2.人間の町へ
うっかりのハチこと、しっかり者のハチリアーノを案内に雇い、王都ゾラへと向かう。
ゾラ王国の王都ゾラ。
前世で引き起こした世界大戦において、中心的役割を担った狂犬の中の狂犬、軍事国家
ゾラ帝国。勇者を召喚したのもこの国だ。
白紙の森出口からゾラまで、人の足で14日はかかる。
昔なら。
ハチの話によると、今のご時世は5日で移動できるらしい。
新しくゾラの王となった勇者が、街道を整備し、乗り継ぎ馬車機構を作ったので、流通ならびに運輸事業に革命が起こったのだと。
平和な世界だからこそ為しえる改革だ。
見知らぬ人間共の血税で補助されているから安い運賃で済む!
その恩恵にあずかり、ハチともども乗合馬車の上の人となっている。
楽ちんである。勇者が汗水垂らして作ったシステムに胡座をかいて乗る。しかも税金は払ってない!
実に気持ちよい! ウハハハハッ! 歌でも一曲歌いたい気分だ!
「そんなこんなで、衛星国家群を率いられた勇者様のおかげで、世の中は平和に成りやした。勇者様は、今向かってる王都におられます。一昔前まであちらこちらを飛び回っておいででしたが、寄る年波には勝てず、後を継いだ王子に実権を渡して、お城の一角に隠居屋敷を建て、悠々自適に暮らしておいでです」
「あのやろうまだ生きてたですか?」
最終決戦から80年だぞ? 聖剣を振り回してた時の外見は20歳あちこちのハズ。
「たしか今年で、……123歳になられるはずです。へい」
よう生きとったの。その年ではヨボヨボだろう。
なんかこう……王都に向かうからには、ケジメを付けようかと、再戦も覚悟しておったが……、123歳か。並びが良いな。
寝たきり老人を相手にハッスルしてもせんないですよぅ。
「おやお嬢ちゃん、まだ小さいのに勉強熱心ね」
同乗のお婆さんが、ニコニコ顔でこっちを見ている。
ふっ、外見が子供だからって、中身まで子供だと誰が言った? わたしの中身は世界を相手に大戦を挑んだ――
「お菓子食べる?」
「はいですよー」
喜んで受け取りましたよ。
「ちなみにハチよ、ハチは王都に住んでやがるのですかよー?」
「あっしはね、副王都と呼ばれているトラントに住んでるんですよ。そこでお国の仕事をしてるんでさ」
胸を張るハチ。背筋がぴんと伸びている。仕事が自慢なんだろうね。
「公務員ですかよー?」
ハチは、今までで一番哀しそうな表情をしている。
「えーっとね、話せば複雑なんだけどね。あと長いし……」
「ニアはお利口さんですから、理解は早いですよー」
「えーっと、えーっと、お国の仕事の、下請け? の下請け? 的な? 言わば自由業ってやつでさあ」
ああ、バイトか……。辛いな……。
しかし、トラントか……因縁だなぁ。戦上手でずいぶん苦しめられたしね。まあよい。
「お国の仕事の孫請け業者が、なんで白紙の森で狼に囲まれていたですよー?」
「えーとね、これも話せば長い事ながら。今回は世話になってる親っさんが受けた仕事の丸投げ……お手伝いでね。白紙の森の調査でやんした」
ハチは都会っ子らしく口が良くまわる。まわる口で仕事を取ってくるタイプなのだろう。
「ここしばらく、あちらこちらでエルフが見られるようになっておりやしてですね、いままで引きこもりだったエルフが、なんで今になって出てきたのかなー? と、上が考えたようでして、はい! こちらからも軽く調査を入れようという事になりまして、露払いとしてあっしがやって来たと、そういうわけでして!」
調査する者は調査される。数次に渡る調査隊が徒となったか。だが、この程度は想定済みだ。
それにしても、……確かに、丸くなった人間が多くなってきているようだ。
王都のイミグレ。
ハチの言ったとおり、大人が付いていれば問題無く通過できた。
ああみえてハチは顔が広い。検問の係員とも昵懇の中らしく、顔パス状態。幼子を連れている理由が、これまた上手な言い訳だった。
現在、王都の中央王通りに立って感嘆している。
今ココ。
わたしは丹田より発せられる気を脊柱より巡回させ気を吐いていた。
「おおおおおお!」
すげーよ! 控えめに見ても時代劇で見る江戸の町クラスだ。
狂犬だった生物が、立派に列を作って商品を購入している。ぶつかったら、互いに謝り合っている。おつりを誤魔化したりしない。代金を暴力で支払ったりしない。
狂犬社会から文化社会にまで、よくぞ引き上げられた。勇者ぱねぇ!
「さてニアちゃん。遅くなりましたが、お昼ご飯を食べましょう。安くて旨い店があるんですよ。ご案内します」
ご飯か! ここまで文化レベルが上昇したのだ。期待しても良いのだろうな!
「ハチ君、頼りになるですよぅ!」
わたし達は宿屋街の隅っこにある食堂へ入った。
「エルフ……もとい、子供でも食べられる野菜料理も豊富な店です。どれでもお勧めですよ!」
幾つかのテーブルと椅子の並ぶ店。規模は大きからず小さからず。昼時を過ぎているのに、客は八分の入り。
奥まった席に案内された。椅子に座るも、大人用の椅子。足をブラブラさせている。
むぅ! 不親切な店め!
