4.ニアちゃん15歳(外見は3歳児)
歴史の授業は黒歴史として魂に刻まれてしまったようだ。
10年過ぎた今でも、時々ベッドの中で思いだし、悶絶する夜がある。
15歳となったが、外見は3歳児のまま。わたしは頭脳が優れている反動か、成長が遅い方らしい。
長命種エルフは、5歳からゆっくりと年をとる。10年が人間の1歳に相当する。
150歳で15歳/人間。この年で成人とされる。エルフの肉体年齢は、15歳から20歳の範囲で固定される。もっとも個人差によるバラツキはあるが。
エルフ、7不思議の1つだな!
「では次の報告」
いつものように、そして当然のように、わたしの家で議会が開かれていた。
リビングと一続きになったダイニングが会議場である。
長老や年寄衆(市長と市会議員な)は、さも当然のような顔でダイニングテーブルに着席している。
なぜか食事時とよく重なるので、わたしもテーブルにつくことがある。
たまに口を挟んだりするが、わたしの行為は「ヤジ」とやらに相当するらしい。
エルフ議会を進行するに当たり、この「ヤジ」とは、必要不可欠な要素らしい。
理解しにくいが……。これ、ツッコミじゃないんだよね?
地方の風習なんだから仕方ないよね。
「第5次、人間社会調査決死隊を選別しました。第4次調査隊メンバーと引き継ぎをすればいつでも出発できます」
「決死隊という単語を外してほしいですよー!」
今日もわたしのヤジが映える。
……いつの間にかウィクトリーのエルフ訛りが移ってしまっていた。
現在、おやつのホットミルクを飲みながら外務委員長よりの報告を聞いるところだ。
この報告に関連した第4次調査が抱えた問題に対し、年寄(いわゆる議員)から危惧の声が上がった。
「第4次調査隊が人間と諍いを起こした件ですな!」
「習慣の違いから小競り合いが起こり、エルフの同胞が怪我をした件ですな!」
「武人として不覚悟である!」
「死罪ッ!」
口々に甲高い声で叫ぶ年寄衆。椅子を蹴り倒して立ち上がる!
こいつら……、15年やそこらでは、性格が変わらんのな!
「やめるですよー、狂犬共!」
声を張り上げヤジを放つ。かなりきわどい単語が入っているが15年にわたる歴史あるヤジなので、誰も咎めない。
年寄りがすぐ死の制裁を求める。わたしがヤジを飛ばして強制停止させる。ここしばらくの掛け合いであった。
「むぅ!」
不満たらたらの表情で、椅子に座る年寄り達。
いつまで経っても血の気が多い。
むしろ、狂犬がエルフの上コンパチ種ではないかと思う今日この頃である。
「今回、不首尾は許さぬぞッ!」
長老が眉を吊り上げ、外務委員長を睨み付けている。さすがエルフ一族を束ねる長老。調査隊の安全を第一に考えているのだろう。
「メンバーに、攻撃魔法使い随一の腕を持つウィクトリーを入れましたからな! 次は人間如きに遅れはとるまいて!」
「争いを回避する方向の思考は無いのですかよー!?」
ヤジが条件反射になってから、もう5年か……。
エルフの森、第一世代たる年寄り達は、人間界で厳しい生活を強いられてきた。
死か、もしくは死か、あるいは死か、生ってなに? 食えるの?
かように過酷な環境に身を置き、気の遠くなるような年月を過ごしてきたのだ。
そこで体得した生活習慣は、塩分過多になれた食生活を改めるのが難しいのと同様に、はいそうですか、と破棄できないのだろう。
……だから狂犬化していいとは限らないが。
「最後に、北の魔王の件ですが――」
魔王アコンか……。
大戦争の前。混沌の時代、わたしの無茶っぷりを恐れ、静かにしていた魔王アコン。
わたし一人が攻撃魔法の射程内に進入できさええすれば、一瞬で片が付く程度の相手。田舎の魔王など、一発で消し炭になったからの。
もっとも、魔族を多く召し抱えていたため、微妙な同族意識を持っていたので、本格的な攻勢はかけなかった(個人的に虐めていただけ)。少しばかりの交流があっただけだ。
さて、調査隊の報告によると――。
勇者が狂猿共を切り従えておった時代、魔王が人間領へ進入した事件があった。
簡単に言うと、魔王領は山岳地帯で、四方を踏破不可能な、峻険な山脈で囲まれている。
切り離された地域なので、独特の生態系も生まれよう。
魔王領と人間領を結ぶ狭い隘路・ドーラ地方またはドーラ回廊と呼ばれる場所がある。フラスコの中が魔王領としたら、外に繋がる長い首の部分がドーラ地方だ。
ドーラの名を冠する3つの王国が、ちっちゃな地域の覇を競っているが、魔王軍に対してだけは異様に結束力が高い。
ドーラ地方を領土とする3つの王国が、魔王領の栓の役をしていた。
そこへ、魔王軍が本腰を入れて攻め込んだ。ドーラ3王国は一気に押された。
そして、ドーラ3王国が連名で勇者に泣きを入れてきた。勇者率いるゾラ王国軍がドーラへ進出する時間は早かった。前もって予想していたフシがある。
元々、勇者は対魔王用天敵型決戦兵器。力のぶつかり合いで魔王に勝機はない。
あっさり引き下がったのだが、魔王アコンは捻くれている。
こんどは政治的陰謀でドーラ3王国に手を伸ばす。
将軍の一人を籠絡、一気に武力衝突に出、ドーラ隘路の制覇を目指すも、予想以上に勇者軍の対応が早かった。そのためめ、魔王国側の一部隘路を占拠するに留まる。
以後、魔王アコンの弟、デコンが派遣軍の長としてドーラ占領地の人間を実行支配。人と魔族の融和を目指すドーラ共和国の建国を宣言。
残されたドーラ3王国はなし崩しに統合。ちっこい国土のくせに、大ドーラ帝国と名打ち、睨み合っている。
ドーラ地方は隘路故、お互い大軍を展開できず牽制し合う。
あっさり、維持に金のかかるドーラ地方は放棄して、回廊出口に迎撃型要塞を築き、完全密封する案が出た。大軍を即時展開可能なラモン王国を後詰めとすれば、魔王も簡単には動けない。
これなんていう名のイゼルローン要塞だ?
