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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と狼男
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魔法収集家

 医者のようなものだ、と両親は教えてくれた。

 少し変わった人だが腕は確かで、今まで何人もの人を助けてきたらしい、と。

だからこそ、その人を訪ねろと言われた時は、とても抵抗があった。


 ぼくは病気じゃない。


 そう反駁すると両親はとても悲しい顔をして、お前のためだ、とくり返した。

 結局両親に説き伏せられる形で、この田舎町までやってきたのである。



「この子は祖父の友人からの預かりものでね。あまり驚かさないでやってくれ」

『んまあ。それは失礼』


 若旦那はすぐそばまでやってくると、至極当然のように握手を求めた。


「ようこそ、ロトトアへ。遠方からわざわざご苦労だったね」


 日焼けを知らない真っ白な指に、そろそろと浅黒い手を重ねる。赤ぎれや傷が多い自分の手が途端に恥ずかしく思えてくる。


彼は屋敷の主と思えないほどに若かった。

恐らく20歳を越えて間もないのではないだろうか。


眼鏡の奥の深緑の瞳がこちらを覗き込み、くつくつと可笑しそうに肩を震わせた。


「大方、お化け屋敷だとでも思っているのだろう?」

「えっ」

「隠さなくていい。ここらじゃ有名なんだから。もともとは普通の家だったんだが、いつの間にか不可思議なものばかり集まるようになってね。

私はウェルフ・スタントリー・エンテル。この屋敷の主だ。少しの間だがよろしく頼むよ」

(ウェルフ、エンテル。この人が……)


 ウェルフは静かな物腰の青年だった。


 やや堅苦しい口調だが気取った感じはなく、むしろ年齢以上に大人びた彼によく似合っている。

上等な服装やぴんと姿勢正しく伸ばされた背筋など、端々に育ちの良さを窺わせた。

鳶色の髪はうなじにかかるほどあり、整った顔立ちと相まって中性的な印象を受けた。


「不便はかけさせないつもりだが、もし困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。

ちょっとおかしなところもあるが、慣れれば良い所だ」


 エンテル家とは、屋敷のあるロトトア、タムバート、ゴルガスを含む北の地方を治める領主一族である。


 目の前にいる青年は、現領主の孫にあたるらしい。一族の直系でありながら本家から離れた別宅に住まう「変わり者」だとか。

道案内をしてくれた学生がそう教えてくれたのである。


 領主の補佐にあたるかたわら、かなり変わった趣味に没頭しているらしい、とも。


「あなたが……『魔法』収集家?ドクター・エンテル?」

「ドクターというのは止めてくれ。私は医者などではないんだ」


 ウェルフは本当に嫌そうな顔をした。

 あわてて謝罪を口にすると、


「かまわない。どうせ、医者のようなものだと説明されたのだろう」


 呆れた調子で息をつき、向かいのソファに腰をおろした。


「私はね、医者ではなく研究者だよ。

丘の下で私についてどのようなウワサがあるのかは興味もないが、ある特殊な症状を抱えた者を調べさせてもらう代わりに、対処方法を教えてやっているだけ。別に人助けが目的じゃあないんだよ」

「特殊な症状、ですか」

「そう。君の目の前にいる彼女がまさにそうだ」


 彼女、と背後の肖像画を指し示す。

 トラメ夫人はウェルフにたしなめられてから、ずっとつまらなさそうに扇子をぱたぱたと動かしていた。


『失礼ですわ、若旦那さま。人を指でさすなんて』


 夫人のつぶやく文句を、ウェルフは聞こえないふりをした。


「彼女がもともと人間だったと言ったら、君は信じるかね?」

「えぇっ」


「『魔法』と聞けば童話や伝説に出てくる不可思議な術を思い浮かべるかもしれないが、それとは根本的に違うものだと解釈してくれ。


我々が呼ぶ『魔法』とは現象、いや天災に類するものだ。


人の望みが意図せず叶ってしまう現象、とでもいえば分かりやすいかな。理屈や可能性の壁を超えた望みは時に災いをもたらす。私はそうした『魔法』について調査している。

夫人の身に起きた『魔法』は『自分が絵に変わる』というものだった」


トラメ夫人はもともと名のある貴族の令嬢だったそうだ。

その美貌と貴族という肩書ゆえ、公爵家の御曹司との婚約が決まった後でさえ、彼女を目当てに言いよってくる男性は後を絶たなかったとか。


 しかし、幸せの絶頂にいた彼女に悲劇が起こる。


 いつものように山のように届いた彼女宛ての贈り物の中から一枚の静物画を手に取った時、突如絵の中に引き込まれ、閉じ込められてしまったのだ。


「いつまでも美しくいたい、若いままでいたい。そんな望みが『魔法』によって叶ったのだろうと推測されるが、確かなことはもう分からない。

なにせ夫人が生まれた時代からもう二百年は経っているからね」

「二百年!」


 三年ほど前に、突然ウェルフは美術館の学芸員たちに呼ばれたのだという。その時のことを思い出して青年は苦笑をこぼす。


「とにかく来てくれと言われたから訪れてみたら、中の絵が動いて美術館中の学芸員を叱り飛ばしているじゃないか。

『壁の色が気に食わない』『扱いが雑だ』『埃がたまっている。ここの教育はどうなっているんだ』、そんなことをね」

『……致し方ありませんわ』


 トラメ夫人はばつが悪そうに紙面で口を尖らせた。


『ワタクシ、繊細なんですの。それなのに掃除は適当だし、移動の際に絵の具は欠けさせる。我慢の限界でしたのよ。黙っているからって、何でも許されると思って!』

「そのことがあってから学芸員たちが皆怯えてね。結局私が引き取ることになったんだ。それで今に至るという訳」


 あまりに突拍子もない話に声を失った。


『魔法』収集家と聞いてもあまりぴんと来ていなかったのだが、こうして信じられない光景を次々に目の当たりにして、ようやく『魔法』というものが実在するのだと認識できた。

 ぎゅっと膝の上で手を握る。

 ウェルフはこちらの反応を窺うように見つめていたが、


「君の名を、まだ聞かせてもらっていなかったね」


 そう促した。


「ロー。ロー・グロウディアです」


 そう答えると、ウェルフはほんの少し眉を動かした。


「ふむ……。では、グロウディア君。君は、なぜ自分が私のもとによこされたのか自覚はあるかね?」

「……若旦那様。ぼくは、どこも悪くないんです」


 そう訴えた。


「決して生活に支障はありません。ぼくの抱えているものは、全く無害のものです。だから貴方の手をわずらわせることはない……そう思っています。

お招きいただいておきながら、こんなことを言うのも失礼だと分かっているのですけれど……」

「全く無害、ね」


 こちらの言葉を繰り返し、ウェルフはとんとんとソファの手すりを指先で叩く。


「しかし、心当たりはある。そういった様子だね?」

「…………」


 返された沈黙に、青年は満足げに頷いた。


「さて、君の部屋へ案内しよう」

「えっ?」


 予想外の言葉だった。

 もっとあれこれ聞かれるのだと思っていたローは、あまりにあっさりと退いたウェルフに逆に困惑した。


「君がその気になってくれてから話してくれればいい。まず君は、自分のことをもっとよく知るべきだ」

「自分のこと、ですか」

「幸い、ここでは時間はたっぷりあるしね。なに、焦る必要もあるまい。

君の両親がここへよこしてくれたのも何かの縁だ。気の済むまでここに留まるといい」


 ウェルフはソファから腰を上げた。


「まずは荷物をおろしておいで。それから屋敷の中も紹介してあげるから」


次回、7月14日23:00に投稿します。

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