5.旅立ち
月日が流れ……。
25歳になった。世が世なら立派なOLである。外見は今だ3歳児のままなんだが。
第5次調査隊が帰ってきた。
久しぶりにウィクトリーのグラマラスな肢体が眩しい。
もとい、人間界の事情もだいたい解ってきた。
暗黒大魔女エルドラが引き起こした世界大戦。大陸を割拠する主要な12の王国が、召喚勇者の元、集結・参戦した戦いだった。
戦は人類陣営の勝利に終わったものの、全ての国が疲弊し、また人的損害もシャレにならない規模だったらしい。そりゃそうだろう。
市井に生きる民草にとって不幸中の幸いだったのは、犠牲者のほとんどが王族を代表する貴族、政治家などの為政者、並びに職業軍人だった事だろう。
ということは、為政者側はシャレにならない事になっているハズだが……。
案の定、長い歴史を誇る大国、ゾラ帝国ですら政治システムが欠落。全ての国で治安が悪化、内紛勃発など新たの火種が発生していた。
ここで、勇者が再度立ち上がる。
パーティを強化再編し、素早く足元を固めた。電光石火で組織だった軍を編成。火の勢いで各国に進軍。20年と少しで、世界に安寧をもたらす事になる。
そして第5次調査隊がもたらした報告によると、勇者は中心となる大国、ゾラの王となり、7つに併合集約された衛星国家群を率い、平和的発展の途についたという。
他人どころか親兄弟、子供すら疑い、2人寄ると殺し合いをしていた人間共が、あれほど好いていた戦争を手放したとは!
信じがたい。
わたしがその生涯を掛けて人類に、いや、人類という種に対し、殲滅戦を挑んだ理由。
わたしは人類を獣以下、いや狂った獣以下の魔獣と見なしていた。憎んでいた。
だから、人類が知的な社会を作るなど、あり得ない話として一笑に付しただろう。
ただし、社会再構築の中心が勇者だという要素を省けばの話である。
あの勇者はこの世界の人間ではない。異世界の人間。わたしと同じチキウから来た男。
敵に回すと恐ろしい男だが、同じ志を持つ者だとすれば心強い。
ならば。ならば!
人間社会へ行きたい!
楽しいことは少ないと思う。辛いことの方が多いと思う。
だけど、だけど何かがわたしを待ってるはずだ!
「帝都ゾラの繁栄は空前絶後ですよー。副帝都たるトラントは商業の中心として栄えているですよー。エルフ式とは違った面白い発展の仕方ですよー!」
報告によると、人類社会は未成熟ながら明文化された法に則り、仮初めにも法治国家、法治社会として歩み出した。
国民感情は大事にしつつ、国民感情に流される事無く、為政者がしっかりと国の行き先をコントロールする。
勇者は健在。働き盛りの中年だ。
妻も娶り、優れた跡継ぎにも恵まれたと報告があった。
「われらエルフ社会と比べれば、まだまだ民意が低いと言わざるを得ませんが、100年も経てば、対等の条件で交流してやってもよいレベルにまで成長する可能性があると判断致しますでよー」
その言葉でウィクトリーの報告は締められた。
「有無ッ! ご苦労であったッ! 人間相手に遅れはとらなかったであろうな?」
長老の言葉に、今調査隊を率いたウィクトリーが胸を張った。
「後れをとるどころか、危機に陥った人間をお情けで助けたり、つまらぬ病気で騒いでいる人間に、ちょっとした薬草及び薬の製法を伝授したりと、高位種族として誇りを汚さぬ行動を心がけましたですよー!」
「でかしたッ! 我らエルフは高貴な種族なりッ!」
「人間の冒険者と共同でダンジョンへ潜った事もあるですよぅ!」
「なんだとッ?」
長老の顔色が変わった。
「下等種族と共闘するとはッ! 女々しいぞッ!」
「いえ、これは調査の為で……いや、女々しいも何もわたしは女ですよぅ!」
「言い訳じゃな? 言い訳は死罪ッ!」
「チェース!」
このように、エルフ社会においても第一世代と第二世代の意見の食い違いにより、議論が頻繁に発生するようになった。
わたしは、これを良き事と見る。
年寄会議に第二世代の参加を増やした(長老の発案という事になっている)のも、世代交代とエルフの将来を見据えての事だ。
そうか、人間界がなぁ……。
ますます、外へ出たくなってきた。
良い機会だ。
「人間界に拠点が必要と意見具申するですよー」
「なんじゃと!」
取りあえず噛みついてくる長老。もはや条件反射である。
「人間との共存という、選択枝の可能性が有るですよー。エルフ千年の計として楔を打ち込むですよー。拠点は不自然さを感じさせないように、店が良いですよー。アンテナショップを開店するですよー。エルフの里産物販売方針調査という経済活動も兼ねられて一石二鳥ですよー」
もちろん、店を運営するのはわたし。わたしが人間界へ出て行く理由付け。本当は一石三鳥なのだ。
「わたしがその役に立候補するですよー」
長老と年寄衆が顔を見合わせ合う。
「……検討してみよう」
たぶん通るだろう。
今日を境に、個人行動に割く時間を多くしようと思う。
人間界では、エルフである事を隠した方が良いだろう。
店で売る商品を考えねばならない。エルフと特定されず、さりとてエルフなら入手が簡単な商品。
……医薬品が有望だと思う。
そして、さらに月日が流れた。
人間の年齢で8歳相当の外観を装備する事となる!
