代償
名前のない墓標が二つ、並んでいた。
右は大きく、左は小ぶりの墓石だ。綺麗に磨かれて日の光を反射している。
その前には白い花が数本、水の入った瓶の中で揺れていた。
「私の旦那と息子だよ」
ジーナはそう紹介してくれた。
畑の横に寄り添うように眠るそれらの周りには雑草一つなく、毎日念入りに手入れされているのが容易に分かる。
ハイルは短い黙祷の後、気まずそうにジーナを振り返った。
「……もしや、その。聞いていいか分からないが」
「ご名答、とだけ言っておこうかね。荼毘に付したのは私だ。
今となっちゃ、申し訳ない事をしたと思うよ。『消えてしまえ』と、そう願っちまったんだ。あの子達が死んだことを認めたくなかったんだよ」
そっとジーナは大きい方の墓石を撫でた。
何も刻まれていない石の表面を指先が滑る。
燃やしたものが、そこにアッたという記憶すら燃やし尽くす『魔法』。
しかしたとえば、その『魔法』で燃やしたのが死体だったなら。
大事な人達と、彼らと過ごした時間そのものを燃やしてしまったとしたら。
「せめて、名前だけでもここに書いてやれたらねぇ」
そう呟くジーナの声はか細かった。
死を認めたくなかった。
死んでいるはずがない。まだ生きているはずだ。なぜ。いやだ。違う、これは私の旦那と子どもなんかじゃない。
消えろ。
消えろ。
全部、夢なんだ。
いやだ、お願い……。
お願い。全部、消えてしまえ。
ハイルはニコルを振り返る。
ニコルは少し離れた所から、腕を組んでそれを見ていた。
視線に気が付き、首を振る。
「おれのは万能じゃねぇんだよ。死んだ人間は蘇らないし、消えちまったもんを元に戻すことはできない」
「そう簡単に戻るもんだとは私も思ってないよ。ありがとね」
ジーナは立ち上がり、弱々しく微笑んだ。
「若旦那様とニコルには、これでもだいぶ無理を聞いてもらったんだよ。でなきゃ、私はここに墓標を立てることすらできなかった。感謝しているんだよ」
「その見返りに、情報の隠滅行為に手を貸しているのか」
つい棘ついた物言いになってしまう。
「傷心のご婦人につけ入るよう真似など許されるものではない。貴女はそれでいいのか?」
「私は、私の『魔法』が人様の為になるならそれでいい」
「ニコル・ロスキー!」
責めるように名を呼ぶと、ニコルは両手を上げて嘆息をついた。
「交渉したんはウェルフだ……って言っても仕方ねーな。実際、ジーナさんの『魔法』はおれらには必要だ。『魔法』のトラブルはなかったことにした方が、後々都合が良い」
「ふざけるな!それでは……」
イェニの苦悩はなんだったのか。
彼女は真実から目をそらし、その事実に苦しみ続けた。辛い過去を忘れ果て、自分自身すら見失った。
そんな彼女を説き伏せ、早まった真似をやめさせたのはニコルであり、ウェルフだ。
あれはただイェニを騙しすかす為の嘘だったというのか。
「『魔法』が発現した時点で、そいつは人間扱いされない。ただの災害だ」
「なっ…」
「タムバートにいたからピンとこねぇだろ?ウェルフに功績があるとすりゃそれだな。この大陸で唯一、『魔法』を擁護している場所だからよ。
おれたちは、エンテルの名の下に守られてんだよ」
「は……っ、話を逸らすな!」
苛立ちまぎれに叫ぶ。
エンテルに庇護されているなど腹立たしい話だが、それとこれとは話が別だ。
ニコルはじっとハイルを見つめていたが、やがて深いため息をついた。
ハイルは顔がかっと熱くなるのを感じた。
「このぼくを愚弄しているのか!」
「おおっぴらにしない方が救われるもんもある。おたくだって心当たりがあるんだろ。おれに八つ当たりされても困るって」
ハイルはぐっと詰まる。
確かに、ついさっき頭の中でジーナの『魔法』の有用性を肯定したばかりだ。
八つ当たりの自覚もある。
それでも。
……それでも。
あの黒い少女の、泣き顔が脳裏をちらつくのだ。
『自分をなかったことにしたい』と、そう切に願った彼女を救ったことを、今さら間違いだったなどと思いたくない。
黙り込んだハイルの肩を、ニコルは痛いくらいに叩く。
そして、ジーナに向き直った。
「なあ、ジーナさん。ちょいとおれからも頼まれて欲しいことがあるんだ」
「おや、珍しいね。私よりニコルの方がうまく私の『魔法』を使えるじゃないか」
「おれじゃ無理なことでさ」
笑い、ハイルの肩を引き寄せる。
「こいつ、ハイルがもしここに来たら、力になってやってほしい。たぶん、これから結構お世話になるはずだから」
「なっ!?」
「なんだい、そんなこと?かまわないよ」
「おい、おいロスキー!?どういうことだ!?」
「どういうことってもさぁ」
振りほどかれたニコルは頰を指で掻く。
「おたく、今後はどうするつもりだよ?」
「今後って」
「いや、おれたち来年学校卒業じゃん?ヴィクタ・リクタに帰るんじゃねぇの?」
「だからなんだと……っ!」
言いながら、気付いてしまった。
ニコルが言わんとしていることを。
今まで先送りにしてきた問題を。
「今は、おれがいる。おたくが寝こけても、おれが叩き起こせる。
でもおれがいなくなったら?おたくがタムバートを離れたら?おたくが『魔法』を制御できるならそれでいい。でも、できなくなったら?
なあ、ハイル。その時、おたくはどうするんだ?」
現実が突き刺さる。
ハイルだけではない。ニコルもずっとその危険性に気が付いていた。
自分が目を離した時。自分がそばにいない時。ハイルが倒れて、『魔法』に囚われてしまったら。
その時、やっとハイルは理解した。
ニコルは、この一月ずっとハイルへ注意を払い続けていたのだ。
授業中も。休み時間も。友達と馬鹿騒ぎをして腹を抱えて笑っている時でさえ。
もしハイルの『魔法』が暴走しても、すぐに自分が駆けつけられるように、と。
だが、そんな生活はいつまでも続かない。
いつか必ず破綻する。
その時、ハイルはどうするのか?
「他人の心配してる場合じゃねぇだろ、おたくはさ」
それだけ言って、ニコルはこの話を切り上げた。
「さ、早くマドレーヌ食っちまおうぜ!体冷えちまったよ」
ころりと今までの真剣な雰囲気を忘れたように、ばたばたと部屋の中へと入っていく。
ジーナも気遣わしげだったが、ニコルを追いかけて家に引っ込んだ。
ハイルは、すぐには動けなかった。
自分のこの身は、自分だけのものではない。ミケーレの、貴族の血が流れている。
今はニコルのおかげでハイルの『魔法』は露見せずにすんでいる。
ユイダの目を誤魔化し、学校へも言葉を濁し、ミケーレへなんとか報告が行かぬようにできている。
しかしもし『魔法』の存在が明るみになってしまったら。
許される事ではないと理解しながらも、結局縋るのではないのか。
名もなき墓標が、静かにハイルを見つめていた。
次回投稿は12月22日23時です。




