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12.トラントシティ・料理対決・案内状編

 とある日の朝、珍しく金の蔓商店会長ボンセが、アルフィス薬剤店にやってきた。いつも通り、腰巾着のランドを連れて。


「邪魔するよ」

「邪魔するなら帰れ! ですよー」

「……今日は、頼み事があってワザワザやってきてやった。これ、入り口に張っとけ」


 テンプレを無視して話を進めるとは、剛毅な男である。

 ペコペコしているランドより手渡されたのは、筒状の紙。まるきりポスター。

 アイボに危険が無いかを嗅覚で確認させてから、広げた。


「料理対決? ですかよぅ?」

 まさかこの世界でフードバトルが開催されるとは!

 そこには開催日時と開催場所、そして出場者募集の言葉が書き連ねてあった。


「ああそうだ。『暖かい我が家亭』が開催場所だ。中庭だけで『麗しのトラント亭』の3倍はある超一流料亭だ」

 鼻の穴を広げてふんぞり返るボンセ。その姿はまさにLev99のヒキガエル。


「しかしなんで薬屋が料理など……おや? 主催者は『金の蔓商会』になってるですよー!」

「ふふん! チビッコは知らないだろうな。お前が田舎に引っ込んでいた時に――」

「引っ込んでいたのは先代のニアであって、わたしことミアとは別人ですよー!」

「――先代のニア君が田舎に引っ込んでいた時を同じくして、金の蔓商店は食品業にも手を出していたのだよ、フォッフォッフォッ!」


「水仙をニラと称して安く売り、解毒剤で荒稼ぎする計画ですかよ-!」

「違うわバカヤロウ! 売るのは食材じゃなくて調味料だ!」

 カエルが液体の入った容器を取り出して振り回している。


「ご説明いたしましょう」

 眉をハの字にしたまま、ランドが解説役を買って出てきた。


 曰く……、

 薬屋はハーブも扱う。余った在庫ハーブを利用して、何か作れないだろうか? とボンセは考えた。

 紆余曲折があって、新しいソースを作ったらしい。

 その名もゴールデンソース。

 材料は食酢、カタクチイワシ粉、酸味付けの豆類、ネギやラッキョの仲間、タマネギ、各種香辛料、ハーブにグリーンレイシ、塩などなど。


「グリーンレイシが入ってるですよー!」

 ……やろう! いつぞやの高額在庫品を消費する為に開発したですよー!


 経緯はともかく、現物を見せてもらった。

「ぺろり!」

 見た目、味、共にチキュのウスターソースに似てないこともない調味料だった。


 チキュでも、1830年代に、イギリス・ウスター地方の何とか言う貴族が、イギリスの植民地であった何とかという植民地から、現地ソースの作り方をリスペクトし、薬剤師に作らせたのがウスターソースの原型の原型、と、ボヤッとした記憶にある。

 この世界の薬屋はハーブも取り扱っている。ハーブは薬品でもあるのだ。

 あながちソースと薬剤、および薬屋に関係が無いと言えないのだから不思議。


 この世界にも原始的な液体調味料(ソース)がある。キノコに塩を振って数日おいておく。出てきた汁に、ハーブや香の物を混ぜて煮詰めるとできあがり。

 古いソースが普遍的に使われてきたのだ。

 そこへ百年ぶりの新型ソースの出現。

 新しいものに飛びつく消費者。


 ボンセの金の蔓商店は、これを大々的に販売し、うまく商売が軌道に乗った。

 さらにゴールデンソースを流行らせる為、料理大開を開く。ルールはゴールデンソースを使う、この一点のみ。という流れらしい。


「今回で3回目となります」

 考えたなボンセ! 宣伝が上手いですよー! 


「食材を無駄に費やすお大尽のお遊びですよー」

「賞金は1万5千ユーラです」


 夫婦が一ヶ月、気楽に暮らせる金額。いや、ここの世界は、食材や住居の物価が安いので、2ヶ月は働かなくても良い金額だ。

「副賞として小麦の大袋1つ。ゴールデンソース1樽」

「な、なかなかな賞金並びに副賞ですよー」


「ちなみに、お向かいの『麗しのトラント亭』様も出場の申し込みがありました。挑戦者はフォルカー様です」

 むぅ! エッダのお相手にして絶賛事実婚中のリア充男!

 料理の腕は一流と聞く。加えて、わたしが伝授したエルフ料理をマスターしている。

 これは優勝候補?!


「優勝して新婚旅行の資金に充てるとおっしゃってました」

 その夢、妨害したら面白いだろうな。


「なかなかに悪い笑みで御座います。ちなみに、出場者に資格は設けておりません。ボンセ様の審査が通れば、どなた様でも出場可能です」

 なにやら挑発的なランドさんである。ボンセも薄ら笑いを浮かべている。


「その喧嘩、買ったーですよー!」

「そう言うだろうと思っていた」

 ボンセがランドさんに目配せしている。


「エッダの眼前よりかっさらった賞金をすべて使うですよー! これ見よがしにエッダの店で全額使ってやるですよー!」

「さすがニア様。どちらに転んでもエッダ様が得をする、見事な悪巧みで御座いますね」

「こんなに早く釣れるとは思わなかったので申込用紙を持ってこなかった。あとでランドに持ってこさせよう、その際、詳しい話を聞いておけ。じゃぁな!」

 かみ殺したような笑いをあげつつ、ボンセは帰って行った。


「何故故にわたしを誘ったですかよぅ? 賞金を取られるだけですよー」

「薬とは毒で御座います」

 ランドさんがお辞儀をしていた。

「ニア様が――」

「ミアですよー!」

「――ミ、ミュア? エルフ語は発音しにくいですな。ニア様が参加する事により、大会は盛り上がるでしょう。ではすぐに参りますのでこれにて」

 ……やられたですよー!