幼女の域はかろうじて脱したけど、童女の域は脱していない。人間界だと法的守護が必要な肉体年齢のままだ。
YESロリータ、NOタッチの遵法精神で紳士たれ、人間諸君!
そしてウィクトリー! おまえ遠征から帰ってからずっと、わたしを見る目が気持ち悪いんだよ!
さては貴様、人間社会で余計なのを学んだな!
エルフ社会は、さらに発展を遂げ、より暮らしやすい社会となった。
苦労して度量単位を統一し終えた。JIS規格じゃなくEIS規格の誕生だ!
この世界で生死を分ける第一次産業である農業分野は、引き続き力を入れた。
ここでビニールハウスは必須だった。……本物のビニールは無いけどね。
……ビニールってさ、元は油なんだよね。だったら、植物油で代用できるよね?
――ってことで、植物油に色々混ぜて実験してみたところ、硫黄を入れたらそれっぽいの出来たし。
魔法と科学を利用したハウス栽培の確立に成功。
畜産の方は、羊っぽい長毛種の養殖に成功した。
わたしの今のマイブームは、手編みのニット製品作りだ。
女子力が高いのですよー!
ウィクトリーもハマったのか、編み物に没頭している。今だってマフラーを編んでいるのだぞ!
女子力が高いグラマーさんなのですよー!
その他にも、住居、教育、医療、法律、行政、通信等々、白紙の森と共生するスタイルで開発、適応させた。
なかでも収納袋の開発は輸送関連に大きな変動をもたらせた。あれだよ、巾着袋ほどの大きさで倉庫1個分の荷物を入れられるっていう四次元ポケット。
理論や実験装置として収納袋は存在していたが、実用レベルに達していなかった。
エネルギー保存の法則は、この魔法マンセー世界においても幅を利かせている。
エネルギーの供給無しに収納袋は維持できない。通常、所有者の魔力で供給するのだが、不便この上ない。
そこを外付けエネルギーパックと省エネ技術でカバーした。
魔性石を用い、エネルギーパックとし、希少素材を用いて、魔力ロスを極単に減らすサーキットを開発。実用にこぎ着けた。
これさえあれば、密輸し放題!