完璧じゃないか! と、勇者の手際ながら褒め称えていた所、報告は別の回答を持ち出してきた。
大ドーラ帝国が泣きついてきたのだ。
結果、前線は大ドーラ帝国の責任で維持。後方兵站基地担当としてラモン王国を軍事的に梃子入れする。大ドーラ帝国の強引なまでの要請に、何があったのか、勇者と世界中の国々が折れた形だ。たぶん、勇者も働きづめで疲れた為の気の迷いだろう。
こうして、一時的な平穏が訪れた、という状況だ。
大ドーラ帝国自体、世界的に要らない存在になったと思うのだけど、……この辺の事情にエルフが口出しできる理由も義理もない。満場一致で放っておくことに決まった。
ガヤガヤした空気をシメるように、長老が声を張り上げた。
「引き続き調査隊についてだがッ! エルドラ様に――」
はっとした表情を浮かべる長老。
言葉を句切り、チラリとわたしを見た。
騒いでいた年寄達は押し黙り、なぜか全員がわたしを見た後、あらぬ方向へ視線を彷徨わせ、最終的に長老を睨み付けて終わる。
連中は、わたしとエルドラの関係を知らぬはずだし、……あれか? 子供に勇者という名の暴力人間の話をすると、教育上悪影響を与えるかも、という配慮か?
「……エルドラ様の仇である勇者は、今、何をしておるッ!」
うむ、そう繋がるであろうな。文脈的に。
勇者は全ての意味で反則だった。
反則と書いてチートと読む。
なにあの「勇気発動!」って? 大声で叫ばれた時はププッ状態ですよ。力が入らないし精神集中が解かれる。これ狙い?
お陰で、あらゆる状態異常系魔法を無効にするスキルだと気づくのが遅れましたよ。
疲れやダメージまで状態異常と判断されて無効化するって、明らかに反則でしょ?
続いて繰り出される「正義執行」。魔法だろうが物理だろうがなんでも切り裂くってどうよ?
「勇気発動」「正義執行」のコンボは最悪の組み合わせ。チートを敵に回すと恐ろしい。
「外界は戦後の混乱で乱れております。勇者を敵とみなして残り少ない軍を差し向ける国も出てくる始末。対応に追われておりますが、負ける事は無いでしょう」
長老世代のエルフを狂犬と揶揄したが、間違いを認め、謝意を表明しよう。
狂犬は人間だ。
あいつら、ちっとも変わってない。戦争には負けたが、人類を滅ぼすという目的は遂げられるかも知れない。
だとすると、少しは溜飲が下がる。
15年前、戦争を引き起こした甲斐があったというものだ。
思い起こすに……
あっという間の15年。されど15年。
エルフ社会は飛躍的に発達を遂げた。
農業分野において、連作障害の知識と、その回避方法。
調査隊が稲穂を持ち帰った時にゃ驚喜しました。
糞尿を熟成させた肥料作り。ちょっとした魔法で匂いを分解、無臭化している所がミソ。
上水道の整備は順調に進んでいる。来年末には一通り各家庭に行き届くであろう。
元々豊富な水資源を持つエルフの里である。御神木の一件以来、湧水量が増えたのは好ましい。
各家庭に一個ずつ内風呂はまだ難しいが、共同浴場を幾つか建てた。大変好評である。
薬草を代表とする自然科学の発展が著しい。この辺はさすがにエルフ。現代ニポン並みのレベルまで引き上げるのにさほど労力を必要としなかった。
いつか人間社会と交流が生まれた時、良い武器になりそうだ。
これからの課題は、生活の基盤となる農作業の効率化だろう。
こう見えて、エルフの体は案外丈夫に出来ている。打たれ強い所がある反面、筋力に劣る。剣士で名を上げるのは難しい。精霊魔法使いか、アーチャーが性に合っていよう。
……弓と言えば、クロスボウを開発するか?
いやいやいや、エルフに強力な武器を与えるつもりなどない!
魔法付与を付けたクロスボウで魔法付与した矢を射ったりしたら、鳥が爆散しかねん!
話戻して、……農業の機械化なのだが……。
さすがにコンバインとかトラクターは精密機械すぎて作れない。構造知らないし。
耕耘機が欲しいところだが……構造知らないし。
……通常農機具に魔法付与して、機械化の代わりにしましょう!
そこで試行錯誤の結果、開発したのが――。
・鍬+2。
少ない筋力で、畑を深く掘り起こせる。
・備中鍬+5。
荒起こしに威力を発揮。立方晶窒化炭素程度なら容易く砕ける。土離れが良い。
・鎌+7。
鋼のブレードソードくらいなら無抵抗で切れる。もはや妖刀の域。
補助護符として、体力消耗速度-1。体力付与+2。怪我防止目的で物理防御+3、等々の護符群。
これらを大量に量産した。
何と戦うつもりなんだ? とウィクトリーからツッコミが入った逸物達である。
たしかに調子に乗った。認めよう。
だが反省はしていない。
これは道具なんだ! 武器じゃない!
あとねー……。
議会が開かれる回数が多い割には進展しないし……議事録とか、官僚とか作るか?……。
目的と手段を取り違えた者だけが無敵と呼ばれる。