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3.黒歴史の件



 学校とは名ばかりの丸太小屋。耐震設計に難あり、と言ったところか?

 窓は大きく、採光に特化した構造となっている。


 このあたり関係は口出ししていない。

 エルフの十八番。彼らの技術だけで作られているのだ。素朴でいい感じに思う。

 庭には、赤と黄色のチューリップが揺れている。


 先生はウィクトリー。高位の精霊魔法使いなので戦闘力が高い。過去、攻撃魔法を教えた事のある、いわば我が弟子だった女エルフ。


 あの頃は子供だったが、いまはボンキュバーンなエロイ体になっとる。

 わ、わたしも前世はボンキュバーンだったからのぅ! あ、焦ってなどおらぬわ!


 生徒は6人。5歳と6歳児の混成学級。

 本日の授業は座学が中心と言っておった。なんでも近年の歴史を教えるらしい。小生意気な!


 ウィクトリーが、黒板に白墨で文字と記号を書きだした。

 ちなみに――、

 黒板と白墨は、わたしの発明なのだが、とある若いエルフの家具屋さんが発明した、という事になっている。ちゃんとウィクトリーの口より確認した。

 わたしの偽装工作は完璧だ。


「前回は、前期エルフ世紀で私たちエルフが絶滅しかけたまでをお勉強しましたね! みなさん、憶えてますか?」

「はーい!」

 お返事の声が重なり、紅葉のような手が幾つも上がる。微笑ましい光景だこと。


「はい! 良いお返事ですよー! じゃ、今日はね、後期エルフ世紀、つまり白紙の森に移住してからの歴史をお勉強しますですよー!」

「はーい!」

 エルフの子供達は素直だ。先生の言うことをよく聞く。……大人になるとすぐ自害したがる癖がつくのが不思議だ。


「授業の前に、みなさんに質問です。世界各地に散らばっていた同胞が白紙の森に集まりました。ここまでが前回のお話しでしたね」

 ウィクトリーの先生家業も板についておるのー。


「白紙の森に集めたお方が存在しておりますよー。その方のお名前! 知ってる(エルフ)、いますか?」


 300年前のわたしだな……。

 これは、わたしがエルフの歴史に登場ようだのー。


 あれは……人類社会に戦いを挑むに当たり、戦略的意味で後方基地を必要としていた。

 場所は白紙の森と決めておったが、管理者がおらん。そこで目を付けたのが滅び行く古の種族・エルフ、だったのー。なつかしー!


 純然たる兵士であるエルヴィンやハンゾウ達以外に、戦闘に使わぬ召使い、あるいは奴隷的な者共が必要だったからのー。ある程度の知性を持った生物で、人型をしていればゴブリンでも良かったのだがのー。あいつらチンコで物を考えるから没ったんじゃがのー。


 ウィクトリーの授業は続く。


「はい、ピスク君!」

「偉大なるエルドラ・グランピーノ様ですよー!」

「ブホッ!」

 咽せた。


 人類社会より悪魔だの最悪の敵だのの呼称を甘んじて受けていた。偉大なる、だと? これは明らかな誤答である!


「はい正解ですよー!」

 正解かよ!


 ……なんか、嫌な予感がするのー。


 全身に、うっすらと汗をかいている。気持ち悪いのー。

 偉大なるとか呼ばれていようとは……。前世のわたしとエルフ一族の間にあるのは主従関係だけのはずだが?

 

「エルドラ様は、各地に散らばる同胞達を不思議な魔法で集めてくださいました。暗い未来に怯えていたエルフ達は、大勢の仲間と共に暮らすことによって、未来に希望を持ったのですよー。エルフの輝ける新世紀はそこから始まりました。いえ、本当のエルフ世紀が始まったのですよー」


「アワ、アワアワ!」

 もとより、エルフのためを思んばかって力を貸したのではない。

 あくまで、あくまで自分が過ごしやすくなる為だけの目的で育成していたにすぎぬわ! 純粋に!


「いよいよ、新世紀のお話しですよー!」

「はーい!」


 げ、元気なお返事ですこと……。

 それにしても新世紀だと?

 新世紀とは何だ?


 わたしはエルフの個体数を増やしたかったから。=子供を作りやすい環境を整えただけがのー?

 だってさー、エルフの個体数が増えれば、それだけわたしの身の回りの世話をさせるエルフも増える事になるのだよー。環境整備に人手を回せるしのー。


「一度は絶滅しかけた私たちエルフ族は、エルドラ様の大いなる導き、いわゆる『光のお導き』により、ここ白紙の森へと集結しました。そして子供を産み、仲間を増やし、再び栄え始めたのですよー」

 うっとりとした語り口調のウィクトリー。こやつエルドラ教の狂信者になりおったか!


