1.ハチリアーノ
水温む春。
わたしはエルフの里を後にした。
旅用のコートにリュックサック(ウィクトリー手製の猫柄リュック)。
腰のベルトに護身用ナイフとスリングを差し込んでいる。一般的な旅人の護身具の範疇であり、物騒なこしらえではなかろう。
もとより、わたしの主武器は攻撃魔法だからのー。なにせ高位の魔法使いだしー。
森で獣に襲われて、不用意に魔法をぶっ放せば、対象物は粉微塵に成りかねんし。ビジュアル的にいかがな物かと誰しもが思うところ。
それに比べ、ナイフは爪代わりみたいな可愛い小物である。
旅用のブーツで凸凹した森の小道を踏みしめながら歩く事、数時間。
次元が折り重なってる一番の難所を難なく抜けたわたしは、なにげに高性能(自慢)。
通常の森を抜ければ、大きな街道に接続する小道に出る。その街道は王都に通じているので、道を迷う事は無い。
気をつける点と言えば、幾つかの狼の群が生息している事であろう。
しかし、北の魔王をいじめ抜いていた大魔女エルドラの生まれ変わりであるニア様の手に掛かっては、寝転がっていた小犬のお腹をよしよしするのも同然! モッフモッフにしてくれよう!
「だれかー! 助けてー!」
おいおいおい! さっそくかよ!
悲鳴と共に、狼の鳴き声が聞こえてくる。
この鳴き声は獲物を追い詰める時のだ。それもクライマックス用。
人間など放っておいてもよいが、血に狂った狼が、興味の矛先をこちらに向けるのも業腹だ。
どーれ! 先生が助けてしんぜよう。
エルフ特有の長い耳をニット帽の中に隠す。エルフの子供がウロウロしていては性犯罪の元になりかねん。特にわたしは、エルフの中でも可愛いお子様であったからのー。
手頃な石ころを拾いつつ、声がした方へ走り出す。
見えた見えた。
木の高い所でしがみついている人間の下で、狼が10匹あまり吠え立てている。
狼は、間抜けな人間に興奮しているので、わたしに気づいていない。
ベルトからスリングを引き抜き、小石を装填。
ぐるぐると回し、狙いを付ける。
魔力チャージ完了!
発射!
一番近い狼の……僅かに逸れて……近接信管始動! 爆発!
「ギャウン!」
3匹が巻き込まれた。
スリング+5・β版(暴発の危険性有り)。
近接信管付き弾丸発射スリング。火系の魔法を仕込んだ魔方陣が、弾である石に転写される。鋤を作る工程で派生した技術を転用したのですよぅ!
近くにいた狼は戦意を喪失。一方、反対側にいた狼は戦意を保持していた。
「ウラーーーーーララララー!」
雄叫びを上げながら狼に向かって走り出し、護身用のナイフを抜き放つ。
刃背にセレーションを付け、ハンドル部にコンテナを意匠した、無駄にサバイバルなナイフ風なのだ。
わたしの殺気に狼狽えている狼共の真ん中につっこんでいく!
「卍●!」
魔力を発動させるキーワード。
刀身が1.5倍に伸び、刀身から光が延びる!
一番大きな個体を狙い、勢いよく逆袈裟に切り上げた
狼の臍下から肩口に、光の刃が駆け抜ける。
ナイフ+5・α版(発動時、爆発の危険性有り)。
エルフ語の開発コード名は「ライ・トセィ・ヴァアー」。
鎌を作る工程で派生した技術を転用したですよぅ。
真っ二つになった狼は、わたしの両脇を飛んでいき、後ろの下草へ音を立てて落下した。
グポーン!
ナイフ+5・α版(発動時、爆発の危険性有り)を青眼に構え、一歩踏み出した。
狼共は一歩下がる。
ニヤリと笑ってみる。
狼の群は戦略的後退をした。正しい判断だ。
「もう大丈夫ですよぅ。降りていいですよぅ!」
よほど怖かったのだろう。気が緩んだのか、ほぼ自然落下の形で木から降りてきた。
尻餅をつかなかった点は褒めてやろう。
人間は男だ。ぽっちゃり系の中背。年は20代半ばか? 前髪が後退し掛かっている。
鷲鼻が無ければ抜けた顔つき、……訂正、鼻が無くても抜けた顔つきだ。
ぱっと見、旅の商人っぽい。荷物は持ってないが。
わたしを認識するやいなや、人懐っこそうな笑顔になった。
「いやー助かっ――」
突如、男の顔が引き締まる。
まさかエルフである事がばれたか? この完璧な変装を見破られたとでも!?
