16.オークション
翌日、オークション会場にて――。
オークション会場と言うから、大学の大講義室を想像していたですよー。階段式になってるアレ!
開いてみたら、小学校の教室並みの広さだった。がっくり。
部屋の前方、教壇の位置に机が置かれている。そこに競売人が立ち、取引商品の現物を机に乗せ、競売を仕切る。
部屋に整然と並べられた椅子に客が座る。人気の商品だと、人が溢れ、立ったまま参加する客もでるそうな。
ルールはそう難しくない。
持ち込んだ現金のみで競り落とすこと。
入札した商品は、必ず競り落とした金額を即金で納めること。
落札できなかった者は、金を払う必要は無い。
チキュで行われていたオークションとそう代わらないのでは無かろうか? サザビー式とは違って値が上がり放題。……と思う。前世も今生も、共に参加した経験が無いので判断できないが。
でもって、すでに、わたし達が入室した時には、オークションが始まっていた。
熱気ムンムンで暑苦しい。
先客の邪魔にならないよう、部屋の最後部の椅子に、そっと腰掛ける。
領主であるケビンとワルター博士は後から入室し、壇上横の貴賓席に座る事になっている。
わたしは、ベルトラムお兄ちゃんと2人で入室だ。2人とも、首から、番号札をぶら下げているのがコケティッシュ。
見学客としては参加できないらしい。儀礼的にではあるが、入札者の資格を持って「参加」する体になっている。
目的物グリーンレイシは、もう少し先で競りに掛けられる。前もって領主様の参加が告げられていたため、目的物を競りに掛ける時間が知らされていた。
わたし達は、その時間に間に合えば良かったのだけど、雰囲気を知りたかったので、早めに入室したのだ。
薬草だとか薬石だとか、多種多様の素材がオークションに掛けられる。客が値段を叫ぶ。真剣勝負。ここは商人達の戦場なのだ!
さて、時間がやって来た。
領主様が入室すると水を打ったように静かになる。全員起立して、領主を迎える。
いつもの天使スマイルを振りまくケビン。軽く手を挙げ着席を促す。
貴賓席は入り口向かい側の壁際。真横からオークション会場全てを見ることが出来る。
そして、オークションが始まった。
「次の商品はグリーンレイシ! 保存状態も良く、葉も肉厚にして濃度A1の緑」
エルフアイは透視力!
ほほう、これは良い。これを掘り起こした者は手練れだ。
そして、ほどよい乾燥具合。薬効成分が凝縮されつつある。専用の処理をしなくとも、このまま3日ほど陰干ししておくだけで、上質な凝血剤となろう。
「どうだ?」
ベルトラム氏が小声で聞いてきた。品質を問うているのだ。
「最高級ですよー! これは買いですよー!」
頷いたベルトラム氏は、貴賓席に合図を送る。察知したケビンがワルターと小声で会話する。そして合図が返された。
「ワルター博士も同じ判断だ」
「競争相手が居ないことを祈るですよー!」
まれに見る品質の良さ。誰もが手に入れたがる。値段が吊り上がるだろう。
「心配するな。領主が所望する商品だ。前もって情報は流れている。適正価格は5千ユーラ。このやや上辺りで競りは止まる。出来合のオークションだ」
なるほど。領主の地位ともなれば適正な値段で買えないのか。トラントの領主は公正だとアピールする狙いもあるのだろう。
……店を通して買えばいいのに……。
「では始めます!」
おお! 始まった! オラわくわくすっぞ!
「では、3千ユーラから!」
「4千!」「4千5百!」「5千!」
値が吊り上がっていく。あっという間に適正価格に達した。
「6千」
ここでケビン領主が入札した。適正価格より千ユーラ多い。
これで入札は――、
「7千ユーラ」
ドヨドヨと空気が揺れる。礼儀知らずが混ざっていた模様。
勇者は誰かと……あの後頭部は、金蔦屋のボンセ商店主……。
「8千ユーラ」
ケビンは余裕だ。これくらいは想定内だろう。
「1万ユーラ」
ケビンの表情筋が動いた。
ニポン・ィエンにして20万ィエン。
想定外の値がついた模様。
「ボンセめ! いつぞやの意趣返しのつもりか? 愚かな!」
仕返しであろう。考えたな。
此処ではルールさえ守っていれば問題無い。実際に競り落とした金額を即金で払えさえすれば、罪にならない。
どう転んでも、わたしに関係のない話。面白そうだから、高みの見物と洒落込むことにした。
「2万ユーラ!」
また空気が揺れた
ケビン氏が貴族の本気を出したのだ。
推定価格の4倍である。加工販売したとしても、とうてい売れない価格となった。
「5万ユーラ」
ボンセめ! 将来の100万ユーラより目の前の5万ユーラを取る人種か!
ケビンは領主だ。ボンセなんかより遙かに金を持っている。ただし、自宅の金庫にだ。
ここのオークションは、持ち込んだ金だけしか提示してはいけない決まり。後で家から持って来ますから! では通用しないのがここのルール!