これらの件では、同じ世代の子供達が活躍してくれた。このことに驚いている。今や彼らは各分野におけるエキスパートとなっていた。
エルフ第三世代の誕生である。
さて、そうこうしている内にマフラーを編み終えた。
「こんなものかな?」
わたしは準備が終了した事を認識した。
そして、忘れる事の出来ない日を迎えた。
季節は早春の頃。
勝手に出て行っても良かったのだが、礼節だけは通しておきたい。長い年月、日陰日向にわたしをかばい、育ててくれたのだから。それをするくらいの義務がある。
挨拶は大事だと思う今日この頃。
「明日、白紙の森を出ます」
父、ヨウツェルと母、ネヴァラはこの日が来るのを覚悟していたらしい。
とうとうこの日が来たかと、覚悟の上で認めてくれた。
「いつか、帰って来るんでしょう?」
母は、そっと、でもしっかりと抱きしめた。
「ここはわたしの故郷ですよぅ。苦しくなったらすぐに帰ってくるですよー」
エルドラの頃からエルフの里は、わたしの、唯一心が安まる故郷になっていたのかもしれない。
「お父さん、お母さんこれ、受け取ってください」
手編みのマフラーを2人に渡す。
父は有り難うと言って受け取った。母は顔をクシャクシャにして受け取ってくれた。
「行ってくるがいい。ニアなら大丈夫だ。私達は心配してない」
父が頭をガシガシと撫でた。
翌朝。日の出前に起きた。
ずいぶん前から用意していたリュックを背負い、家を出た。
「それじゃぁ、お母さん、お父さん、行ってきます」
「ニアちゃん……」
「ニア……」
両親は涙ぐんでいる。
ああ、わたしはエルドラなんだが(バレてないけど)ニアであるのだ。紛う事なき両親の子供なのだ。
落ち着いたら手紙を出そう。
ご近所さんに同年代の友達も、ウィクトリーも長老も、年寄衆も見送りに来てくれた。
これからはエルフの事はエルフに任せる。第三世代が育てば、わたしも安心だ。
「ニア……ちゃん、これ受け取って」
ウィクトリーが差し出した編み物を受け取った。四角いニット帽だった。
早速かぶってみた。かぶると頭部の両端に尖った角がくる。
「似合って……ブシュッ!」
ウィクトリーが大量出血で倒れた。主に鼻からの出血だ。
さて、本当にお別れだ。
一同を代表して、長老からお言葉があるという。
「エルドラ――」
言葉を詰まらせる長老。見送りの集団から張り詰めた空気が吹き出す。
え? 正体ばれた?
「――様のご加護がありますように」
ああ、そういう事ね、そういう意味だったなら仕方ないな。
ビックリさせるなよ!
こっそりと長老の腕をとる2人の年寄衆。
いつもの狂犬世代が長老の腕をとったのは理解できるが、死刑反対原理主義者のエルフまでもが長老の腕をとっているが理解できない。あと、2人から噴出する殺気な。
「死罪ッ!」
長老は裏手へと引きずられて行く。
……罪状はなんだろう?
ま、いつもの事だし、さすがに80年の年月が馴れ合いを生んでいるだろう。
いわゆるオフザケな!
「じゃあ、みんな、行ってきます」
村に背を向け、外界へ通じる森へと向かって歩き出す。
今日は晴れるだろう。
絶好の旅立ち日より。良い風が吹いている。
風に混じって微かに血の匂いを感じるが、きっとウィクトリーの鼻血だ。
長老のだったら怖いから、考えない事にした。
なにせエルフの事はエルフに任せると決めたばかりなのだから。
さあ! 人間界へ行って……肉を食べるぞ!
「行ってしまわれましたなぁ」
年寄衆のまとめ役のエルフ。年寄衆筆頭は、いつまでも若いはずだが、妙に年を感じさせる。
「私の娘……」
母親のネヴァラ。
「そして、偉大なる大魔女エルドラ・グランピーノ様」
父親のヨウツェル。
「最後まで、正体を隠したままなんて冷たいですよぅ! 下手くそな芝居に合わせるのは苦痛だったですよぅ!」
ウィクトリーが涙声になっていた。
「確かに芝居はヘタでしたが……、エルドラ様は、我らエルフの誇りを守られたのです。だから黙っておられたのです」
「誇り?」
ウィクトリー首を傾げた
「エルドラ様は、紛う事無く人間です。他の種族に作られたエルフ社会とは、いったい何なんでしょうか? 自分の事を自分で始末出来ない種族に、誇りは生まれないのです!」
年寄は、吐き捨てるように言った。
だが、話にはまだ続きがあった。
「……エルフは終わっていた種でした。エルドラ様に拾っていただくまでは。エルフは、エルドラ様に拾ってもらった子猫だったのです。子猫はエルドラ様に育てられ、大きくなった。大きくなった猫は一人で生きていける。エルドラ様はエルフに自立を求められた。誇り高きエルフとして、独り立ちすることを求められたのだ! それくらい理解できなくてどうします!」