「そのまま! そのまま!」
男は、素く右手の茂みへ走る。一挙動で茂みからズタ袋を掴み出した。
袋の中に手を突っ込んで、木製の小箱を取り出す。
どかっと胡座を組み、おもむろに蓋を開ける。
中身は……白飯だった。人間界は、米食が普及している模様で羨ましい。
男は箸を取り出し、わたしを見ながらバクバクっと飯をかき込んでいく。あっという間に弁当箱は空っぽになった。
「ふう、あと2杯はいけますな!」
「……何をおかずにメシを食べてるのですよぅ?」
「フッ!」
男は、急に立ち上がって、後退した前髪を無理にかき上げた。頭の上の方で手が動いている。
「ご安心ください。私は人間である前に紳士ですから。ノータッチ推進委員会名誉副書記長ですから」
助けない方が良かった思いが、フツフツと湧いてきた。
「あっしの……私の名はハチリアーノ。口の悪い友達からは、しっかり者のハチリアーノと呼ばれております」
うっかり者の間違いであろう。
「失礼ですが、レディのお名前を聞いてよろしかったでしょうか?」
慣れない敬語は使わない方が良い。その見本が目の前にいる。
「わたしの名はニア。ニア・アルフィス・メッツェン・ティーフィア。どこにでもいる人間の子供ですよー。それでは、さよならですよー」
手を振ってバイバイした。
「お、お待ちください! ニア様は見たところ旅姿! 幼女猊下の一人旅は危険です! どうか、あっしに旅の護衛を御命じ下さい!」
「ばいばーい」
つれなくするも、食い下がってきた。
「これから先、有象無象に群雄割拠するむさ苦しい男共が闊歩する社会が待ち受けております。ましてや幼女お一人様で町の検問をどうやってお潜りになるおつもりですか? よしんば、検問を無事突破されたとして、宿は? そのお姿では何処も泊めてはくれませぬぞ! 幼女目当ての変態や幼女目当ての危ない商法にいちいち引っかかるのも煩わしくありませんかぁーっ!?」
最後泣き出したよコイツ。
ゴロツキ相手に遅れはとらぬし、検問を通らなくても町へ入る技術は持っていけど……。
宿は確かに厄介だ。
改めてハチリアーノを観察する。
上手く立ち回れるような器用さを感じない。悪人独特のオーラも感じない。
箸を上手く使って白飯を食ってたし、どことなく昔使ってたハンゾウを連想させる。
……結論として、狂犬じゃなさそうだ。
……隠れ狂犬だったとしたら、何処かの山へ埋めればいい。
考えるに、調査団の報告通り、人間の民意レベルが上昇している結果だろう。
ハチリアーノは、年齢的に第3世代なんだろうとアタリを付ける。
「うみゅ! そこまで言うなら、旅のガイドを願うですよぅ」
「有り難き幸せ!」
「改めて挨拶するですよ。わたしは『人間』のニアですよぅ」
ここまで「人間」を強調すれば、よもやわたしがエルフだとは考えまい!
「高貴なエルフ、ではなくて?」
「高貴なエルフ、ではなくて人間ですよー」
「ほほう、人間ですか?」
「人間ですよー」
「はいはい、どこをどう見ても人間で!」
ハチリアーノは、温かいものを見るかのように、ほっこりと笑う。
ほら! 頭の悪い人間を丸め込むなど容易いことである。
「よろしく頼むですよー。ハチリャラ……」
あ、噛んだ。
「噛み噛み頂きました! あっしの事は、お気軽にハチとお呼びください!」
こうして、お供が一人できたのであった。
共の1人や2人見繕うのはビフォア・チャメシなのである。なぜなら、わたしはお利口さんだからだ!




