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魔法殺し  作者: 駄文職人
魔法遣いと秘密屋
28/35

代償

 名前のない墓標が二つ、並んでいた。

 右は大きく、左は小ぶりの墓石だ。綺麗に磨かれて日の光を反射している。


 その前には白い花が数本、水の入った瓶の中で揺れていた。


「私の旦那と息子だよ」


 ジーナはそう紹介してくれた。


 畑の横に寄り添うように眠るそれらの周りには雑草一つなく、毎日念入りに手入れされているのが容易に分かる。


 ハイルは短い黙祷の後、気まずそうにジーナを振り返った。


「……もしや、その。聞いていいか分からないが」

「ご名答、とだけ言っておこうかね。荼毘に付したのは私だ。

 今となっちゃ、申し訳ない事をしたと思うよ。『消えてしまえ』と、そう願っちまったんだ。あの子達が死んだことを認めたくなかったんだよ」


 そっとジーナは大きい方の墓石を撫でた。

 何も刻まれていない石の表面を指先が滑る。


 燃やしたものが、そこにアッたという記憶すら燃やし尽くす『魔法』。


 しかしたとえば、その『魔法』で燃やしたのが死体だったなら。


 大事な人達と、彼らと過ごした時間そのものを燃やしてしまったとしたら。


「せめて、名前だけでもここに書いてやれたらねぇ」


 そう呟くジーナの声はか細かった。


 死を認めたくなかった。

 死んでいるはずがない。まだ生きているはずだ。なぜ。いやだ。違う、これは私の旦那と子どもなんかじゃない。

 消えろ。

 消えろ。

 全部、夢なんだ。

 いやだ、お願い……。


 お願い。全部、消えてしまえ。


 ハイルはニコルを振り返る。


 ニコルは少し離れた所から、腕を組んでそれを見ていた。

 視線に気が付き、首を振る。


「おれのは万能じゃねぇんだよ。死んだ人間は蘇らないし、消えちまったもんを元に戻すことはできない」

「そう簡単に戻るもんだとは私も思ってないよ。ありがとね」


 ジーナは立ち上がり、弱々しく微笑んだ。


「若旦那様とニコルには、これでもだいぶ無理を聞いてもらったんだよ。でなきゃ、私はここに墓標を立てることすらできなかった。感謝しているんだよ」

「その見返りに、情報の隠滅行為に手を貸しているのか」


 つい棘ついた物言いになってしまう。


「傷心のご婦人につけ入るよう真似など許されるものではない。貴女はそれでいいのか?」

「私は、私の『魔法』が人様の為になるならそれでいい」

「ニコル・ロスキー!」


 責めるように名を呼ぶと、ニコルは両手を上げて嘆息をついた。


「交渉したんはウェルフだ……って言っても仕方ねーな。実際、ジーナさんの『魔法』はおれらには必要だ。『魔法』のトラブルはなかったことにした方が、後々都合が良い」

「ふざけるな!それでは……」


 イェニの苦悩はなんだったのか。


 彼女は真実から目をそらし、その事実に苦しみ続けた。辛い過去を忘れ果て、自分自身すら見失った。

 そんな彼女を説き伏せ、早まった真似をやめさせたのはニコルであり、ウェルフだ。


 あれはただイェニを騙しすかす為の嘘だったというのか。


「『魔法』が発現した時点で、そいつは人間扱いされない。ただの災害だ」

「なっ…」

「タムバートにいたからピンとこねぇだろ?ウェルフに功績があるとすりゃそれだな。この大陸で唯一、『魔法』を擁護している場所だからよ。

 おれたちは、エンテルの名の下に守られてんだよ」

「は……っ、話を逸らすな!」


 苛立ちまぎれに叫ぶ。


 エンテルに庇護されているなど腹立たしい話だが、それとこれとは話が別だ。


 ニコルはじっとハイルを見つめていたが、やがて深いため息をついた。


 ハイルは顔がかっと熱くなるのを感じた。


「このぼくを愚弄しているのか!」

「おおっぴらにしない方が救われるもんもある。おたくだって心当たりがあるんだろ。おれに八つ当たりされても困るって」


 ハイルはぐっと詰まる。

 確かに、ついさっき頭の中でジーナの『魔法』の有用性を肯定したばかりだ。


 八つ当たりの自覚もある。


 それでも。

 ……それでも。


 あの黒い少女の、泣き顔が脳裏をちらつくのだ。


『自分をなかったことにしたい』と、そう切に願った彼女を救ったことを、今さら間違いだったなどと思いたくない。


 黙り込んだハイルの肩を、ニコルは痛いくらいに叩く。


 そして、ジーナに向き直った。


「なあ、ジーナさん。ちょいとおれからも頼まれて欲しいことがあるんだ」

「おや、珍しいね。私よりニコルの方がうまく私の『魔法』を使えるじゃないか」

「おれじゃ無理なことでさ」


 笑い、ハイルの肩を引き寄せる。


「こいつ、ハイルがもしここに来たら、力になってやってほしい。たぶん、これから結構お世話になるはずだから」

「なっ!?」

「なんだい、そんなこと?かまわないよ」

「おい、おいロスキー!?どういうことだ!?」

「どういうことってもさぁ」


 振りほどかれたニコルは頰を指で掻く。


「おたく、今後はどうするつもりだよ?」

「今後って」

「いや、おれたち来年学校卒業じゃん?ヴィクタ・リクタに帰るんじゃねぇの?」

「だからなんだと……っ!」


 言いながら、気付いてしまった。

 ニコルが言わんとしていることを。


 今まで先送りにしてきた問題を。


「今は、おれがいる。おたくが寝こけても、おれが叩き起こせる。

 でもおれがいなくなったら?おたくがタムバートを離れたら?おたくが『魔法』を制御できるならそれでいい。でも、できなくなったら?

 なあ、ハイル。その時、おたくはどうするんだ?」


 現実が突き刺さる。


 ハイルだけではない。ニコルもずっとその危険性に気が付いていた。

 自分が目を離した時。自分がそばにいない時。ハイルが倒れて、『魔法』に囚われてしまったら。


 その時、やっとハイルは理解した。


 ニコルは、この一月ずっとハイルへ注意を払い続けていたのだ。

 授業中も。休み時間も。友達と馬鹿騒ぎをして腹を抱えて笑っている時でさえ。

 もしハイルの『魔法』が暴走しても、すぐに自分が駆けつけられるように、と。


 だが、そんな生活はいつまでも続かない。

 いつか必ず破綻する。


 その時、ハイルはどうするのか?


「他人の心配してる場合じゃねぇだろ、おたくはさ」


 それだけ言って、ニコルはこの話を切り上げた。


「さ、早くマドレーヌ食っちまおうぜ!体冷えちまったよ」


 ころりと今までの真剣な雰囲気を忘れたように、ばたばたと部屋の中へと入っていく。

 ジーナも気遣わしげだったが、ニコルを追いかけて家に引っ込んだ。


 ハイルは、すぐには動けなかった。


 自分のこの身は、自分だけのものではない。ミケーレの、貴族の血が流れている。


 今はニコルのおかげでハイルの『魔法』は露見せずにすんでいる。

 ユイダの目を誤魔化し、学校へも言葉を濁し、ミケーレへなんとか報告が行かぬようにできている。

 しかしもし『魔法』の存在が明るみになってしまったら。



 許される事ではないと理解しながらも、結局縋るのではないのか。



 名もなき墓標が、静かにハイルを見つめていた。

次回投稿は12月22日23時です。

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