「あぁ、私の『魔法』に干渉して、この子を燃やしてほしい」


 ニコルは何かを言いかけたが、ジーナのどこか確信めいた顔を見てやめた。


 手の中のヒツジのぬいぐるみを見やる。


 何の変哲もないぬいぐるみだ。

 毛の色が白でなくわざわざ黒にしてあるところが奇妙と言えば奇妙だが、気味が悪いというほどではない。


 ボタンの目を覗き込み、ニコルは深呼吸をした。


「ちょっと、離れてな」


 集中。

 ジーナの『魔法』へ意識を伸ばす。


 ニコルの『魔法』干渉は、不可視の手だ。物理的に何かを動かすことのできない、意識を織り紡いだ『手』。


 その『手』は他人の『魔法』へ干渉し、一時的に制御権を奪い取る。


「借りるぞ」


 一言断って、ジーナの周りを取り巻く『魔法』を『指』で絡め取り、そっと手繰る。

 他人の『魔法』の制御は、いつも気を遣う。


 ウェルフは『魔法』とは天災だと言う。

 人の願いが叶ってしまう、というただの自然現象。

 ニコルは少し違うと思っていた。

 きっと『魔法』とは、発現者の心そのものなのだ。

 そいつの願い。考え方。嗜好。

 心が滲み出しあふれた結果が『魔法』であり、決して自然現象と偶然の産物などではない。


 だから『魔法』には敬意を払う。


 そいつの願いは、そいつだけのものだ。


 手繰り寄せたジーナの『魔法』へ力を流し込む。

 熱を帯びてくる『魔法』が暴れ出さないよう『手』でなだめながら、流れを誘導する。

 その熱はやがてニコルの手の中、ぬいぐるみへと集まってくる。


 チリチリ、チリ…


 ぬいぐるみから細い煙が上がる。

 赤い炎が見え隠れし始めるにはそう時間はかからなかった。


 ハイルが息を飲むのが聞こえる。


 あぁ、そういえばこいつにちゃんと『魔法』を使っているところを見せたことがなかったな、と今更思い出した。


 小さな火はやがて大きくなり、ぬいぐるみを包み込む。

 ニコルは『手』を通して力を注ぎ込み続けた。


 炎は燃え上がる。

 ぬいぐるみを飲み込み、さらに火柱を上げて。


 やがて徐々に勢いを弱めて収まっていく。

 燻るぬいぐるみ。

 しかし、


「マジか…」


 そのフェルトの顔にはススひとつなかった。


「やっぱりねぇ」


 ジーナはニコルからヒツジのぬいぐるみを取り上げ、パンパンとはたいた。

 あれだけの炎に包まれながら、ヒツジのぬいぐるみは先程となんら変わりなくてそこにあった。


「何度か試したんだよ。でもダメでねぇ。燃えないんだよ、私の炎じゃ」

「こいつを持ってきた客って誰だ?」

「少なくともこの子を作った人とは違うってのは確かだろうね」


 ジーナは黒ヒツジを撫でると、ハイルに差し出した。


「悪いんだけど、この子を持ち主に返してやってくれないかい?」

「なぜこのぼくに渡す」

「あんたに必要だと思ったからさ、旧伯様」


 たじろぐハイルに、ジーナは微笑みかけた。


「思い出は消すべきものじゃない。たとえ、それがその人を傷付けるものであっても」

「……」

「あんたはそれがよく分かっている。そりゃそうさ、あったことをなかったふりになんかできやしないんだ。消しても消しても、またふとした時に目の前に立ち塞がる」


 それはハイルではなく、自分自身に言っているようだった。


 ジーナは手の黒ヒツジをもう一度撫でる。


「この子を作った人は、本当に強い思い入れがあったんだと思う。私の『魔法』を拒絶するぐらいだ。それぐらい、切に願った何かがあったんじゃないかね」

「願い……」

「この子は、なるべく早く持ち主に返してやった方がいい。そんな気がするんだよ」

「し、しかしだな」

「ニコルも、頼むよ。この後ハン・デリーへ向かうんだろ?」


 渋るハイルの隣へも視線を向けて、ジーナは頼み込んだ。


「いいよ。頼まれた」


 ニコルは胸を叩き、二つ返事で請け負う。


「ロスキー…」

「なんだよ。別にいいだろ?」

「……まあ、イェニと合流するまでなら時間はある」

「な。いいってさ」

「助かるよ、二人とも」


 ジーナはほっと表情を緩めた。

 よほど気がかりだったのだろう。


「依頼主へは、私からうまく言っておくよ。この子を頼んだよ」


 そう言って、ハイルにぬいぐるみを預けた。

 大事に。大事に。


「この子を、親の元に早く返してあげて」




 ハン・デリーの町を一言で表すなら「遺跡の町」だ。


