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4.屋台の勇者


 光の勇者と闇の魔女が、並んで饂飩をすすっている図。


 何処のカオスだ?


 ただズルズルと饂飩を啜るのもアレだ。

 当たり障りのない話題で誘ってみよう。


「町が綺麗ですよぅ」


 勇者の箸が止まる。


「嬢ちゃん……箸の使い方、上手だな」

 おぅふ!


 しまった! この世界で箸を使える人間なぞ滅多にいない!


「あれはな……魔女エルドラを倒した後の事だ」

 勇者が追憶モードに入りました。セーフです。セーフ! 


「人間社会は、一度滅んだんだ。いや! 人類のクソ文明がリセットされたのだ」

 お、おう! この世界の人類に対し、勇者と共通の認識でしたか。


「此処だけの話、魔女エルドラのナイスプレイのお陰さ」

 ナイスプレイ?


「彼女が全人類に大戦争を起こしてくれたお陰で、人類は社会的に深刻なダメージを負った」

 ……昔の戦争、一方的に負けた訳ではなかったようだな。


「あのクソ文明。根拠のない自信や、虚栄心を満たすためならどんな汚い手も使ったり、連中のねじ曲がった根性や、異常な自尊心や、何の取り柄もないくせに上から目線の態度や、少しでも裕福な村へのコンプレックスの塊や、隣村や隣国相手なら犯罪犯しても栄誉だと思うコミュ的性格だったり、自己中心的過ぎる性格や、反省という概念が欠落してたり、約束を平気で破棄したり、息をするように嘘をついたり、嘘がばれると逆切れしたり、嘘を嘘で上塗りする風習」


 同感!


「そんなのを全部綺麗に破壊してやった! 連中の思想を再構築し、再思想教育してやったんだよ!」

 ちょっとまて、勇者よ!


「お嬢ちゃん、何万人の人間をこの手に掛けたと思う?」

「さ、さあ? ただの人間の子供には分からないですよー」

 童女に血なまぐさい話はちょっと……。


「ゼロだよ。ゼロ。この世界の人間が、この世界の人間を始末してくれた。しかも喜び勇んで! 猟兵部隊と名付けた『エリート』の組織だがな。猟兵部隊も、最後は内ゲバで消えてしまったけどね!」


 それ知ってる! 闇落ち勇者って言うんだよ!

 大魔女エルドラもドン引きですよぅ。


「魔物とは、大戦に参加した人類の事だ。エルドラが率いた魔族の方がよほど人間らしかった。あの戦いの最中、ニンジャやデュラハンが人間に見えたから不思議だ」


 エルヴィン君にハンゾウ君かー。なつかしー。


「嬢ちゃん、知ってるかい? 第一世代の人類が、なんで人でなしになったのか? その理由を?」


 ええ、知っていますとも!

 それは、エルフの長老世代がちょっとした事で狂犬化するのと同じ理由なのよね。


「生命の危機、あるいは絶望に身を置くと、人は獣に成り下がるですよぅ」


 人類と違ってエルフは数が少なかった。よって、個の命より種の命を優先した。

 だから、長老達は種のために命を惜しもうとしない癖がついている。

 人類の不幸は、数が多かったこと。繁殖力に優れていたこと。寿命が短かったこと。


「……その通りだ。ではどうすれば、獣は人になる? 嬢ちゃんが王様や神様だったら、何をする?」


 それはエルフの里で、偶然発見、……もとい、意図的にわたしがしたことだね。

「安全を与えるですよー。食料だとか、衛生だとか、その他色々、楽しく生きる手段を作り出すですよー!」


「やはり、……頭良いね」

 勇者は、瞠目しつつ刮目し、わたしのお利口さん具合に最大限の賛辞を送ってきた!

 そこら辺の人間やエルフとは違うのだよ!


