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3.学術的帝都調査


 帝都に来て2日目。


 はたして、帝都ゾルはアンテナショップを出すに相応しい町だろうか?

 人だけはごった返しているが。――人に酔ってしまったが。


 経験上、こういう時は足で見てまわるのが良いと心得ている。


 政治経済の中心部、市場で……串肉を調査した。

 美味、美味。


 次は……あの揚げパンを調査してみよう。

 これは! 柔らかなパン生地が油分を含んで、お口の中でじゅわーっと。

 美味、美味。


 けしからん! 次だ次! 勝負だ蒸しまんじゅう!

 美味、美味。


 夜、Xナンバーが付けられたままの整腸剤を飲んで就寝。



 3日目。

 市場調査は休止とする。


 絶食して胃と腸を休める。さすがに反省した。

 ハチに寝ると伝える。



 4日目。

 目が覚めると夜だった。


 体調が戻っていた。

 戻って来た途端、お腹が鳴った。内臓が回復した証拠である。


 ここで安心し、消化の悪い物を食べてはいけない。

 学習能力の賜である。


 こんどこそ柔らかくて暖かくて消化に良い物を求め、フラフラと外へ出る。

 この宿は朝食しか出さないのだ。食事は外で取る。


 お外、真っ暗。

 いったい今は何時なんでしょうねー?


 店が全部閉まってる。

 季節は春先。夜は体の芯から冷える。


 もう少し先なら、もう少し先にあるかも、とどんどん歩いて行って、とうとう町外れ。

 力尽きそうなったその時! 良い匂いに遭遇。明かりが見える。屋台だ! 湯気が出ている。


 ぐるるるー。

 ……お腹が鳴いた。


 どこか懐かしい香りが漂ってくる。

 看板が明かりに浮かんでいた。


「あ、あた……りや? 当たり矢? 時蕎麦?」


 暖簾……ですな? 紺に染め抜いた暖簾が掛かっている。暖簾をくぐらなければ中が見えない仕組み。中々やるな!


 しかし、わたしの低身長を甘く見てもらっては困る。

 長椅子が置かれていて、屋台の奥には貧相な親父が一人きり。

 やるか?


「お御免ですよー」


 暖簾をくぐって長椅子によじ登る。この椅子は大人向けの高さなのだ。子供に厳しい設計である。椅子の上で正座してちょうど良い高さとなった。


「へいらっしゃい! ……っと、これは可愛いお子様で」

 オヤジがビックリしていた。


「ここは何を出す屋台ですかよぅ?」


 身長差が、親父の顔を下から見上げる位置にわたしを置いている。

 毛髪量少なめで白髪交じりの頭は、天辺が綺麗に禿げている。

 馬面で、目は丸くて眠たげな半眼。長い鼻の下にちょび髭を生やした貧相な面。

 背は高い方だが、生憎背中が丸い。

 どこから見て平和な顔。第2世代の人間だろう。


 そんなオヤジが、のんびりした声を出す。


「饂飩です」

 ウドン!?


「ご存じですかな? これ」

 ざるに入った饂飩玉を見せてくれる。饂飩だ。


 何故にチキュ世界の食べ物? この親爺、転生者か?


「珍しいでしょう? 私も見たこと無い食べ物でして。勇者殿より開発を命じられましてね。試行錯誤の結果、どうにかオーケーをもらった料理なんですよ」


 あの勇者が……。

 ってことは、近くに勇者が居るって事にもなるが?


「よく見えられるんですよ、勇者殿は。うまいうまいと、何杯もお食べになる。王室御用達の看板を許されてるんですけどね、おこがましいんでお断りしてるんですよ」


 やっぱり! よく来るんだ。

 バレはしないだろうけど、念には念を入れた方が良い。あいつ、勘が鋭いからな。

 しかし、異世界で巡り会った饂飩。今の体調にぴったりの料理。


「ぐぎゅるー!」

 お腹が泣いた。すまぬ胃よ、ここで長居するわけには……メニューは素うどん・きつねうどん・天ぷらうどん、この3つか……


 まてまてまて! 命か饂飩かと言われれば命だろう?


「一番苦労したのはショウユ作りですかね」

 ああ、醤油。醤油と魚介の出汁。良い匂い。

 いかん、これはコーメーの罠だ!


「あ!」


 なんだろう? 心臓が……いや、体の中の液体が波打った。

 背後に――夜の闇に何かがいる?


 これは……敵だ!


「おいオヤジ! いつものくれ!」

 長いすが揺れる。暖簾を勢いよく跳ね上げ、でかい爺さんが隣に座ったのだ。


「へいらっしゃい!」


 泡立つ汗腺。

 この気配は……。


 落ち着けわたし! ヤツは120歳を超えた「人間」の老人だ。今更何が出来る!


 カウンターに手が置かれる。わたしの手の横に。

 またわたしの体液がざわめく。

 老人の手だ。

 皮膚の水分量が少ない。幾つかのシミが目立つ、それでいて大きな手。


 そっと、ごく自然に、視線を手から腕へ沿わす。

 筋肉質に違いないが、細い。剣を振り回せる腕じゃない。


 視線は止まらない。上へ上へ自然に上がっていく。

 筋の目立つ首筋。その上に――。


 ……なんとも、変わり果てた……。


 薄くなった髪。骨と皮が目立つ。穏やかな目をした老人だ。

 これが勇者か? 勇者だった男なのか?


 とてもじゃないが、全知全能を掛けて殺し合った勇者とは思えない。


 老人は、顔を傾けた。

 目が合った。


「うひぃー!」

 思わず悲鳴が出てきた。


「やは! ずいぶんと小さい子だな? ビックリさせたかね? ん?」

 眉毛がハの字になった好々爺。眼光は鋭い。

 まさか、見抜かれたか? 冷や汗が流れる


「へいお待ち! 勇者様!」

 オヤジが湯気の立つドンブリを差し出した。天ぷら饂飩だ。


 勇者の注意が、ドンブリに向いた。

 グッドタイミング! オヤジ!


 勇者は、満面の笑みを浮かべ、饂飩をすすり始めた。

 心臓のドキドキが止まらない。緊張で胃が萎む!






「お嬢ちゃんは? あ、お食べになる。トッピングは何に――キツネ? よくご存じで。なるべく熱く? 承知しやした。すぐお出しいたしやす」




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