里の者達にまで聞こえる、大きくて張りのある声だった。
「それで、だから、それだからこそ、エルドラ様はエルフの一員として生まれ変わられたのです。見なさい、この発展、この平穏!」
ウィクトリーが、ネヴァラが、ヨウツェルが、里を見渡す。
ニアの見送りに来た同年齢の子供達と大勢の大人達が、見えなくなってもまだ見送っていた。
エルフは数を増やした。
争いが無い。病気が無い。飢えが無い。みなが生き生きと明日に夢を繋ぐ。
今のエルフの里だ。
ニアは、エルフの里を豊かにし、そして出て行った。
「ニアは、……人間の世界で、何を成そうとされているのでしょうか?」
ネヴァラは、まだニアが入っていった森の奥を見つめている。
「なぜニア様は人の世界へ行かれるのですよぅ! 人間は狂犬だと仰ってたですよぅ。昔の人間は、親子でも兄弟でも夫婦でも、殺し合っていたですよぅ。情が無い。人でなし。裏切り。色んな言葉で人間を形容していたですよぅ」
年寄衆筆頭は、ウィクトリーの綺麗な瞳を見つめた。
前世のエルドラは、人間に対し、狂乱とも言うべき憎しみを呈していた。
「人間を愛していたんでしょう。だから人間が情けなく思われ、いつしか憎しむようになられた。人間に異質なものを見いだしたのでしょう。……愛しているからこそ異質を憎む。それがエルドラ様が引き起こした戦いの原理なのですよ」
不器用すぎる愛。それがエルドラの性。
「儂らや長老は、それを間近で見てきました」
空を見上げる年寄衆筆頭。ずっと遠い、しかし青い空。
「調査隊の話を聞いて、人間が変わったと思われたのでしょう。人間が人の情を取り戻したと。……皮肉にも、勇者の手によってですが」
まだ年寄衆筆頭の話は続く。
「我らのニアは、人間界へ旅立たれた。人間に紛れ、……平凡に暮らそうとしておられるのでしょうか。激しい人生を送ろうとされているのでしょうか。いずれにしろニアの人生です。エルフに生まれてエルフの為に80年を費やされました。もう、我らがエルドラ様を縛ってはいけないのです」
子猫は大人になる。親猫にもなろう。
親は子離れし、子供は親離れする。自然の摂理だ。エルフは自然の摂理を大事にする種族なのだ。
「中身はエルドラ様とはいえ、今はたった80歳の幼い子供。性格もかなり丸くなられてるですよぅ」
ウィクトリーは、ニアが小さい頃より親くしてきた。だから人より、感情も移入しよう。
年寄衆筆頭は、端正な顔に照れ笑いを浮かべていた。
「エルドラ様は、厳しさがありました。ニア様は……いい加減な所がありましたなぁ。これはニアとエルドラ様が上手い事混ざって別人格になられたような?」
「確かに、そこはかとなくドジッ子っぽくなったかな? とは思う」
ヨウツェルも、同じく苦笑いを浮かべている。
「肉体に魂が引きずられたのでしょうね。ニアらしいといえばニアらしいです」
ネヴァラも笑う。
そして一同、しばし黙って考え込む。
父、ヨウツェルがおもむろに口を開く。
「時を見計らって、様子を見に行くとするか?」
子離れはまだまだだった。
*自分探し
エルフの里を出るにあたり、こっそりと持ち出した物がある。
エルドラ時代に、山の中に埋めていた宝物類をいくつか。
それは、大量のお金と貴金属以外に、いくつかのマジックアイテム。
あたりに人がいないことを確認して、とあるアイテムを収納袋より取り出した。
かーんてーだまー!
世界に二つとない……二つくらいはあるかもしれない……唯一、人物を鑑定できる存在。鑑定玉である。
名付けてフォーチュン玉! または、わんこ玉
見た目は怪しい水晶玉。
紫の袱紗に鎮座して、初めてその能力を発揮する。
「では、レヴェルを上げに上げまくった、わたしのスキルを鑑定するですよー! キェエェェーイ!」
水晶玉に魔力を流し込む。少しでも良い結果が得られるように全力で!
はい! こんなん出ました!
※生活称号(MAX Lev=100)
薬剤師カンスト
植物博士カンスト
付与術糸カンスト
まじない師Lev70
医術(技術系)カンスト
鑑定士Lev80(あくまで経験による。魔法に因らない)
翻訳家Lev90
代筆業Lev75
話術 Lev-3
交渉術Lev-2
お芝居Lev-90
博打師Lev-3
生活称号 おりこうさん
社会称号 ちょっとした魔術師
ちょっとまて、最後の4つはなんですかよぅ?
お芝居がマイナス方向へ間もなくカンストって、どうすればこうなるんですよぅ?
一人で生きていくのに辛くないですか?
それ以前に経験値がマイナスに働くって何ですか?
ペナルティ? 呪い?
魔術師スキル! 何処行ったですかー!