 荒野を挟んで向こうには廃墟と化した捨て町が鎮座しており、観光名所と化したそこの宿泊地として栄えている。

 そのため町の中には古書店や博物館のような研究者向けの施設と、お土産用の雑貨や宿屋のような旅行客向けの施設が混在している状態だ。


 土産屋に羊毛を使用したぬいぐるみや衣服が多いのは、牧畜のさかんなハン・デリーの土地ならではというべきか。


 そうした土産屋の一つ、陳列棚を覗き込んでいる黒髪の少女がいる。


「むー」


 ウサギとリスのぬいぐるみを見比べ、幼さの残る顔を難しそうにしかめていた。

 ショートボブに揃えた黒髪からはぴょこんと一房、自己主張するように跳ねていた。傍に黒の楽器ケースを抱き、どこかの音楽隊のようである。


 年相応の黒のワンピースの上の無骨な胸当てが妙に不相応に浮いていた。


「ミザリー。いつまで悩んでいる」


 ミザリーと呼ばれた少女はぱっと顔を上げ、表情を明るくした。


「姐様!ちょうど良かったの。この二匹、どちらが可愛いと思いまして?」

「ふふ、本当にミザリーは小動物に目がないな」


 ミザリーの横に立ったのは、男物の衣服を着た背の高い女性だった。


 鋼の小手を両腕にはめ、剣を腰に下げているその様はまさに戯曲に出てくる麗しい騎士像そのままだ。

 輝く金髪は頭の上でまとめられ、そのまま背中にまっすぐと流れている。


「気に入ったのなら両方買えばいいだろう?あまりゆっくり悩んでいる時間はないぞ」

「むー」


 ミザリーはもう一度ウサギとリスを見比べ、肩を落として棚に戻した。


「やめておきますわ。これから公務ですもの」

「そう?じゃあ行こうか」


 キンッ、と剣を鳴らし、身を翻す。

 彼女たちが入店してからすっかり固まっていた店主に、「邪魔をした」と丁寧に礼をして去る。

 それに倣うように、ミザリーも頭を下げた。


「それで、本日の難易度は?」

「3級……中規模のリスクだ」

「あら、では楽勝ですのね」

「慢心をするなよ、ミザリー。足元をすくわられる」

「慢心なんて。わたくしと姐様にかかれば問題など起こり得ませんわ」


 ミザリーは八重歯を見せて笑った。

 そう、問題などありえない。

 若くして大隊長となり第一線のエースとして讃えられるフラウ・チャルスオークと、その片腕のミザリー・ノーネイムがいるのだから。


「ところで、ディンレインの奴はどこにいる?」


 その名を聞いた途端、ミザリーは不機嫌そうにぷいとそっぽを向いた。


「あんな陰険男、知りませんわ」

「ミザリー」

「いいナイフが売っていると言って、裏路地の闇市へ向かってしまいました。もう帰って来なければいいのに」

「そういう訳にもいかない。あんなのでも仲間だ」

「わたくしと姐様だけで十分ですわ」


 むくれるミザリー。

 その頭をフラウがぽんぽんと叩く。


「まあ、いないのならば接触は我々二人で行かねばならないな」

「仕方ありませんわ」

「終わったらお前たち2人の親睦会だ。覚悟してしておくのだぞ」

「やめてくださいまし!あんな男と親睦を深めるなんておぞましい!」


 悲鳴をあげるミザリーをよそに、フラウは大通りを毅然と歩く。


 道は既に下見済みなので迷わなかった。

 仲間が1人いないが彼のことだ、影よりひっそりと目標を捕捉していることだろう。

 ディンレインのその仕事ぶりは、仲間内にあってさえ『死神』と恐れられるほどだ。ミザリーはああ言うが、フラウはディンレインの実力を評価している。


 住宅街の中、なんの変哲も無い赤屋根の家が目的地だった。


 知人の家を訪れるように、玄関のベルを鳴らす。


「どちら様かしら?」


 おっとりとした老女がややあって扉から出てきた。

 シワの刻まれた目尻は優しげに垂れ、来客へ穏やかに向けられる。


「突然の訪問、失礼する。我らはミケーレ候の要請により派遣された、王立騎士隊北方地区第1大隊長フラウ・チャルスオークとミザリー銀羽騎士という。

 貴殿はアマリア・パーロで間違いないか?」


 老女の顔色が変わった。


「……えぇ、そうです。騎士様がどんなご用でしょうか」

「貴殿に魔女容疑がかかっている」


 簡潔にフラウは述べた。


 話し合いは時間の無駄だろう。

 こちらの目的は明白であり、老女アマリアも承知だろうとその表情で分かったからだ。


 その時、老女の後ろからバタバタと影が飛び出してくる。


「おばあちゃん!見て見て!」


 栗毛の少女は来客がいることに気が付き、慌てて口をつぐむ。