「俺は何にでも反対して補償を求める第一世代をぶん殴りながら文化化を推し進めた。文化大革命だ!」

「危ない単語ですよー!」


 人類の長所は、世代交代が速い事だ。

 昔の出来事や考え方を正確に受け継いで行くかと言えば怪しいだろう。


「文盲の多いこの世界。歴史は人の記憶でしか受け継がれない。揮発性の高い記憶で、だ。ならば、根気よく古い記憶を潰し、根気よく新しく『調整』された歴史を文字で、上から記録していけばいい。いずれ古い世代は死んでいく。記録を残さずにな!」


「な、なにゆえそのような事を年端もいかない童女にするですかよー?」

「こまけーこたーいいんだよ! 現に、俺の話についてきてるじゃねーか!」


 危ない! 8歳児(見た目)がついて行ける話ではない。わたしの中身を疑われる!  

 この辺で手を引くですよー。


 ところが、勇者の心に火がついてしまった模様。

「クソみたいな大戦中の人間が第1世代だとすると、大戦後に教育を施した世代が第2世代! 第2世代と交代したのが現在の人類事、第3世代ッ! この第3世代こそが、正しい人類の礎となるのだ! ハァハァハァ!」


「オヤジさん、勇者さんにお水を!」

 顔が真っ赤だぞ! 血圧は大丈夫か? 


「うむ、すまん! 俺とした事が、お陰で落ち着いた」

 頬は上気したままだが、血圧は下がったようで何よりだ。


 ……いや、わたしは勇者の血圧を心配してはいけない立場なのだが。


 しばらく、二人で饂飩を啜っていた。オヤジさんは火の調整に意識を集中している。

 気がつくと、啜る音が、わたし一つだけになっていた。

 勇者は、ドンブリから顔を上げ、真っ直ぐ前を見ている。その視線はオヤジさんの頭上を矢のように通り越し、夜の闇に消えていた。


「エルドラは……」

 また心臓に悪い単語を出す。


 顎を引き、わたしの顔に視線を移動させた。

「俺より先に、人類の悪に気がついていたのだろうか?」


「わたしに聞かれても困るですよー。ただの人間の子供ですよー」

 勇者の目が、哀しげな色を帯びて見えたのは気のせいだろうか?


「エルドラが戦った……あの大戦争は、この為の物だったんだろうか?」

「エ、エルドラさんは、悪の大魔法使いですよー。正義の為に戦うはずないですよー」


 そう、わたしは人類を矯正するつもりは無かった。そんな気も起こらなかった。

 人類に見切りを付けたのだ。真面目に滅ぼそうとしていた。


 ……勇者は、わたしよりお利口さんだっただけだ。   


 勇者は、わたしから僅かばかり視線を外した。考え中モードの模様。

 そして、やおら饂飩の残りを啜り始める。わたしも食べだした。


 勇者が先に食べ終わる。ドンブリを傾け、汁を残さず飲み干す。


「ごちそうさま。此処に置いとくよ」

「まいどありー」


 勇者が暖簾に手を掛けた。

「もし、エルドラが生きていたら、友達になれたかも知れないな。知っているかい、お嬢ちゃん? 長続きする友達の条件は、価値観が共通しているか否か。その一点だ。同じ物を綺麗と感じ、同じ事を悪と感じる」


「お友達ですかよー?」

 ちょっと想像が付きません。


「やは! 城へ招きたいな。ゆっくりと話がしたい。なにせ俺にはもう時間が残されていないからね」

 勇者は暖簾をくぐった。


 じゃあ! という言葉を背中から掛けて、夜の闇の中へ歩いて行った。


「ふぅー!」

 溜息がこぼれた。


 突然気づいた。殺伐とした緊張感が消えていたことに。


 ……そうか、勇者は、充実した人生を異世界で送ったのだ。


「お嬢ちゃん、あっしが心を込めて作った饂飩だ。冷めないうちに食べてくんな」


 そうそう、饂飩に罪は無い。

 いまだ冷める事を知らない饂飩を胃の腑に落とし込む作業に舞い戻ろう。

 お揚げさんが甘辛く煮付けられている。ジューシーである! 褒めてつかわす!