ケビンの顔が歪んだ。手持ちの金が尽きたのだ。
これは、諦めねばならないか? ……そしてボンセの命で支払ってもらうか? なんなら手伝おうか?
「6万ユーラ!」
だれだ?
わたしの隣に座る男だ!
ベルトラム伯爵が片手を挙げている。この男前ッ!
「ふふふっ、万が一を考えて、私も持ち込んでいる。ケビンの手持ちと私の手持ちを合わせれば、倍の金額。足掻くだけ足掻かせてやろう。そして支配者を敵に回したことを後悔させてくれる!」
なるほど、汚い手だが、相手はボンセ。喜んで目をつぶろう。
「7万ユーラだっ!」
ボンセ氏の声が上ずった。おお! 焦っている焦っている!
「9万ユーラ」
ベルトラム氏、長い足を組んで余裕ぶっこいている。予備で持ち込んだだけだから、そう多くは持っていない。オークションは駆け引きも大事なのだ!
「10万ユーラッ!」
ボンセ氏、必至である!
「12万ユーラ」
ベルトラム氏、頑張れ!
「15万ユーラ」
おや? ボンセのヤロウ、声が落ち着いたものに。そしてこちらを振り返って見ている。
下品な笑いで口元を歪めていた。嗜虐者独特の熱を持った狂気の笑い。
この人間、どこまでゲスな野郎なんでしょうね!?
しかし限界も近いでしょう。あの顔はスリルに酔って全てを忘れている顔ですな。
こちらも負けておられませんな。無責任な立場から、ベルトラムにハッパを掛けてみる。
「ベルトラム先生、もう一声お願いします!」
「む、むむむ!」
え? ガス欠ですか?
「ほ、他に入札はありませんか?」
競売人が青い顔をしている。領主に逆らう狂人を前にして、焦りまくっているのだ。
「ボンセ! 貴様、どういう了見だ!」
あ、ベルトラム氏が切れた。わたしも切れそうだから、応援だけするぞ!
「はぁ? 何のことでしょう? 私は良い素材を適正な値段で買い取り、領主様に僅かばかりの利を乗せてお渡しするつもりですが? どこか法に触れる所がありましたかな?」
「わきまえよボンセ! 領主様の御前だぞ!」
「はぁ、私にも目がありますからな。それくらい見れば分かりますが、なにか?」
見下した目。権力を権力と思わない目だ。
「そうでしょ? みなさん! 私は何か悪いことをしてますか? オークションに掛けると言ったのはそこにお座りのご領主様でしょ?」
会場のざわつきが静まりつつあった。代わって理不尽な熱が会場を制覇しつつある。
ボンセの言い分は正しい。文句有るなら力尽くで奪えば良い。
旧人類のようにさ!
「若様のご病気のために頑張っている商人の、何処が悪いので?」
レオン君の話を出したか……。
貴族の子とはいえ、人間は人間。エルフとは関係のない話。
わたしは高みの見物。観覧席から立ち上がるつもりは無い。
そして、レオン君の話を出したので、温厚なケビン氏の顔色が変わっていた。
「貴様、それを知っていて!」
ベルトラムお兄ちゃん、代わりに吠える! そして言葉に詰まる。
良くも悪くも正義の人だ。ルールを逸していない者を罰することをこの男には出来ない。
会場は決着を知り、声を出す者は1人も居ないのであった。
「17万ユーラ」
静かな、凛とした声が会場に響く。
美少女が立ち上がっていた。
だれだ? わたしだ!
わたし、燦然と参戦!
もう一度言おう。
ボンセの言い分は正しい。文句有るなら力尽くで奪え!
ただし、わたしから奪えるものならな!
「くっ! チビッコ!」
悔しそうなボンセを視界に納めたまま、わたしは、金がみっちり詰まった重い袋を持ち上げた。
「落札で良いですかよぅ?」
「バカが! 20万ユーラだ!」
私の持つ巾着袋を見て、ボンセの頭に血が上った模様。
「25万ユーラですよー」
「くっ! 28万ユーラ!」
まだ持ってるの? どんだけ持ち込んだんでしょう?
「28万5千ユーラですよー」
細かく刻ませてもらいますわよ!
「29万ユーラ!」
あっちも刻んできた!
まだだ! まだ終わらんよ!
「29万6千ユーラですよぅ!」
お客さんドン引き。ケビン領主のお口が開いている。ベルトラム氏がわたしの袖を細かく引いているが、無視だ無視!
「ぬぬぬ! 30万ユーラ! これでどうだ!」
ボンセ氏、血を吐くような大声! 親の敵を見るような目でこちらを睨んでる。
とうとう大台に乗った。ニポンだとドイッチェの馬無し馬車(後部座席にマッサージ機能付き)が買えるお値段!
たかが草一株に、とんだ値段が付いてしまった!
此処が勝負所! 男は度胸! 女は愛嬌とはったり!
大きく息を吸ってーぇっ!