 10代半ばほどであろう。腰までの髪を緩く三つ編みにまとめ真っ直ぐな背筋に流している。利発そうな榛の目を瞬かせて祖母と来客を見比べている。


 その手には小型のくまのぬいぐるみが握られていた。

 手の平サイズのそれは、恐らく少女が長い時間をかけて作ったのであろう。よく見ると糸が出ていたり左右の目が少しずれていたり、と拙いところが見受けられる。


 しかし老女はそれを一目見るなり顔をほころばせた。


「あら、可愛い。上手にできたわねぇ」


 少女の頭をしわだらけの手でなでた。


「おばあちゃんね、この人たちとお話があるの。ミューはもうお父さんの所に帰りな」

「えー!嫌よ!お父さんすぐに怒るんだもん!こないだもおばあちゃんの家に行ったって言っただけでね…」


 父親の悪口を言おうとした孫の口を、老女は指で閉ざす。

 にっこりと笑う。


「さ、もうお帰り」


 わがままを言いたそうにしていた少女は、しかし祖母が有無を言わさない様子なのに気が付き名残惜しそうにしながらもトボトボと門へと向かった。


 途中、フラウとミザリーを恨めしそうに見ながらすれ違う。


「お孫さんか。賢明だ」


 老女はフラウの言葉を聞こえないふりをし、家へと招き入れた。


 家の中はぬいぐるみであふれていた。


 少女の持っていたものとは比べ物にならない、貴族の子ども用に卸されるような上等な生地を使ったぬいぐるみ達だ。

 棚の上に所狭しと並び、それでは足りないと上の壁からも大量にぬいぐるみ達が来客を見下ろしている。


「うわぁ…」


 あまりに多くの無機質な視線にさらされ、可愛いもの好きと自負のあるミザリーさえややたじろぐ。


 リビングのソファの上からもぬいぐるみが出迎える。人が座るスペースの方が少ないほどだ。


「座られないのですか?」

「失礼。我らは立ったままで結構だ」


 ソファを勧められたフラウは丁寧ながらもはっきりと固辞した。


「……私に、魔女の容疑がかかっていると仰いましたね」


 ソファにゆっくりと腰掛けたアマリア老は、そう二人に切り出した。


「誰からの情報ですか?」

「残念ながら、それを開示する権限は我らにない」

「それもミケーレ候のご命令ですか」


 憂うようにアマリア老は息をつく。


「あの御方は、大の魔女嫌いだとか」

「そこまで分かっているなら話は早い。我らの要件は2つだ。1つは貴女の魔女容疑が事実であるか否かを確認せねばならん」

「魔女ではない、と主張しても聞き入れてはいただけなさそうですね」

「貴女の主張に客観的証拠が示せるのならばその限りではない」

「ご冗談を。騎士様はご自身が善人であるということを証明できるのですか?」


 ミザリーは目を細めた。


「聞き捨てなりませんわ。姐様がまるで悪人であるかの口ぶりですわね」

「やめろミザリー」

「人は誰も、自分が悪人だと証明できません。その逆もしかり。自分という主観を他人に証明するなど不可能なことですよ、小さな騎士様」


 アマリア老は弱々しく微笑む。


「1つ確かなことは、私は私が一体何者かをよく知っていると言うことです」

「ほう。では我々にぜひ教えていただきたい。貴女が、自分がなんだと思っているのか」




「ただの人形師ですよ。騎士様。あまり老体をいじめないでくださいな」



 その瞬間。


 ざわり。


 空気が揺れた。

 ミザリーは決して警戒を解いていたつもりはない。

 しかし、反応が遅れた。


 部屋中のぬいぐるみが、一斉にこちらを振り向いたからだ。


 感情のない目が、招かれざる2人の騎士を射竦める。


「……っ!」


 ミザリーは慌てて楽器ケースに手をかけた。

 その手が押さえつけられる。

 ソファからミザリーに飛びついたサルのぬいぐるみが、その行動を抑え込む。


 サルは無表情にミザリーを見つめていた。


「ひっ」


 対して、フラウの対応は落ち着いたものであった。


「支配型か。創造型よりはまだマシだが、厄介には変わりないな」


 彼女は自分にも取り付こうとするぬいぐるみをステップでかわし、腰の剣をすらりと抜いた。


「2つ目の要件が果たせそうだ。魔女アマリア・パーロ。〈破魔約定〉に則り貴殿を断罪する!」


 魔女と呼ばれたその人は、ただ静かに微笑んでいた。


 自身に向けられた切っ先を迎え入れるように、ただ、静かに微笑んでいた。

 

次回投稿日は未定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