 濃いめのお汁は、乾燥させた青魚の出汁に、醤油で味を調えたもの。 


「ふうー」

 体が温もった。一息つく。


 ふと、ある考えが頭をよぎる。 

 勇者は、高齢。放って置いても老衰で死ぬだろう。


 死ぬ間際、人生を振り返ってこう思うだろう。

「満更でもない人生だった」


 エルドラという悪の化身が壊した世界を再生し発展させたのだ。さぞや満足のいく生き様だった事であろう。


 ハンゾウとエルヴィンは、勇者が作るであろう平和で豊かな人間社会の犠牲となった。

 あいつらの屍の上に、人類による民意豊かな社会が形成されているのだ。


 そうかー。あいつらの死も無駄じゃなかったんだー。


「あ、あれ?」

 涙がドンブリに落ちた。


 後から後から涙が湧いて出る。ボトボトとドンブリに落ちていく。

 なんで?


 それは――


「悔しい!」

 ……そうか、わたしは悔しがっているんだ。


 ハンゾウやエルヴィンは、人類なんかのために死んだんじゃない!

「どうした? 嬢ちゃん?」

 心配したオヤジさんが声を掛けてくれる。


 人の優しさが身に染みる。わたしが欲しかった人間の優しさだ。この優しさも勇者が作った物だ。


 勇者にケジメをつけたい! あいつには、寿命でなんか死んで欲しくない!

 そうだ! 今から追えば、あいつが城へ入る前に追いつく!


 立ち上がろうとして――思いとどまった。


 エルフが勇者殺害に関係したとしたら、ニンゲンはエルフに戦いを挑むだろう。

 エルフはそれを受けて立つ。そして滅びる。


 それは……したくない。


 エルフ共は、わたしが生与奪を握る下僕!

 下僕を戦いに巻き込む事を避けるべき理知的な理由は……理由は……。


 そうだ! わたしはエルフのさきがけとして、人間社会へ根を下ろさなければならない。だからエルフの為にならない事は避けねばならない。……それが理由だ!


 手を下せない。


 わたしは、今、本当の意味で勇者に負けた。


「あいつが生きていれば……」

「はぁ、お嬢ちゃんのお知り合いですかい?」


「お友達ですよぅ……」

 ハンゾウの腕を持ってすれば、今の勇者なら容易く殺せるだろう。捜査の手が、わたしにまで辿り着く事も無かろう。


 あれから80年が過ぎている。ハンゾウが生きている方がおかしい。

 ……諦めよう。

 

「嬢ちゃん、よく分かんねぇけど、また饂飩を食べにおいで」

 オヤジさんの言葉が暖かい。それが苦しい。


「わたしは饂飩よりラーメンが好きなのですよぅ!」

「そ、そうかい? ラーメン? ラーメンね」

 間抜けな顔をしてオヤジさんが小首を傾げた。


 わたしは饂飩の残りをすする。熱は冷め、ぬるくなっていた。


「ごちそうさまでした」


 手をカウンターにおいた拍子に、ドンブリに小指を引っかけてしまった。

 ひっくり返りはしなかったが、飛び散った汁が手についた。


「おっと! 嬢ちゃんの手を汚しちゃいけねぇな。おじさんが綺麗に拭いてやろう。そら!」


 どこからか温かい湯で洗った真っ白な布を取りだしたオヤジさん。

 わたしの手を丁寧に拭いてくれた。




 宿屋へ戻ろう。

 明日、帝都を旅立とう。





 

 わたしは椅子から飛び降りた。

 お利口さんのわたしは、代金支払いを誤魔化したりはしない。


「おいくらですか?」

「へい、16ユーラです」


「細かいから手を出して。1、2、3、4、今何時で?」

「へい、朝の3時です」

「4、5、6、7、8、9、10――」




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