――椅子におっちょん。
「「「え?」」」
ケビン、ベルトラム兄弟、そしてボンセ氏の気の抜けた声が交差した。
おすまし顔で座っているわたし。何も言うことはない。
30万ユーラだと? そんな金は無い!
「えーと……」
競売者が真っ先に、我へと返った。
「他にありませんか? 他に無いですね? では30万ユーラでボンセさん落札。……ちゃんと現金で払えますよね?」
コン! とハンマーが打たれた。
「勝った! 儂は勝ったぞー! 大儲けじゃーっ!」
涙すら浮かべるボンセ氏。拳を天に突き上げ、ガッツポーズ!
……確かに、わたし達の負けだ。
認めよう。初めての負けだ。
「お、おい! ニア! 何故引くのだ? その金袋の金はそんなものじゃないだろう? レオンの病気はどうなるんだ!?」
ベルトラム氏が、わたしの胸ぐらを掴み上げ、ぶらんと吊り下げる。
「ちょ! まっ! 袋を見せますですよぅ!」
わたしは、あわてて袋を取り出し、口を広げた。
袋の中身をベルトラムが確認する。
「え? 銅貨ばっかり?」
強面のベルトラムも、たまには間抜けな顔をする。ギャップがたいへん可愛いくて良い。
手を離されたので、すとんと落下。尻餅をついた。
「痛いですよぅ。童女が大量の金貨を持ち歩いたりなんかしないですよぅ! これは晩ゴハンを買うための資金。家計費ですよぅ!」
「じゃ、なんで値をつり上げた?」
「ボンセに高値で買ってもらうためですよぅ」
ベルトラム氏の目がもの凄く怖くなり、剣の柄に手が掛かる。
「でも、レオン君の病気を直す薬はアルフィス薬剤店で売ってるですよー!」
「なんだとぉ!?」
ベルトラム氏、部屋中に響く大声で叫ぶ。
「薬の代金は500ユーラ(約1万円)ですよー。ご近所様価格ですよー」
「なんだとぉ!?」
何とかの1つ覚えですかよー?
「あの病は、わたしの故郷では、既に通り過ぎた病ですよー。2週間でレオン君を治してみせますよぅ」
「それは本当か!」
「ちなみにこの病、再発防止の方法も確立されているですよー」
「それは本当か!」
「本当ですよー」
何とかの1つ覚えⅡですかよー?
レオン君の症状と食生活を見さえすれば、あの勇者でも病名に思い当たっただろう。
その名は「壊血病」。
遠洋航行の船乗りがよくかかる病気。ビタミンC欠乏によるもの。
ビタミン剤を投与すればすぐに治る。ビタミンCを含んだ食べ物を食べていれば再発しない。
もっとも、レオン君の偏食を直さなければ先へ進まない。そこはわたしが係わる領域ではない。お母さんのお仕事なのだ。
「あれ? それじゃ、ボンセが薬草に突っ込んだ30万ユーラは……」
「わたしだったら、たかが草に30万ユーラも払えないですよー。葉っぱ1枚1千ユーラ以上するですよー」
「うははは!」
ベルトラム、大爆笑!
「い、いかん! 涙が出てきたわははははっ! 辛いときは耐えられるが、ぶははは! 今回は! うははは! ダメだ! あはははは!」
ボンセ氏、死んだ魚のような目でこっちを見るな!
「では、では、儂が落とした30万ユーラの薬草は……」
「予定通り、領主様の所へ持っていけば良いですよー。わたしの所へ持ってきてもダメですよー。超高級品を買うお金は持ち合わせてないですよー」
銅貨の入った財布袋の中身を見せる。
「銅貨ばっかじゃん!」
やっとベルトラムの笑いが止まった。
「そうだな、商売だからな。領主だからと言って領民が持って来た薬草を全て言い値で買わねばならぬ、なんて法を俺は知らん。そうそう、不当な価格での販売は、エルフ屋で禁止を確認したところだったな」
「エルフ屋ではなくてアルフィス薬剤店ですよー」
貴族の発言は、拘束力を持つ。これは、他店でも買わない、買わせない宣言と取ってよい。
「おのれ! エルフ屋!」
「アルフィス薬剤店ですよー!」
「おのれ! アルフィス薬剤店!」
歯ぎしりして悔しがるボンセ。金の支払いを心配してオドオドする競売人との対比が面白い。
「ボンセ、今回の件、大変勉強になった」
領主ケビン地方伯が立ち上がる。背筋をぴんと伸ばして。
「薬とは、人の命を助けるもの。それを扱う商人に、私は特別な思いで接してきた」
領主からの言葉に、溺れたボンセは藁にすがる思いだったろう。
「もうけのため、子供の命を弄ぶ者を守銭奴と呼ぶ! これからも良しなにな!」
ケビンは、すっと視線を移動した。
「でかしたぞエルフ屋のニア!」
「アルフィス薬剤店な」
なし崩しに権力に取り込まれてしまったですよー。