 そもそも、数がベラボウに多い人類を相手に戦っておったのじゃ。負けることもある。

 エルフの里へ逃げ込んだついでじゃったかの? わたしの生活環境向上のために、エルフ共を仕込んでおった。


 懐かしいのー。


「そして、エルドラ様が御降臨される度、私たちの文化レベルが上がっていきました。『エルフの導き手』と呼ばれてるですよー!」

 エルフの導き手!


 もうどうしていいか解らなくなってきた。 


 エルフの里に逃げ込む度、わたしは支配者として当然の扱いを受けていた。被支配者への強制労働徴集は当然の権利であろう?


「獣のような生活をしていた私達エルフにとって、エルドラ様はお優しい導き手でした」

 ちょっ、ちょっ、勘違いが酷くありませんか、エルフさん?

 額に嫌な方の汗が噴き出てきた。


「皆さん、バイ菌って知ってますよね?」

「お外から帰ったら、石鹸で手を洗ってうがいをするですよー! バイ菌を洗い流すのですよー!」

「お砂場で遊んだら、手を石鹸で洗うんだぞ。バイ菌がいるからな。目を擦っちゃダメだ!」

 そこ、元気よく答えなくてもいいから!。


 ただ単に、数を減らされてはたまらんから衛生概念を教えた迄じゃ! そこまで深く考えてなどおらぬわ!


「そうですよー。それを難しい言葉で『衛生概念』っていうの。エルフ達はエルドラ様の教えを請うまで、バイ菌を知らなかったんですね! 昔は、赤ちゃんが生まれてもすぐに死んでしまったり、子供が大人になる前にたくさん死んでいましたよー」


「えー! 本当なのー? お友達は誰も死んでないよー!」

 薄い色の金髪を短く刈り上げた男の子が、信じられないと言った表情で、先生を見上げていた。


「はい、今良いことを言いましたよー。みんなが元気に生きていけるのも『衛生概念』を生活に取り入れたからなんですよー!」


「エルドラ様ってすごーい!」

 子供達の目がキラッキラしている。


 気まずい! 非常に気まずい!


 これでは、預言者か神様扱いではないか。それを頭の固まってない幼児の前でするか? 洗脳だと後ろ指を指されても知らんぞ。だいいち、お尻がこそばくて敵わん。

 いかん、汗が目に入った。


「エルドラ様は、この他にも、社会システムや土木技術や便利な道具の作り方と使い方を教えていただきました。全てエルドラ様の無償の愛ですよー」


 い、言えぬ……。


 人類に対する悪意が原動力で、あなた方は利用されただけなんですよ! とは口が裂けても言えない。

 エルフ族がここまで無垢だとは思わなかった。思えば第一世代の年寄り達が死に急ぐのも、無垢さの裏返しだとすれば納得がいく。


 そうだ!


 この幼子達は何も知らない、洗脳には洗脳じゃ。子供世代から修正いていけば大丈夫! 今ならまだ間に合う!


「現に、みなさんのお父さんやお母さんの世代は、エルドラ様より直接指導を頂いているのですよー。今日帰ったら、お父さん達にその時の事をお話ししてもらいましょうね!」

「先生はエルドラ様とお話したの?」

「はい! 先生はエルドラ様から、手取り足取り魔法を教えていただきましたよー。一番弟子なんですよー」


 胸を張るウィクトリー。ドヤ顔で笑ってる。

 た、確かに教えたですよー……。攻撃魔法を幾つか……。


 汗が! ボタボタと地面に! 脇がぐっしょり!

 だめだ! 逃げ道がない! エルフ共は長命。大人達のほとんどは、現在進行形であの時の記憶を語りおる! わたしがどう足掻いても、噂は消えぬ!


「私達にとってエルドラ様は、大恩人ですよー。いいですね? みなさんは将来、たとえ隣人を刺し殺す狂エルフに成り果てたとしても、けして大恩人を裏切ってはいけませんよぅ!」

「はーい!」


 まずは狂エルフにならないでおこうな!。 




 その日から、3日は熟睡できなかった。


 ……この辺りであっただろうか?

 いずれ、エルフの里を出るべきだと考え始めたのは。


 人間界には、ここに無い何かがある筈なんだ!

 何かがきっと待っている!




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