 すぐの言葉通り、時間をおかずランドさんがやってきた。

 材料は参加者持ち込み。必ずゴールデンソースを使う事。審査員3名分の料理を作る。 食べる順番はくじ引きで。料理の評価は点数制。

 ランドさんの説明によると、この程度が注意点。後は穴だらけのルール。


「いつもいつも、我が主、ボンセがご迷惑をおかけいたしております。お怒りでしょうが、主に代わって私めが謝らせて頂きます」

 ランドさんは、二つ折りになって頭を下げていた。


「それにしても憎たらしい事この上ないですよー。ランドさんもあんな強突く張りの蛙にいつまで仕えているのかですよぅ?」

「それに関しましては……」

 なにやら裏があるらしい。


「今は亡き父の代から金の蔓商店で勤めております。無一文の父を拾って頂いたのは、若かりし頃のボンセ様。父と同郷の母を引き合わせて頂いたのもボンセ様。私めの嫁も両親の里より見合わせて頂きました。じつは私めの子供も、金の蔓商店で下働きをさせて頂いております。ボンセ様には、親子三代にまたがる恩があるのです」


 聞く限りでは、ボンセは情に厚い仁の人であるのだが……。


「それにしても、今のボンセは別人ですよー。どこかで頭部を強打した案件は無かったかですよぅ?」 

「……思い当たる節は御座います。いえ、それが原因で変わられたので御座います」


 ほう、聞こうではないか。

 うつむき加減にで押し黙るランドさん。大恩ある主の悪口にならぬよう、言葉を選んでいるのだろうか。


「かれこれ……15年は前でしょう。坊ちゃんが出奔、この町から出て行ったのです」

 わたしがトラントへ来る10年前の話だ。そりゃ知りようがないな。


「その原因は、結婚を反対された事。相手は貧乏な町娘。一人息子でしたので愛情を注いで育てられておりました。大事な跡取り息子です。強硬に反対なされておりました」

「ならば、ランドさんが一肌脱いで、間を取り持てば良いのですよー。嫌がらせが無くなってご恩返しもできる。一石二鳥ですよー」

「それがそうも行かなくて」

 ランドさんの眉がハの字に寄せられた。なんだか湿っぽい話の予感がする。


「逃げた先はすぐに分かりましたが、ボンセ様、お坊ちゃま、共に意地でも顔を合わさず仕舞い」

「ボンセはあの性格だから、仕方ないとして、子供も同じですかよぅ。よく似た親子ですよー」

「全くで」

 この点はランドさんも同意した。


「お坊ちゃまは小さなお店を開き、お子様が二人、お孫様ですね、四人で、細々と生活しておられました。気づかれぬよう、ボンセ様が便宜を図っておいででした」

 見た目カエル魔人なのだが、人の親としての心は残っていたようだ。


「不幸だったのは、お坊ちゃまが流行病で亡くなれてしまったこと」

 ランドさんは眉をハの字にしたまま、背中を丸めた。不幸の似合う人だ。


「幼いお二人を抱え、若奥様は一人でお店を守っておいでです。ボンセ様はどうしてもっと早く声を掛けなかったのかと悔やまれる毎日を過ごしております」

「……それって、ボンセも残された家族も気まずくて声を掛けにくい状態になっているのではないですかよぅ?」

「その通りです。変な意地を張らずに薬や医者をあてがったやれば助かったかもしれない。自責の念。いまさら残された嫁や孫にになど顔は合わせられない。人生は無情。つまらぬ物と思うようになった。そんなこんなで、ボンセ様はどこか自棄(やけ)になっておられます」

 可愛そうなお話。人には歴史があり、歴史が人格を形成する。


「とは言ったものの……」

 ランドさんは溜息を一つついた。


「もとの優しいボンセ様に戻って頂ければ……なんか、こうガツンと一発衝撃を与えて吹っ切ってもらえませんかねぇ」

 上目遣いでこちらを見ているが、お家騒動に巻き込まれるつもりはない。 

「わたしには関係無い話ですよー。料理大会に向け、準備で忙しくなるですよー!」


 エッダの所から出るフォルカー君が強敵ですよー。対策を練らねば負ける。

 フォルカー君を出し抜く料理のアイデアはある。

 ただ……、この小さい体では料理しにくい。


 思うにボンセの事。料理設備は大人仕様になっているはず! 思いっきり不利は明確! せめて見た目10才の身長があれば!

 ……なんとかしてエッダと共闘出来ない物か?

 などと策を巡らせていると、声が掛かってきた。ランドさんだ。

 まだ居たのを忘れていた。影が薄いのにも程がある。


「腕の良い料理人をご紹介いたしましょうか?」 

 良き申し出であるが、ランドさんはボンセの手の者。この話に飛びついてはいけない。


 ……のだけれども、ランドさんの提案で良い事を思いついた。

 賞金を頂いて、ボンセにガツンと一発入れる作戦!

 ハンゾウを働かせる必要が出てきたですよー!


「ああ、ニア様が邪悪な笑顔に……」


 次回に続くですよー!




今回、三部作です。

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