「メニューを見て選んでください。『人間』の字は読めますか?」
「大丈夫ですよぅ!」
板に書かれたメニュー。
品数は少ないが、どれもこれも見覚えの有る料理だ。
「野菜サラダとか、野菜の煮付けとか、この店は美味しいですよ」
わたしの目は、メニュー板の一点に釘付けとなっていた。
「と、とトンカツ定食を頼むですよぅ!」
肉だ! 豚だ! カツだ! 史上最強のコンビだ!
椅子の件は取り消してくれよう!
「肉ですよ? 動物の肉。間違ってませんか? はぁ、間違ってないと。お姉ちゃん! こちらのレディにトンカツ定食1つ。あっしは唐揚げ定食ね!」
「まいどー!」
オーダーが通った!
オーダーが通った!
トンカツ定食が此処にある!
トンカツ定食が此処にある!
とても大事な事なので、ダブルで2回言いました。
「はいお待ちー!」
二人の料理が同時に! わたしのトンカツ定食と一緒に運ばれてきた。
これで木の葉丼が先に運ばれた際には、広域破滅魔法をぶちかまそうと思っていたところだ!
命拾いしたな! 王都ゾラよ!
わたしの目の前には黄金に輝く楕円立体構成物が! カリカリとした衣が尖った角を主張して止まない! 付け合わせのキャベツの千切りが瑞々しくて、以下添え物に付き略!
「い、いたたたます!」
「噛み噛み頂きました。お姉ちゃん、白米をどんぶりで3杯追加!」
ハチが何やらほざいてるが、意味のある単語として脳に入ってこない。
目の前には夢にまで見た至宝! トンカツが横たわっているからだ!
茶色いソースを掛ける。トンカツの為だけに厳選されたトンカツソースだ! きっとそうなんだ!
最初は真ん中だ。
箸で一切れ摘む。
ああっ! 箸を通して伝わるカリカリ感、肉の重み、ジューシーさ!
微細に震える手を制御し、口に運ぶ。歯を立てる。
カリッ! 口に広がる衣の食感!
ぐいっ! 肉はすんなりと幼子の歯を通した!
ジュワーッ! 広がる衣の油と肉汁と脂!
パーフェクト・カルテットーッ! 今、どこかの次元で一つの銀河が吹き飛んだ!
甘い! 甘い!
咬み千切る。咀嚼する。飲み込む。
ご飯を一口。口の中の油分がご飯に混じり、うま味を舌が受信した。
咀嚼して飲み込む。
ご飯は、うまさを引き出すと同時に余計な脂を口腔より除去する。一兎追う者、二兎まで得られる! 一人二役の名俳優。
次は次は次は次はーっ! カツの端っこッ! カリカリのとこ!
端を舐めてはいけない。上下左右だけでなく側面までもが黄金の衣に覆われた、言わば重装甲突撃騎士!
突撃するのはわたしの口の中。わたしの胃袋だ!
さあ来いさあ来い! 来た来た来たー!
うまい! 旨い! 旨いっ……、ぞー!
(口と目から光が放たれる)
「ごちそうさまでしたですよぅ」
あっという間に食べ終わった。
満腹である。
ぶっちゃけ、許容量を上回る収容量。我が胃よ、よくぞ受け入れてくれた。
今日この日のだけに、一生に一度しか使えぬ「脱力」の技を使ったのだな?
命知らずなヤツめ! お主の忠義、見事である!
満腹感も味覚の一つ。わたしはそう思う。
「ごっそさんでした」
ハチの前にも、空のどんぶりが4杯鎮座していた。
「白米3杯頂けました。有り難うございました」
ぽっちゃりとした体型から、食べる方だと思っていたが、想像以上に食べるな、こやつ。
食べた後は、宿屋にチェックイン。
木造で古い建物だけど、隅々が磨かれていて、清潔感溢れる心地よい宿だ。
これもハチの定宿だろうか?
「いえ、お客さん連れの時にご用意する、ちょいとばかり上等の宿でさぁ。犯罪とは無縁の律儀な店ですんで、安心してお休みください」
わたしの部屋は二階の南に面した場所だった。高級ではないが、そこそこ良い部屋だ。
シーツも綺麗で変な匂いも無い。
気に入った!
「長旅でお疲れでしょうから、晩ご飯までゆっくりお休みください。明日は町の見学をしましょう! 面白い所があるんですよ、もちろん健全な意味で!」
紳士を自称するだけあってアテンドは完璧だ。
ハチ氏と夕食を約束し、部屋に荷物を降ろす。
ばふん! とベッドに飛び込んだ。
夕食が待ち遠しいぞ!
グギュル!
「うっ!」
いかん! ゲーリー様降臨の予感!
ギュルグルルッ!
暗黒界からの咆吼が聞こえるぞ!
これは、トンカツを受け入れた反動か?
エルフは菜食主義者。魚や脂肪の少ない鳥は食べるが、四つ足は食べない。
慣れない物を食べたからか!?
胃は受け入れたが、腸の鍛え方が足りなかったのだ!
吐き出すか? いや、わたしは大魔法使い! 一度受け入れた者を追い出したりない!
リュックに入れていた収納袋を取り出し、手を突っ込む。整腸剤を取り出し飲み込んだ。
トイレへ走る事数回。
どうにか落ち着いた。
ハチが迎えに来るまでに。
夕食は、柔らかい物にしよう。……ミルク粥とか。
「さて、夕食は何にしますか?」
昼とは違う食事処へ連れて行ってもらった。
メニューを開く。
暖かくて柔らかい物を注文して、今夜は早く寝よう。
「カツ丼、お願いします」